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魔法使いの水梨さんは、赤嶺小百合を殺したか  作者: 貴堂水樹
第二篇 集められた魔法使い

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第9話『二人のうちの一人②』

「おれの話、だいたい合ってましたか」


 伸吾さんはうなずいた。否定しないということは、怜人を殺そうと思っていたことも事実のようだ。

 履いている黒いズボンのポケットからスマートフォンを取り出そうとした伸吾さんの前に、水梨さんが進み出た。なにをするのかと思ったら、水梨さんは顔を上げた伸吾さんのほうへ右手をすぅっと伸ばし、手のひらを伸吾さんに向けた。

 伸吾さんが目を見開き、水梨さんの右手首をつかんだ。だが、遅かった。水梨さんの右手は淡い光を宿し、光は伸吾さんのからだを包み込んだ。

 ほんの三秒ほどのできごとだった。水梨さんがなにをしたのか僕にはわからなかったが、唯一理解できたのは、水梨さんがなんらかの魔法を伸吾さんにかけたということだ。

 光が消えると同時に、水梨さんのからだが傾いだ。倒れそうになる水梨さんを、伸吾さんがとっさに支えた。


「大丈夫ですか」


 僕が言ったのでも、水梨さんが言ったのでもない。顔を下げ、ぐったりとしている水梨さんを支えている伸吾さんの声だった。


「こちらへ」


 伸吾さんはまた声を出し、水梨さんを小径のベンチへと座らせた。僕は目をまんまるにしたまま、伸吾さんとは裏腹に、完全に言葉を失っていた。

 伸吾さんが、しゃべっている。

 水梨さんが魔法をかけたせいだ。はじめて聞く伸吾さんの声は、怜人とはあまり似ていなかった。怜人みたいに高くなく、どちらかというと低めの落ちついた声だった。

 伸吾さんはベンチに座る水梨さんの前にひざまずき、ハンカチで水梨さんの額に浮かんだ玉の汗を拭った。


「これは一時的な処置、という理解でよろしいですか。僕がすべてを語り終えたら、この声はあなたにお返ししたい」


 水梨さんはうなずいた。伸吾さんの発言から察するに、水梨さんは今、伸吾さんに声を貸している状態であるらしい。

 立ち上がった伸吾さんが、一人置いてけぼりにされている僕に説明してくれた。


「彼女や恒彦つねひこさんの使う魔法というのは、病気を治したり、傷を癒やしたりすることはできないのだそうです。魔法でできることは、患者の傷や病気を肩代わりすること。体調のいい人と悪い人の状態を入れ替えることなら、魔法でもできるのだとか」


 知らなかった。魔法で傷が治せるのはアニメやゲームの世界だけらしい。


「じゃあ、水梨さんは、今……?」

「僕が負った脳の障害を肩代わりしてくれている状態です。僕も怪我をしたばかりの頃は眩暈や頭痛に悩まされていましたから、彼女も今はその状態なのかもしれません」

「そうですか。詳しいですね、伸吾さんは魔法使いじゃないのに」

「恒彦さんが過去に一度、僕に声を取り戻させてくれたことがあるんです。代わりに彼が声を失うと知った僕は、すぐにもとの状態に戻してもらうようお願いしました。誰かの自由を奪ってまで、声を取り戻したいとは思いませんから」


 遠慮を知っている伸吾さんの姿を見ていると、怜人とは真逆だなとつい思ってしまう。怜人はどこまでも自己中心的な男だった。歳の近い兄弟でここまで性格が裏返しだと、幼い頃から喧嘩が絶えなかっただろうことは想像に難くない。ガキっぽい怜人が大人びた伸吾さんに食ってかかっている様子がありありと目に浮かぶ。


「おおむね、海野様がお話になったとおりです」


 伸吾さんは、自分と、魚住さんの罪を認めた。


「今朝僕が庭へ出た時にはすでに、怜人も恒彦さんも事切れていました。怜人の死に様を見て、恒彦さんの仕業だとすぐに悟った。ご指摘のとおり、僕は四年前に障害をかかえてから、いつか必ず怜人を殺そうと考えるようになりました。怜人を殺して、僕は殺人犯だと名乗り出る。そうすれば鮫島家は終わりです。家どころか、会社もつぶれてしまえばいいと思っていました。うちの会社で働いてくれている従業員の方には申し訳ない気持ちもありましたが、恨むなら怜人を恨んでくれ。そう思いました。全部、怜人が悪いのだと」


 伸吾さんの目は恐ろしいほど冷めきっていた。感情を失い、さげすむようにバラの蔓まみれになった怜人の遺体を見る。


「四年前、僕は怜人に殺されかけました。あいつは事故だと言っていましたが、あの時の行動にはあきらかな殺意が含まれていた」

「なにがあったんですか、怜人との間に」


 僕が問うと、伸吾さんは素直に答えてくれた。その口調には怒りの色が混じっていた。


「僕が中学三年、怜人が一年の時のことです。覚えていますか、あの年の五月に起きた大きな地震のことを」

「はい、覚えてます。震度5強の地震でしたよね。あちこちで停電したりして大変だった」

「えぇ。その震災の時、僕らはたまたま学校内の同じ場所にいたんです。運が悪いことに、階段を下っていたところでした。なんの前触れもなく、突然地面が横に大きく揺れ始めた。立っていられないほどの揺れで、手すりから遠かった僕はからだをうまく支えられず、バランスを崩してしまったんです。二十段ほどある階段の上から真っ逆さまに転がり落ちていく未来を一瞬のうちに想像しましたが、僕のすぐ後ろを歩いていた怜人がとっさに手を伸ばしてくれました。でも、その手は僕を助けるために伸ばされたわけじゃなかった。あいつは、バランスを崩して倒れかけた僕の背中をおもいきり押したんです」


 右の拳を握りしめ、伸吾さんは怜人の亡骸をきつくにらんだ。そうしたい気持ちは僕にも痛いほどわかる。

 怜人は故意に伸吾さんを階段の下へと突き落としたのだ。死んでしまえとまで考えていたかは定かではなくとも、伸吾さんの転落を地震のせいにしようとした下心は間違いなくあっただろう。怜人らしいやり方だと思った。伸吾さんには口が裂けても言えないが。


「おかげで僕は脳が傷つき、言葉を発することができなくなりました。インプットはできるのに、アウトプットがうまくいかないんです。苦しかった。筆談で何度も怜人に突き落とされたのだと訴えましたが、誰も僕の話を信じてくれませんでした。階段から落ちた僕は半日ほど意識が回復しませんでしたから、その間に怜人が話したことが真実として広まってしまったんです。愕然としました。頭を打っていたせいもあって、僕がヘンになってしまったんだとみんな思っているんです。気づけば僕は、療養という名目で鮫島家を追い出されていました。声が出せなくなってしまったというのが一番大きかったのでしょうね。父の跡を継ぐために必死に勉強してきたのに、父も母もそれを知っていたはずなのに、あっけなく捨てられた。悔しくてたまらなくて、だけど不思議と、涙は流れませんでした」


 胸が締めつけられる思いがして、僕は伸吾さんから目をそらしそうになった。

 泣けていたほうが健全だったのかもしれないなと、彼の話を聞いていて思った。泣けないほどの大きな悔しさは、解消されないまま怜人への殺意に置き換えられてしまった。結果として、怜人は殺された。伸吾さんにではなく、伸吾さんを支えていた魚住さんの手によって。


「僕の話を唯一信じてくれたのが恒彦さんと芳子さんでした。あの二人はもともと鮫島家の使用人で、父も母も実業家の僕らにとってはあの人たちが親代わりみたいな感じでね。あの二人も、怜人にはかなり手を焼かされていました。怜人のわがままに振り回され、しつけの一環としてほんの少し語気を強めただけで、怜人は両親に『恒彦さんにたたかれた』とありもしない嘘をつくんです。結局あの二人も鮫島家を追われ、このペンションの管理人としてこんな山奥に閉じ込められることになって……。僕は子どもの頃からあの二人には懐いていましたし、境遇が似ている部分もありましたから、今では本当の両親のように慕っています。昔は『伸吾坊ちゃま』なんて呼ばれてたけど、そういうのはもうやめにしましょうって言ったりして。どうせ僕には、鮫島家に居場所なんてありませんから」


 吹っ切れたような笑みを伸吾さんは僕に見せた。実際、鮫島家に未練はないのだろう。彼の中にあるのはただ、怜人にされた仕打ちに対する怒りと、絶対に仕返しをしてやるという揺るぎない復讐心だけだ。


「毎年夏になるたびに、怜人は両親とともにこの別荘にやってきました。家族水入らずの時間を、なんて言って、ここを貸切にして三日も四日も居座るんです。その間、怜人は僕をここの従業員だからと散々こき使ったり、延々自慢話を聞かされたり、客という立場を利用して僕や恒彦さんたちにやりたい放題、言いたい放題のわがままをぶつけてきました。年に一度のこととはいえ、これが一生続くのかと思ったらとても耐えられたものではなかった。怜人からそうした仕打ちを受けるたびに、怜人に殺されかけた時のことを思い出すんです。なにもかも怜人のせいだと思いました。怜人さえいなければ。怜人さえいなくなれば。そう思わない日は、一日たりともなかったかもしれません」


 まったく怜人らしいエピソードだと思わざるを得なかった。伸吾さんの心でくすぶる復讐の火種に、怜人は自ら油を注いでいたわけだ。

 故人を愚弄するつもりはまったくないのだが、今回のことはまさに怜人自身が招いた悲劇としか言えない。怜人はどんな気持ちで死んでいったのだろう。

 伸吾さんの視線が、怜人から魚住さんへと移された。


「『僕が怜人を殺して、会社もつぶす。二人は逃げてください』。この夏は怜人が一人でここへ来ると知らされた時、僕は恒彦さんと芳子さんにそう伝えました。二人からは必死に止められたけど、僕の気持ちは変わらなかった。怜人を殺して自首するつもりでしたから、恒彦さんのように具体的な策は練らず、厨房の包丁でメッタ刺しにしてやればいいかな、とぼんやり考えていたんですが……まさか、恒彦さんに先を越されるとは思いもしませんでした」


 伸吾さんは言葉と表情に悔しさをにじませた。本当の親以上に慕っていた人をこんな形で失うことを彼は少しも望んでいなかっただろうし、そういう意味では悲しいかな、魚住さんのしたことは少々身勝手だったと言わざるを得ない。伸吾さんの気持ちを、魚住さんはうまくくみ取ってやれなかったのだから。


 あとは僕が言ったとおりだと、伸吾さんは清々しい笑みを浮かべて話を締めくくった。僕の想像どおり、魚住さんのからだは病魔にむしばまれ、医者から余命宣告を受けていたのだという。最後の力を振り絞って、彼は伸吾さんが凶行に及ぶことを阻止した。伸吾さんの話を聞く限り、彼もまた怜人には思うところがあったのかもしれない。


「申し訳ありませんでした。こんなことに巻き込んでしまって」


 伸吾さんは僕に向かって深々と頭を下げた。僕は首を横に振った。


「四年も前のことだけど、先に手を出したのは怜人です。あなたが怜人を恨むのも無理はない。だけど」


 これを伸吾さんに伝えるべきか、最後まで悩んだ。伸吾さんに後悔させるつもりなんてなかったし、事件の真相だって、僕はこのまま黙っていてもいいと思っている。伸吾さんはちゃんと、自分のしたことをわかっているから。

 それでも、僕は伸吾さんに伝えた。まっすぐ、偽りのない真実として。


「怜人はおれの友達です。親友とはとても言えないし、共通の話題はゲームだけって感じだったけど、それでも……大事な友達が死ぬのは、やっぱりきついです」


 今でも信じられないし、九月になったらなにごともなかったかのようにまた学校で顔を合わせるような気さえしている。振り向けばそこには怜人の無残な亡骸があるとわかっているのに、僕は必死に目を背けていた。

 殺されるような理由を作った怜人が悪いかもしれない。それでもやっぱり、友達が突然いなくなるのはつらい。別れるのは卒業式の時でよかった。今はまだ、早すぎる。


 伸吾さんはどんな顔をするかと思ったけれど、僕の悲痛な叫びは彼にはさっぱり響かなかったようだ。彼は穏やかな微笑みを湛え、こう言った。


「きみのような賢い人がどうして怜人みたいなクズと友達になったのか、僕にはまったく理解できません」


 永遠に埋まらない兄弟間の深い溝を、僕は改めて実感させられた。伸吾さんの堂々たる立ち姿に、後悔の影は少しもなかった。

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