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第6話『容疑者リスト×魔法使いリスト』

 私立明神学園高校新聞部部長・紺野こんの章仁あきひと


 この学校に関することで彼の知らないことはないと言われるほど、彼は全校中に名の知れた事情通だ。学校外でもその卓越した情報収集能力を発揮しているらしく、掴んだ情報を週刊誌にリークして荒稼ぎしているとか、いないとか。


「はい、これ」


 翌日。

 赤嶺小百合転落死事件から一夜明け、学校は臨時休校となることもなくいつもどおりに授業が行われていた。学年末試験が二週間後に迫っているということもあるのだろう。

 約束どおり、僕は手土産に洋菓子店『パウンドフレーズ』のエクレアを五つ買い、昼休みを利用して新聞部の部室である北館三階の多目的教室Bを訪れた。ちなみにエクレアは一つ三百円の計千五百円。月五千円のおこづかいで生活している僕にはなかなか痛い出費となった。


「うん、確かに」


 紙袋の中身を確認した紺野は早速一つ取り出し、大きな口を開けてガブリと豪快に噛みついた。口もとに生クリームをつけて幸せそうに頬を綻ばせるその様子は、でっぷりとした体躯たいくによくお似合いだ。昨日は想像しただけで体が拒否反応を示していたというのに、彼の食べっぷりは僕に自分用にも一つ買えばよかったかと後悔させるほどだった。


「で、きみは具体的に何が知りたいんだい?」


 ペロッと伸ばした舌でクリームをなめ取りながら、紺野は愛用しているらしい極太のシステム手帳を開いて言った。多目的教室には個人用の机ではなく長机が備えられていて、四角く並べられたちょうど角を挟むようにして僕らは座っている。


「あぁ、うん……なぜ赤嶺さんが殺されるようなことになったのか、その理由が知りたいんだ。彼女はいろんな人から恨まれていたみたいだし……」

「なるほどね、人間関係のこじれが殺害動機だと疑っているわけだ? ふむ、いい線だよね。根の深ーい恨みというのは簡単に人を殺すから」


 教室の後方にはなぜかそこそこ立派な食器棚が備えられており、立ち上がった紺野はそこから一枚の白い皿を取り出すと、食べかけのエクレアを乗せて再び席に戻ってきた。


「しっかし、さすがはあのアカミネグループのご令嬢だよね。叩くたびに黒ーい噂が出るわ出るわの大渋滞」

「そんなに……?」

「あぁ、それはもう一日で調べ尽くすのに苦労するくらいにね」

「殺人の動機になりそうな話もある?」

「あるよ。だって彼女、人ひとり殺してるから」

「は?」


 初っぱなから大きすぎる爆弾を投下され、僕はまんまるに目を見開いた。


「こ、殺した……?」

「そう。藍川あいかわひよりさんって知ってる? 一年の時に退学しちゃった子なんだけど」


 僕は小さく首を横に振る。自慢じゃないが、僕の顔の狭さは折り紙付きだ。

 そう、と小さくつぶやいてから、紺野は藍川ひよりさんについて詳しく教えてくれた。


「彼女、赤嶺さんからひどいいじめを受けていたんだって。それで学校に出てこられなくなって、出席日数が足りず留年が決定。けれど彼女はそのまま退学した。新たな環境で再出発をと家も引っ越したみたいなんだけど、うまくいかなかったんだろうね……自殺したそうだよ、一ヶ月前に」


 そんな、と僕は声にならない声を上げた。

 いじめを苦にした自殺。確かに、赤嶺さんが殺したも同然だ。


「もちろん、亡くなった藍川さんには赤嶺さんを殺すことはできないけどね。でも、彼女のために復讐をと考えた誰かの仕業、という線は十分考えられるだろ?」

「きみはすでに掴んでいるの? そういうことをやりそうな人について」

「当然。ぼくを誰だと思っているんだい?」


 ニヤリと意味ありげに口角を上げ、紺野はペラリと手帳のページをめくった。


「中学時代まで遡って、藍川さんと親しかった人について調べてみたんだ。何人か候補がいるけど、うちの高校の生徒に限定するとその数はぐっと小さくなる。……あ、この人なんてどうかな? F組の水梨星蘭さん」

「えっ」


 まさかの人物の名前が飛び出し、僕は思わず身を乗り出した。紺野はそんな僕に怪訝な顔を向けてくる。


「何? きみも水梨さんを疑っているわけ?」

「いや、疑うというか……」


 彼女が犯人だと思っていました、とはさすがに言えない。一つ咳払いを入れて誤魔化す。


「彼女とその藍川さんって子、友達だったんだ?」

「みたいだね。同じクラスで、いつも一緒に過ごしていたって。休みの日もふたりで遊びに行ったりするくらい仲がよかったらしいよ」


 なるほど、ふたりは親友と言って差し支えないような間柄ということか。それなら確かに、水梨さんには藍川さんを死に追いやった赤嶺さんに対して復讐心を抱く理由があると言える。面識はなかったと言っていたけれど、本当にそうなのだろうか。


「でも、水梨さんにはアリバイが……」

「アリバイ? 何だよきみ、もう水梨さんにアタックをかけていたのか!」

「あぁ、いや……何というかその、成り行きで」


 ふぅん、と紺野は明らかに僕をいぶかしみ始めた。彼女が魔法使いであることを紺野にバラしていいものかと迷っていると、紺野は「アリバイねぇ」と言って再びパラパラと手帳のページをめくり出す。


「事件が起きたのは昨日の午前八時五十分頃……一時間目の授業が始まった直後。確かにそんな時間ならアリバイのある人間がほとんどだよね。赤嶺さんが空から落ちてきた時、この学校の周辺を飛んでいた飛行機やヘリコプターはなかったことが確認されている。人が空を飛ぶことなんてできないし、彼女の殺害には何らかのトリックが使われたことは間違いないんだけど……」


 この瞬間、僕は紺野に魔法使いの話をしなくて正解だったと胸をなで下ろした。トリックの線を疑っているということは、魔法によって事がされたとは考えていないのだから。

 ……いや、あるいは紺野のほうも魔法使いによる犯行である可能性を掴んでいながら、あえて僕に黙っているという可能性もあるか。


「……ねぇ、紺野くん」

「ん?」

「魔法使いって、いると思う?」


 おもいきってカマをかけてみることにした。けれど紺野は「は?」と眉間に深々としわを刻んだ。


「何を言っているんだい、きみは」

「ごめん。……そうだよな。いるわけない、魔法使いなんて」

「あぁ、そうか……きみ、C組の生徒だったね。見てたんだ? 赤嶺さんがグラウンドに落ちてくるところを」

「うん……。本当に突然、空の上に彼女の姿が現れたんだ。まるで魔法みたいだと思ったその時のことがずっと頭を離れなくてさ」

「無理もないよ。同級生の転落現場を見たんだ、誰だって混乱する。魔法使いの仕業だって思っていたほうがよほど健全かもしれないね」


 適当に誤魔化したつもりだったのだが、思いのほか紺野に心配されてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。魔法使いについては今後一切口にするまいと心に決めた。

 無理やり気持ちを切り替え、僕は藍川さんについての話を再開した。


「僕、藍川さんのことはほとんど何も知らないんだ。学校を辞めたことも、いじめられていたってことも……ましてや自殺なんて。僕の情報収集能力がらないだけなのかな?」

「いいや、そんなことはない。彼女が退学したことは知っていても、一ヶ月前に自殺した件についてはほとんど誰も知らないはずだ」

「えっ、そうなの?」

「あぁ。彼女の両親がこの学校には報告を入れていないからね。もしもここの生徒で彼女の自殺について知っている人間がいるとすれば、その人物は彼女の親とまで面識があるほどの深い関係だったんじゃないかな? ちなみに僕は藍川さんと言葉を交わしたことすらないけど」


 さりげなく自分への疑いを回避させたつもりか、紺野は完全に蛇足である情報を最後にぽつりと付け加えた。


「それに、赤嶺さんを恨んでいたのは何も藍川ひよりさんの友人ばかりじゃない。もっと直接的な被害に遭っている人がわんさかいるんだ」

「あぁ、そうだったね。きみが知っている中で、事件当時のアリバイがない人物をリストアップすることって可能?」

「ふむ、やってみようか」


 立ち上がった紺野はまっすぐ教室前方の黒板へと向かう。白いチョークを右手に、教卓に置いた愛用の手帳を左手でめくりながら、口を動かすことも忘れない。


「えーと、まずは事件当日である昨日の欠席者リストを……」


 左手の指だけでひらりひらりと手帳のページを行ったり来たりさせながら、右手はせっせと黒板の上を走らせる。まんまるな見た目とは裏腹にものすごく器用な男だということを、僕はこの時はじめて知った。


「さすがは二月。休んでいた生徒が多いね」


 全学年・全クラスの出欠情報を網羅しているきみのほうがさすがだよ、と言ってやろうとしたけれど、あまりにも真剣な目をして作業に取り組んでいる紺野を見ていたらそんな気はすぐさま吹っ飛んだ。


「よし、これで全員っと」


 ずらりと黒板に並んだ欠席者リストは、軽く二十人を超えていた。各クラス平均で一人以上が欠席していた計算になりそうだ。


「次は、この中で赤嶺小百合を恨んでいた人物」


 チョークを白から黄色へと持ち替え、紺野は該当者の名前の上に○印をつけていく。半分以上に○がついた。


「二年生だと、たとえば彼女……きみたちと同じC組の黒生こくしょうミチルさん。彼女は夏休みに入る少し前、赤嶺さんに彼氏を取られている」


 色恋沙汰か。藍川ひよりさんの自殺と比べるとやや弱い気がするが、黒生さんにとっては殺してしまいたくなるほど許せない出来事だったかもしれない。


「それからG組の緑井みどりい由佳ゆかさん。彼女、実は少し前まで数学の桜庭さくらば先生と付き合っていたんだよね」

「えっ!?」


 思わず立ち上がりそうになってしまった。まさか、教師が生徒と関係を持つなんてことが本当にあるなんて。バレた時のことを考えないのだろうか……僕にはとても信じられない世界だ。


「で、どうも彼女はそれについて赤嶺さんに嗅ぎつけられたみたいなんだ。普通なら恐喝して金を巻き上げるところだけど、さすがは大富豪の赤嶺さん。金銭的要求は一切せず、緑井さんを好き放題使いっぱしりにしていたらしい。もはや緑井さんは赤嶺小百合専属メイド……身の回りのお世話は何でもします状態だったんだってさ」


 かわいそうに、と思っているのかいないのか判然としない声で紺野は言った。けれど確かに、そんな扱いを受けていた緑井さんなら、彼女の言いなりになる生活から逃れるために彼女に手をかけたとしてもおかしくはない。精神的に参ってしまい凶行に及んだ、なんて言い訳をこしらえることもできそうだ。

 紺野は続ける。


「今挙げたふたりに関しての補足情報だけど、実はふたりとも今インフルエンザにかかっていてね。自宅で寝ていて学校に来ていないという意味ではアリバイがないと言えるけど、人を殺すのにわざわざ病気の時を選ぶかなぁという疑問は残る」


 確かに、と僕は同意した。殺す機会は何も昨日に限られるわけじゃない。


「じゃあ、緑井さんの交際相手だった桜庭先生はどう? 彼だって赤嶺さんから何かしらの脅迫を受けていた可能性があるんじゃない?」

「うん、確かにそのとおりなんだけど、あの人に犯行は無理だよ。だって昨日の一時間目はぼくが彼の授業を受けていたんだからね。アリバイは完璧」


 そっか、と僕は落胆しつつうなずいた。

 その他の生徒や教員についても赤嶺小百合との確執をきっちり報告してくれた紺野だったけれど、そんなことで殺すかなぁ……といった事情ばかりで容疑者として名指しできそうな人物を特定することはできなかった。動機の線で絞り込もうと思った僕の考えは少しばかり甘かったようだ。


「ありがとう、すごく参考になったよ」

「え、もういいのかい? まだエクレア三つ分の情報しか話してないけど」


 そうだったのか。というか、その判断基準は一体どのようなものなのだろう。


「じゃあ残りの二つは前払いってことにしておいて。また何か知りたくなったらきみを訪ねるから」

「そうかい? なら、遠慮なく」


 軽く肩をすくめ、紺野は再びエクレアに口をつけ始めた。右手では手帳に何やらメモしていて、きっと僕が情報料を前払いしたことを書き留めているのだろうと勝手に解釈しておいた。




 放課後。

 いつもならまっすぐ駅へと向かうところを、僕は帰りのSTが終わるとともに荷物も持たず教室を飛び出した。


「水梨さん」


 二年F組の教室へたどり着くや否や、僕は水梨さんの端正な横顔に声をかけた。


「あら」


 変わりない優雅な仕草で長い黒髪を耳にかけながら、彼女は僕を振り返る。僕も変わらず、目線だけで彼女を連れ出す。二日続けて、僕らは四階の西渡り廊下にやってきた。


「どう? 捜査のほうは順調かしら?」

「うん、その件なんだけどね。早速きみの手を借りたいと思って」

「私にできることであれば、喜んで」


 穏やかに微笑む水梨さん。僕は前置きなしに本題を切り出した。


「この学校にいる魔法使いのリスト、手に入ったりしない?」


 水梨さんの表情がやや曇った。昨日も『本人の名誉にかかわることだ』と言ってこの学校にいる魔法使いについては教えてもらえなかったことを思い出す。


「……無理かな、やっぱり」


 少しの間、水梨さんは黙ったまま僕の目をまっすぐ見つめてきた。やがていつもどおりの柔らかい表情に戻り、口を開いた。


「犯人の特定にどうしても必要なことなのね?」

「うん。今僕が手にしている容疑者リストと照合したいんだ」


 容疑者、と彼女は僕の言葉を繰り返す。


「本当に刑事さんみたい」


 ふふっ、と水梨さんは楽しげに笑い、スカートのポケットからパステルブルーのスマートフォンを取り出した。


「いいわ、訊いてみましょう」


 誰に、とは訊けなかった。僕のような何の力も持たないごく普通の人間が、あまり深く魔法使いの世界に踏み込むのはよくないだろう。

 僕の知らない誰かに電話をかけた水梨さんは、簡単に事情を説明してこの学校にいる魔法使いのリストを請求してくれた。まもなくして水梨さんの携帯にメールが届き、開いた彼女は画面を僕に向けるような形でスマホを顔の前に掲げた。


「めぼしい人がいるといいのだけれど」


 画面上に列挙されている魔法使いは全学年合わせて四人。その中には黒生さんの名前も緑井さんの名前もない。しかし。


「…………そんな」


 水梨さんの他にもうひとり、僕の知る人物の名前があった。

 でも、そうだ。確かにあの人なら犯行は可能かもしれない。だとすれば、確かめなければならないことが二つある……動機と、アリバイ。


 僕もズボンのポケットからスマホを取り出し、すぐさま紺野に電話をかけた。まさかエクレアの前払い分をこんなにも早く使うことになろうとは。

 心臓が早鐘を打ち始め、震える手でスマホを握りしめる僕は、早口になりながら紺野に対して動機の面にかかわる調査をいくつか依頼した。

 そんな僕をじっと見つめる水梨さんが意味深に目を細めたことには、まるで気がつかなかった。

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