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第2章「白夜」・1

「『怒りの日(ディエス・イレ)』か……」


 窓から差し込む日差しに目を覚ました蒼は澄み渡る青空を見てぽつりと漏らす。その名前を付けられたものは今は見えないが確実にこの街の真上に佇んでいる。


「……出かけるか」

 

 今日は土曜日。学校に行く必要が無いのでいつもよりやや遅い一〇時に起床した蒼は人通りの多い駅前にやってきていた。電車に乗って遠出するとかそういうわけではなく、単純に気晴らしのためだ。何か夢中になっていないと昨夜のことを思い出して気が滅入ってしまうのだ。蒼は適当にそのあたりを散策してみるが、老若男女さまざまな通行人は誰もこの街の危険性に気付いていないだろう。そう考えると蒼はひどく自分がとても孤独な存在のように感じられた。


(あれ、こんなところにゲーセンなんてあったんだ)


 あても無く街を歩いていた蒼はふと個人経営らしい小さなゲームセンターを発見した。扉から店内を覗き込んでみると手前にクレーンゲームの筐体、奥にアーケードゲームの筐体が見える。ラインナップは古いゲームから最新のゲーム、流行りのゲーム、マニアックなゲームまで幅広く、ジャンルも格闘ゲーム、シューティング、3Dアクション、デジタルカードゲーム、音楽ゲーなど多岐にわたる。なんとなくこういう大手のゲームセンターには無い独特の空気感に誘われた蒼は店内に足を踏み入れた。客層は蒼と同年代の若い人から中年層まで幅広く、みんな黙々とプレイに興じている。


「あ、お前……」


「あっ……」


 所狭しと筐体が並べられたタバコ臭い店内でゲームを見て回る蒼だが店の奥から見覚えのあるチャラそうなふたりの男女に遭遇し、身体が硬直した。スタジャンにオレンジのTシャツとスニーカー、ニット帽の金髪という出で立ちの少年と、キャップにノースリーブのパーカー、チューブトップ、ホットパンツ、黒と緑のストライプのニーソックスと前髪に入った緑のメッシュという出で立ちの少女だ。ふたりも蒼の存在に気づき、足を止めるとお互い顔を合わせている。蒼は早く店内から逃げ出すべきかとわずかに後ずさろうとするが、蒼が動き出すよりも早く金髪の少年が動き出し、蒼のもとに近付いてきた。


「あーなんだけお前? 名前」


「や、夜見(ヤミ)(アオイ)……」


「ああそうそう、同じ『彩羽学園』の二年だろ? クラスはちげーけど」


「う、うん。僕のこと知ってたんだ……」


「「病みそう」って読めておもしれーと思ってたんだよ。話したことは無いけどな」


 名前をいじられていまいち反応に困ってしまう。確かに自分が「病んでいる」というのはいまいち否定できないが。


「オレは山吹轟(ヤマブキトドロキ)。でこっちの無愛想なのが若葉萌葱(ワカバモエギ)


「無愛想言うな」


 気さくに話しかける山吹轟(ヤマブキトドロキ)と相方に不服そうな目を向ける若葉萌葱(ワカバモエギ)は実に対照的なコンビだ。しかしどちらも根はいい人そうで、なんだか蒼はとても申し訳ない気持ちになってきてふたりに頭を下げる。


「昨日はその……ごめん」


 すると轟と萌葱は顔を見合わせ、バツが悪そうな表情を浮かべた。


「……別にもういいわよ。気にしてないし、やたら萎縮されるのも腹立つし」


「まぁ初期のよくある『アートマン』の暴走だろうし水に流してやるよ。オレたちも悪いところはちっとはあるしな」


 蒼に罪悪感を抱かせないように彼らなりにフォローしてくれているのだろう。逆にそれが申し訳ないが、それを悟られないように蒼は話題を切り替えた。


「そういえばどうしてふたりは何でここに?」


「どうして……ってゲーセンでやるのなんてゲームしかないでしょ」


 ごもっともな意見である。蒼は自分のコミュニケーションの下手さに恥ずかしくなった。すると轟はあるゲーム筐体を指差した。二人対二人で戦う異能力者を題材にしたアクションゲームだ。豊富なプレイアブルキャラとキャンセルルートとコンボによる爽快な操作感などがウリでプレイヤーは多い。


「なぁお前このゲームやったことあるか?」


「あ、うん。よくやるよ。最近はちょっとバランスが悪くて控えてるけど」


 オタクである蒼はもちろんこのゲームをシリーズ初期からプレイしており、上級者というわけではないがそこそこ階級も高い。原作のアニメやフィギュアなどの関連グッズも集めていて過去作のアーケード版を移植した家庭用ゲームもよく遊んでいる。


「俺も最近始めたんだけどよー、どうも勝てねぇんだよなぁ。このキャラとか気に入ってんだけどさ」


「あーそのキャラは近接系だから足が速い相手だと結構しんどいんだよね。その代わり相手をダウンさせたら起き攻めでそのまま削りに行けるから遠距離系で奪ダウン力の高い相方とか居ればかなり強気に立ち回れると思う」


「ほー、んじゃあちょっと遊んでかね?」


「うん、いいよ」


 そういうわけで蒼と轟は筐体に座り、タッグを組んでオンライン対戦に赴く。


「へぇ、色んなキャラが居るのね。アンタは何使うの?」


「僕はこのキャラ。昔から愛用してるんだ」


 蒼が選択したのは二丁拳銃を使う青髪ロングの女の子のキャラだ。


「強いの?」


「うーん、普通かな……機動力と射程の長さで初期は結構強かったんだけど今は環境がインフレしてきてるから性能的に置いてけぼりになりつつあるよ」


「へぇそいつ使うのか。じゃあオレはこれだな」


 一方轟が選んだのは雷を纏うガントレットを武器にしたムキムキで強面の男キャラだ。


「アイツのは?」


「近接寄りで攻撃力が高くてオマケにスーパーアーマー攻撃も持ってるパワータイプの優秀なキャラだね。ビジュアル的に選ぶ人は少ないんだけど使いやすくて初心者から上級者までおすすめだね」


「詳しいのね」


「いやぁ、それほどでも……」


 こうしてキャラを決定するとマッチングを経て対戦が開始される。こうして何度か試合を重ねたが時間帯と階級的にライト層が多いのか蒼と轟は比較的多く勝利することができ、みるみるうちに階級を上げていった。


「おおーお前強いなー!」


「いやそんなでもないよ、ちょっとプレイ歴が長くて慣れてるだけさ」


 しかし七連勝までしたところで上位階級のプレイヤーが増えたことでだんだんと苦戦を強いられるようになり、ゲーム環境でもトップクラスの強キャラたちが対面に現れるようになって重ねた勝利も連敗によって泡に消えた。蒼と轟は降格のメッセージが表示された画面を見ていい加減切り上げるかと席を立つ。


「やっぱりあのキャラ強いなぁ……近距離も遠距離もこなせるわ自衛力も高いわ足速いわで全然隙がねぇし!」


「あはは……対策したいんだけど難しいね……」


 そうしてふと蒼はどうやってこの「強敵」を倒せば良いのかと考える。大人しく諦めるか端から勝負を捨てるか、それとも勝つまで何度も勝負をしかけるか。


「攻略法を考えるしか無いか……」


 趣味のゲームに限っては蒼は結構負けず嫌いで、積極的に掲示板やウィキなどで情報を集めたり上手い人のプレイ動画を見るなどして自分の腕を磨くようにしていた。しかし近頃はそういう姿勢も辞めて投げ出すことが多くなっていた気がする。


「いやぁ楽しかった! また機会があったら付き合ってくれよ! 案外お前とは気が合いそうだ!」


「あ、うん。こちらこそ」


「アタシも見てるだけだったけど傍から見てるぶんには結構面白かったわよ。こういうゲームも悪くなさそうね」


 轟が蒼の肩を叩き、蒼もややぎこちない笑顔を浮かべる。なんだか少しだけ彼らと距離が縮まった気がする。それが少しだけ嬉しいと思った。意気揚々と店を出る轟に続いて蒼と萌葱もその後に着いていく。時間を確認するともう一時間も経過していた。スマホを取り出して通知を確認する蒼だが萌葱が隣にやってきて小声で何か耳打ちする。


「そういえばアンタどうするの? 白のヤツから大体の話は聞いたでしょ」


「それは……」


 それは件の『怒りの日(ディエス・イレ)』のことだろう。頭上では姿こそ見えないが今もあの異様な巨体が街を静かに見下ろしているのだろう。そして白はその目覚めはそう遠くないうちにやってくると言っていた。


「こっちとしては力を貸して欲しいところだけど無理強いはしないわ。またあんな風に暴走して襲われたら困るし、何より覚悟の無いやつに戦われても困るし」


「……」


 蒼は沈黙する。やや突き放すような言い方だが正論だ。戦うことに迷っている蒼が彼らとともに戦いに参加したところで足手まといになるのは目に見えている。そして何よりも彼女なりの不器用な親切心だろう。


「……まぁでもこれだけは覚えておきなさい。アンタは逃げてもいいしアタシたちもそれをバカにはしない。むしろあんな怪物に挑む方がどうかしてるでしょ」


 そうやって萌葱は肩を竦めて自嘲気味に笑ってみせた。どうしてこのふたりや白は躊躇することなくあんな巨大な敵と戦おうと思えるのか蒼にはわからない。でも彼らなりに考えに考えて至った結論なのだろう。それほどの強さを自分は持っているのだろうかと思う。

 すると轟が「早く行くぞ」と催促してきたので萌葱は蒼から離れて相方のもとへ向かう。


「それじゃいくわ。でも後悔しない選択をしなさいよ」


「……ありがとう」


 そうして萌葱は手だけ降って轟とともに人混みの中に消えていく。ひとり残された蒼は改めて昼下がりの空を見上げる。あの澄み渡る青空はいつしか雲で翳りつつあった。




◆◆◆




 あの後も家に直行せず駅周辺を歩き回っていた蒼だが、いつの間にか陽は沈み、夜の闇が街を包み始めていた。スマホで時間を確認した蒼は流石にもう帰るかと近くのバス停へ向かう。


「なんか寒くない?」


「あ、雪だよ雪! なんで?」


 前方の女子高生らしい二人組が何やら騒ぎ始めたのであたりを見回すとたしかに空から白いものが降ってきているのが見えた。それに春も終わる頃だというのになんだかいきなり気温が低下して息を吐く度に白い湯気が現れる。他の通行人たちも不思議そうにあたりを見渡しており、なんだか異様な雰囲気だ。


「……?」


 その時どこからか耳慣れない不気味な鳴き声が聞こえて蒼は空を見上げた。


「大きな鳥……?」


 彼の視線の先に居たのは一〇メートルくらいはありそうな大きな翼を広げた巨大な鳥のシルエットだった。しかもその鳥が飛んだ後には青白い光が尾を引き、そこから雪が降っている。あまりにも異常なその存在感にはっと蒼は息を呑むが、周囲を歩いている通行人は大きな鳴き声や空に残る光の軌跡があったにも関わらず誰もあの怪物の存在に気付いていない。つまり……


「あれって……『ニラートマン』!?」


 昨日蒼を襲った『大蛇』に続いて今度は巨大な『怪鳥』である。見た目だけでも蒼が倒した『ニラートマン』よりも遥かに強いのはわかる。


(今日も戦いが起きるのか……!)


 ビルとビルの間を抜けて飛んでいく『怪鳥』を蒼は目で追っていくが、あまりの速さにみるみるうちにそのシルエットは小さくなり、やがてどこかへ消えた。それでも蒼はその場を駆け出し、街のいたるところを走り回ってその行方を追おうとするがやはり姿は見えない。蒼は息を切らしながら額の汗を拭い去る。そんな蒼の様子を周囲の通行人たちは怪訝そうに見ていた。


「何をやっているんだろう僕は……」


 自分らしくないと自嘲するが、こうして相手を見失った以上もう追うのは不可能だし大人しく家に帰るのが懸命だろう。そう自分に言い聞かせて蒼はちょうど停留所に来たバスに乗り込もうとするが、


「何をやっているの?」


「深雪さん……?」

 

 後ろから誰かに声を掛けられ、振り返るとそこにはあのミステリアスなクラスメイト、深雪白(ミユキマシロ)が感情の読み取れない涼し気な顔で立っていた。どうしてここに、尋ねそうになったが蒼は口を閉じる。彼とは違って彼女の場合ここに居るのはプライベートというよりも『アートマン能力者』の仕事だろう。おそらくあの『怪鳥』を追って偶然ここに辿り着いたというのが妥当だ。


「あなたに戦う意志が無いなら早く帰ったほうがいいよ。『ニラートマン』は『アートマン能力者』の気配に誘われる性質があるから」


 何も言えずに立ち尽くす蒼に白は帰るように促し、そのまま彼の横を通り過ぎて『戦場』へ赴く。とても冷たいようだが彼女なりの気遣いなのはわかる。それでも蒼は彼女に聞きたいことがあった。


「ね、ねぇ!」


「何?」

 

 白は静かに蒼を見る。やはり彼女が何を考えているのか蒼には何一つわからないし、口数が少ない彼女の気持ちを汲み取るのはとても難しい。しかし蒼はどうしても疑問の答えを聞きたかった。


「どうしてキミは……キミたちは迷うこと無く『アートマン』っていう恐ろしい力を使ってあんな怪物たちと戦えるの?」


 ずっと自分が抱えていたのは結局のところ『ニラートマン』という未知で異形の怪物に『アートマン』という爆弾じみた力で対抗することへの恐怖だった。また怪物に襲われて命の危機に瀕したら、また『アートマン』を制御できず暴走したら、と思うと正気で居られない。


「……別に迷いが無いわけじゃない。そうするしかないだけ。放っておけば周囲に被害が出るし多分”みんな”はキミと同じような恐怖を抱えていると思う」


 白はじっと蒼の顔を見つめる。彼女の瞳はとてもまっすぐで澄んでいて、一切の迷いが無い。まるで無色透明のガラスのようだが冷たい心の持ち主かと言われるとそれは違うと思う。


「でも私は違う。私は『人模き(オートマータ)』みたいなものだから」


「え……?」


 その時初めて白は少し悲しげな表情を浮かべた。ほんの一瞬だったけど今にも泣き出してしまいそうな、そんな瞳と一瞬目が合ってしまったから蒼の心もひどく揺れた。


「……じゃあ私もう行くから」


 しかしすぐに白はいつものポーカーフェイスに戻ると蒼に背を向け、あの『怪鳥』が待っているであろう戦場に向かって歩き出す。


「ま、待って……!」


 慌てて蒼も彼女の後を追い掛けるが、白はそれを拒絶するように何も言わずに『死想の聖母(メメント・モリ)』を呼び出すとそのまま漆黒の翼に包まれて一瞬のうちに姿を消してしまった。彼女の痕跡は何一つそこに残っておらず、蒼はただひとり停留所の屋根の下で立ち尽くす。彼女の言う通り大人しく家に帰るのが懸命かもしれない。でも今の蒼には少しだけ変化があった。


「ご乗車、ありがとうございます」

 

 いつの間にか停留所の前にバスが到着し、運転手の声とともにドアが開き、乗客が何人かバスを下車してくる。


(すごく怖いけど……でも彼らを見捨てて逃げるのも嫌なんだよな……)


 白も轟も萌葱もきっとみんなあの『怪鳥』のもとへ向かっている。きっと激しい戦いになるのだろう。もしかしたら命を落とすことだってあるかもしれない。まだ彼らと言葉を交わして一日程度だが、それでも少しだけ距離が縮まったと思えた数少ない相手だ。彼らが傷つくのは蒼は嫌だった。

 それに、


「あんな顔を見せられたら……放っておけないよ……」


 思い出すのは白の悲しそうな顔だ。自身を『人模き(オートマータ)』と称した無口で無表情な彼女が初めて見せた人間らしいその顔に蒼はとても心を動かされて、それがこうして少なからずあの『怪鳥』へ立ち向かう原動力になっている。もちろんあの『怪鳥』に対峙することや『アートマン』という得体の知れない力を使うことに対する恐怖は払拭できてない。でもそれよりも彼らを見捨てて逃げるほうがもっと怖かった。そして定刻を迎え、バスは停留所から発車した。


「『ニラートマン』は『アートマン』に惹かれるって言ってたな……ならあの鳥が来るのは多分……あそこだ」


 そうして蒼は迷いを振り切るように『怪鳥』の後を追いかける。

 あの怪物が向かった方角は『彩羽学園』だ。

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