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魔法使いの水梨さんは、赤嶺小百合を殺したか  作者: 貴堂水樹
第二篇 集められた魔法使い

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第8話『二人のうちの一人①』

「どういうこと、海野くん」


 水梨さんが難しい顔をして言った。


「質問の意味がわからないわ。伸吾さんが庭に出た時、魚住さんはまだ生きていたと言いたいの?」

「いや、すでに亡くなっていたと思うよ。ですよね、伸吾さん」


 伸吾さんはうなずくことも、首を振って否定することもしなかった。ただじっと、僕の心を見透かそうとするような目で僕を見つめている。

 さっきの質問の意図を、僕は二人にわかりやすいように話した。


「昨日おれと怜人が寝たのは深夜零時過ぎ。伸吾さんと芳子さんが二人の遺体を発見したのが今朝六時頃。具体的な時刻はわからないけど、怜人と魚住さんはこの六時間のうちに命を落とした。二人ともね。だけど、二人のうち、魚住さんは誰かに殺されて亡くなったんじゃない。この事件の犯人によって殺されたのは怜人だけだったんだよ」

「鮫島くんだけ?」


 水梨さんの表情が、やがてたっぷりの驚きに満ちていった。


「まさか、鮫島くんを殺したのは……?」


 彼女にも真相が見えたらしい。僕ははっきりとうなずいて返した。


「魚住さんだよ。彼も魔法使いだって、芳子さんが教えてくれたよな」


 伸吾さんは眉一つ動かさず、僕を見つめ続けるだけだった。言葉が発せないから反論しないのではなく、反論するつもりはない、というような態度に僕には見えた。

 動機についてはすっ飛ばし、僕は昨日の夜にこの庭で起きたらしいことを順序立てて説明した。


「怜人の殺害方法は、さっき水梨さんが教えてくれたとおりだと思う。魔法を使って怜人を客室から運び出し、この庭でも魔法を使い、怜人の首をバラの蔓で絞めて殺した。仕上げに怜人の遺体をアーチにつるせば作業は完了。世にも奇妙な、バラの繭に包まれた首つり死体のできあがりだ。一つ指摘するなら、犯人が魚住さんの場合、客室への出入りはマスターキーを使えばいいし、裏口の扉のロックも解除できるから、庭へ出るにも魔法は使わなくて済む。どっちの手段をったのか、今となっては誰にもわからないけど」


 たった二人の聴衆は、どちらも黙って僕の話に耳を傾けていた。異論はない、と判断して、僕はもう少し話を続けた。


「怜人を殺した魚住さんは、宿泊客に気づかれないうちにペンションの中へ戻ろうとした。だけど、ここでアクシデントが起き、魚住さんはペンションに戻ることができなくなってしまった」


 水梨さんが、なにかにピンと来たような顔をした。僕が語り手の座を譲ると、水梨さんは静かに口を開いた。


「寿命が尽きてしまったのね」


 そのとおり。魔法の対価は自分の寿命。多くの魔法を駆使して怜人を殺害したことで、魚住さんは残りの寿命を涸らしてしまったのだ。ペンションに戻る途中で力尽き、扉に頭を向けた状態で倒れ、息を引き取った。


「警察が調べればわかることだけど、魚住さんの死因は背中を刺されたことによるものじゃないはずだ。つまり、魚住さんは誰かに背中を刺されるよりもずっと前に亡くなっていた。怜人の首の傷を見た時、小茂池さんが言ってたよな。心臓の動きが止まると血の巡りも止まって、からだに傷がついても血は噴き出ないんだって。魚住さんの背中の傷も同じだったんだよ。刺された時にすでに亡くなっていたのなら、血液の循環は止まっている。だからこの遺体はきれいなんだ。うつ伏せに倒れていて、流れの止まった血が腹のほうへと溜まっていたから」


 怜人の首は、生きている時点でバラの棘が刺さったから出血した。一方、魚住さんは亡くなってから背中を刺された。この違いが、二つの遺体の汚れ具合が逆転した理由だったのだ。小茂池さんが医学の知識を持ち合わせている人じゃなかったら気づけなかった。あるいは水梨さんも、あの時同じ指摘をしようとしていたのかもしれない。博学な人だ。同じ高校生なのに。

 気を取り直して、僕は伸吾さんに尋ねた。


「もしかして魚住さんは、なにか病気をかかえていたんじゃないですか。それも、命にかかわるような重い病気を」


 ペンションのフロントではじめて魚住さんに会った時、なんとなく顔色の悪い人だなと思ったことを覚えている。あの時は深く考えなかったが、単に疲れをため込んでいたというわけではなく、病気の影響で血色が悪かったのだと考えることもできるだろう。魚住さんはおそらくまだ五十代。魔法の影響がどの程度現れるのか僕にはわからないが、生き急ぐような年齢じゃない。

 それでも彼は魔法を使って怜人を殺した。他に方法はいくらでもあったはずなのに、いかにも魔法を使わなくちゃ実現できないやり方だと僕たちに見せつけるような殺し方を選んでいる。

 彼にとって、魔法を使って怜人を殺すことには大きな意味があったのだ。どうしても魔法を使わなくてはならなかった。魔法使いの犯行だと思ってもらわなくてはならなかった。

 なぜか。


「ねぇ、伸吾さん」


 僕は伸吾さんに問いかけた。


「怜人を殺そうと思っていたのは、本当はあなただったんじゃないですか」


 魚住さんは、伸吾さんを守ろうとしたのではないか。それが僕の考えだった。

 かねてから伸吾さんは、怜人に恨みをいだいていた。彼らは大企業の御曹司。たとえば跡目争いとか、兄弟間のいさかいにとどまらないたくさんの問題があったに違いない。

 これは僕の勝手な想像でしかないことだが、伸吾さんはこのペンションに、いわば島流しのような状態で追いやられたのではないだろうか。そしてそれは、怜人による策略だった。

 理由はわからないが、怜人は伸吾さんを疎ましく思っていて、鮫島家から追放することを考えた。怜人が多くを語らなかった、伸吾さんが昔巻き込まれたという事故。その事故こそ怜人の手によって故意に引き起こされた、伸吾さんを鮫島家から追い出すための作戦だったとしたら、伸吾さんが怜人を恨む理由としては申し分ないだろう。あるいは怜人は、伸吾さんを殺すつもりだったのかもしれない。恨まれるのは当然のことだ。


「詳しいことはわかりませんけど、魚住さんはあなたが怜人を殺そうとしていることを察し、踏みとどまらせることを考えた。でも、あなたの意思は固かった。今年はご両親とではなく、怜人が一人でこのペンションに来ることを知ったあなたは、今年こそ積年の恨みを晴らす時だと心に決めていた。あなたの気持ちが変わらないことを知った魚住さんは、あなたに殺人を犯させない方法を精いっぱい考えた。そこで思いついたのが、魔法を使い、伸吾さんよりも先に怜人を殺してしまうことだったんです。伸吾さん、あなたは魔法使いじゃない。怜人が魔法を使って殺されたのだとわかれば、あなたは容疑者候補からはずれる。この犯行はバラがどうのというわけではなく、魔法によって怜人が死ぬことにこそ最大の意味があったんです。そうやって魚住さんは、あなたを守った」


 伸吾さんの目つきが、僕をにらむようなものに変わった。瞳がわずかに揺れている。自分のために命をしてくれた魚住さんの死を、心から悲しんでいるようだった。


「だから私たちが呼ばれたのね」


 水梨さんが納得した声でつぶやいた。


「魔法の存在を知らない人が鮫島くんの遺体を発見しても、魔法使いの仕業だとは思ってもらえない。でも、魔法使いが何人も集まれば、そのうちの一人くらいは魔法使いが犯人だろうと言い出すに違いない。魚住さんはそこまで見越していたのね」

「たぶんな。ちらっと聞いた話だと、おれたちと同じタイミングでここに来た川竹さん夫妻は、当初の宿泊予定をこのペンションの都合で変更させられたらしい。たぶん魚住さんは、川竹さんが魔法使いであることを知った上で、怜人が泊まるタイミングに合わせて来てもらったんじゃないかな。もしかしたら、小茂池さんたち家族も」

「うちもそうよ。もともとは昨日がチェックアウトの日だったけれど、一日ズレたの。私とお父様も魔法使い。昨日の晩まで泊まっていてほしかったのね」

「あぁ、間違いなく魚住さんの策略だろうな。このペンションを管理している魚住さんになら、そうやって都合よく客の出入りを操作できる。意図的に魔法使いを集め、伸吾さんが怜人に手を下すよりも先に、魚住さんは魔法で怜人を殺した。魚住さんのからだは大病に冒されていて、もうすぐ自分の命が尽きることをわかっていたんだろうな。自分の命と引き換えに、魚住さんはまだ若い伸吾さんの未来を守った」


 僕は視線を水梨さんから伸吾さんへと移した。伸吾さんは唇を引き結び、覚悟を決めたような顔をしていた。


「今朝、この庭で怜人と魚住さんの遺体を発見した時、すべてを悟ったんじゃないですか。魚住さんが自分の代わりに怜人を殺してくれたんだ、魔法を酷使したことで寿命が尽きてしまったんだって。怜人の遺体を見れば、魚住さんが魔法を使ったことはすぐにわかる。おれたちみたいな普通の人間にはできないような異常な殺され方ですからね。そこであなたは、とっさの思いつきで魚住さんの背中に包丁を突き立て、魚住さんが怜人殺しの犯人に口封じのために殺されたように見せかけようとした。あなたは魚住さんこそが怜人殺しの真犯人だと、おれたちに悟られることを恐れたんです」


 僕は伸吾さんと見つめ合った。伸吾さんが僕から目をそらさなかったから、僕もそうした。

 僕は別に、伸吾さんを責めているわけじゃない。ただ一つ、残念だと思ったのは、伸吾さんには一切手出しをしないでほしかったということだけだ。せっかく魚住さんが守ってくれたのに、伸吾さんがナイフを握ってしまったら意味がない。死体の損壊は立派な犯罪だ。彼にも前科がついてしまう。

 伸吾さんは目を閉じた。長く息を吐き出し、もう一度僕と目を合わせると、両手を顔の横に挙げた。降参、と言いたいようだった。

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