最終話『もしもの話』
九月一日を迎えることは毎年憂鬱で仕方がなかったが、今年は特別嫌だった。学校に行きたくないと思ったのは久しぶりだ。怜人のいない教室を想像するたびに足が止まった。
「おはよ」
いつまでもたどり着かない校門を目指してとぼとぼと歩いていると、後ろから声をかけられた。白瀬だった。
「おはよ」
「鮫島くんとの旅行、大変だったみたいだね」
一ヶ月半ぶりの再会だ。他にも話題はあっただろうに、白瀬はわざとかと思うくらいさらりと怜人の話を振ってきた。僕は思わずため息をついた。
「おれもおまえみたいにはっきり断っときゃよかった」
「きみのお人好しの部分が出ちゃったね」
お人好しか。そうかもしれない。結局僕は、怜人がさみしそうにする姿を見たくなかったのだろう。同じゲーム愛好家として、怜人に情けをかけていた。
いや、たぶん違う。
僕はきっと、怜人と友達になりたかったのだ。利害関係でのつながりじゃなく、本当の友達に。
あの旅行で、少しはそんな関係に近づけただろうか。永遠に返ってこない答えを思うと、足がさらに重くなった。
「例のペンションで、水梨さんと会ったんだって?」
白瀬はめずらしく饒舌だった。僕がへこんでいるのもおかまいなしだ。
その理由が、これか。別に隠していたつもりはなかったが、東京とは遠く離れた山奥でクラスメイトと一緒にいたという事実を曲解されるのはたまらない。
「偶然な。水梨さんは毎年あのペンションに泊まってるらしい」
「へぇ」
「……」
「……」
「なんだよ、人の顔ジロジロ見て」
白瀬が笑っている。それもめずらしいことだ。向こうから挨拶をしてきた時から今日はやたらとぐいぐいくるなぁと思ってはいたが、要するに、水梨さんとのことが知りたかったわけだ。くだらない。
「言っておくが、おまえの期待しているようなことはなにもなかったぞ。それどころじゃなかったんだ」
「『それどころ』っていうのはどういう意味? 別に僕はなにも期待しちゃいないけど」
「揚げ足取りならよそでやってくれ。だいたい、なんでおまえはそんなことを知ってんだよ。おれらと水梨さんがあのペンションで会ったなんて」
「水梨さんから直接聞いたんだ。僕が智詩と遊んでるところへ彼女が来た日に」
「おまえと茶谷と、水梨さん? いったいどういう組み合わせだ」
「智詩と水梨さんが友達でね。僕はオマケみたいなものかな」
茶谷と水梨さんが? 初耳だ。彼らは二人とも中学から明神に籍を置いている生徒だから、僕の知らないところでつながっていたとしても不思議じゃないが、二人が仲よくしているところはあまりうまく想像できなかった。
茶谷の顔を思い浮かべたら、ふと、赤嶺小百合の事件のことを思い出した。
怜人の死に様もなかなかのものだったが、赤嶺の時はもっとグロッキーだった。なにしろ彼女は空から降ってきたのだ。グラウンドにたたきつけられたからだは全身の骨がバキバキに折れていたことが見た目にもよくわかるほどで、思い出すだけで吐き気がしたが、僕が言いたいのは死に方がどうこうという話じゃない。
あまりにも唐突に、彼女は空から降ってきた。校舎の屋上から突き落とされたのならいざ知らず、飛行機もヘリコプターも飛ばないはるか上空に彼女はいて、そこから真っ逆さまに落ちてきたのだ。
あの時は深く考えなかったが、常識的な見方をすれば、そんなことが起きるはずがないじゃないか。誰かが彼女を空から投げ落としたのだとしても、その誰かの姿が僕らの目に映らないなんてことがあるだろうか。
あるとすれば、人智を超えた摩訶不思議な力によって赤嶺が殺された場合だ。それこそ、怜人のように。水梨さんが見せてくれた、魔法とやらの力で。
「なぁ、白瀬」
考えがまとまらないうちに、僕は白瀬に声をかけた。白瀬がなにか言ったようだったが、思考に没頭していてうまく聞き取れなかった。
こういう論理は成り立つだろうか。
水梨さんは魔法使い。茶谷と水梨さんは友達。
赤嶺小百合が謎めいた死を遂げた直後、茶谷は学校を辞めた。
あの日から細々と流れ続けている、茶谷に関するとある噂。
――茶谷智詩は赤嶺小百合を殺し、逃げるように学校を去った。
もしもあの噂が本当だとしたら、茶谷は。
「海野?」
白瀬の声で我に返った。いつの間にか僕は立ち止まっていて、白瀬が不思議そうに僕を見ている。
「大丈夫?」
「あ、あぁ……」
白瀬はやっぱり不思議そうな顔をしていたが、それ以上なにも言わずスタスタと足を動かし始めた。校門が目の前に迫っている。
僕を置き去りにしてどんどん学校へと近づいていく白瀬の背中を見つめながら、僕は自分の馬鹿げた考えを頭の中からかき消した。
あるわけない。茶谷が実は魔法使いで、魔法の力で赤嶺小百合を殺したなんて。
仮にそうだったとしても、白瀬を相手にそんな話ができるはずもなかった。白瀬と茶谷は親友同士。大切な友達が人殺しなんて事実、たとえ真実だとしても知らないほうが幸せだ。
白瀬を追って、僕は駆け足で校門をくぐった。背負う黒いリュックの中には、夏休みにたっぷり出された課題の山と、ポータブルゲーム機が入っている。
怜人のいなくなった教室でも、僕の日常は変わらない。人一倍勉学に励みつつ、ひそやかにゲームを楽しむだけだ。
怜人の財力に頼ることなく、怜人の分まで、めいっぱい。
【集められた魔法使い/了】




