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魔法使いの水梨さんは、赤嶺小百合を殺したか  作者: 貴堂水樹
第二篇 集められた魔法使い

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第7話『探偵ゲーム②』

「怜人を殺した方法はわかったよ。だけど、魚住さんはどうなんだ? あの人は背中を包丁で刺されてたけど、あれも魔法の仕業なのか?」

「なんとも言えないところね」


 常に余裕を感じさせる水梨さんの表情がわずかに曇った。


「これは私の勝手な想像でしかないけれど、魚住さんは、鮫島くんが殺されるところを目撃したのではないかしら。彼はこのペンションの管理人。寝室は一階にあるし、庭に人の気配があることに誰よりも早く気づいたとしても不思議じゃない。異変を感じて庭に出た魚住さんは、犯人が鮫島くんの首を絞めているところに運悪く遭遇してしまったのよ。慌てた犯人はとっさに魚住さんのことも殺し、口封じをした」


 話の筋は通っていた。実際、そんなことが庭では起きていたかもしれない。

 しかし、今の水梨さんの推理にはなんとなく違和感があるように思えてならなかった。なぜだろう。なにかが引っかかる。彼女の考えを素直に認められないなにか。

 僕は黙って席を立った。いくらも待たないうちに警察が来てくれるだろうけれど、いだいた疑問はすぐに解決したいのが僕の性分だった。


「どちらへ?」


 食堂を出ようとしたら、小茂池さんに声をかけられた。僕は立ち止まり、ごまかさずに答えた。


「庭へ出ます」

「なぜですか。不用意に現場を踏み荒らさないほうがいいと思いますが」


 彼の言うとおりかもしれなかった。だが、じっとしてもいられない。

 今度は少しだけ、僕は小茂池さんに嘘をついた。


「現場の保存には努めます。だからもう一度、怜人に会わせてもらえませんか。警察が来るまで、そばにいてやりたいんです」


 あの怜人がさみしがっているとは思えない。他にうまい嘘が浮かばなかっただけのことだ。

  だが、結果的にうまくいった。小茂池さんはさっき僕が見せた涙を思い出したらしく、「わかりました」と僕が庭に出ることをあっさり許してくれた。ただ、「ご遺体や庭の物には手を触れないように」と僕にしっかり釘を刺すことは忘れなかった。

 今度こそ食堂を出て、庭へと続く裏口に向かう。さっきまでは伸吾さんがレンガを置いて開けっぱなしにしておいてくれていたけれど、いつの間にかレンガは取り去られ、扉にはきっちりと鍵がかけられていた。


「開けてあげましょうか」


 僕の許可なくあとをついてきた水梨さんがすました顔で言った。僕は首を横に振った。


「魔法を使うと、寿命が縮むんだろ」


 暗証番号を知らない彼女がロックを解除するには、魔法を使う他に方法はない。させられるわけがなかった。命をかけてまでするようなことじゃない。

 食堂へ戻って伸吾さんを呼ぼうとしたが、彼のほうから自主的に僕らのあとを追ってきてくれた。レンガを片づけてしまったから、庭へ出るには自分がロックを解除しなければならないと僕らを気づかってくれたようだ。ありがたい。


 僕、水梨さん、伸吾さんの三人で庭に出る。アーチにつるされた怜人のことはどうにもならなかったのだろうが、魚住さんの遺体にはベッドシーツがかけられていた。

 僕はそっとシーツを剥がした。怜人とは違い、魚住さんの死に顔はまるで眠っているようだった。火葬場へ行く前の、ひつぎに収められた母の顔を思い出した。事故に遭ったとは思えないほど、母はきれいな死に化粧を施してもらっていた。安らかな寝顔だった。


「やっぱり、なんかヘンだ」


 魚住さんの遺体を改めて確認して、僕の中に芽生えていた違和感の正体がわかった。


「なんで怜人は魔法を使って殺されたのに、魚住さんは背中を包丁で刺されてるんだ? 犯人はバラの蔓で怜人の首を絞めて殺してるんだから、包丁なんて持ち出す必要はなかったはずだろ」

「魚住さんが持ち出したとは考えられない?」


 水梨さんが意見を出す。僕にはとても信じられない意見だった。


「庭で物音がした、あるいは人の気配を感じたってだけで、包丁を持ち出すことまでするかな。この庭、そこの裏口からしか出られないようになってるだろ。防犯上の理由なんだろうけど、建物の外からは植木が邪魔をして出入りできない。庭に人の気配を感じたなら、このペンションにいた誰かが庭へ出たんだと考えるはずだ。客にしろ、従業員にしろ、見知った相手がいるとわかっているのに包丁なんて持ち出さないだろ、普通」


 そうね、と水梨さんは納得した様子でうなずいた。


「だとしたら、犯人が持ち出したのかしら」

「怜人を殺すのに必要のない包丁を? まさか。なんのために」

「護身用よ。今回のように、誰かに犯行を目撃された時のための」

「犯人は魔法使いなんだろ? 包丁なんか使わなくたって、目撃者のことも魔法で殺せば済む話だ。たとえば首の骨を折るとか、そこのテーブルの角に頭を打ちつけるとか、魔法でならどうとでもなるんじゃないのか」


 今度は水梨さんにも反論が出てこなかったようだ。彼女は黙って、涼しい笑みを浮かべるだけだった。

 僕自身、今述べた自説にはそれなりの説得力があると思っていた。魔法の効力が及ぶ範囲は、魔法使いを中心に半径五メートル以内。この庭はそれなりの広さがあるが、少し距離を詰めるだけで魔法をかけられるのなら背中に刃物を刺すよりも魔法でどうにかしてしまったほうが絶対に楽だし、犯人だってそう考えるのが自然な流れじゃないだろうか。

 現に、魚住さんは扉のほうへ頭を向けて倒れている。怜人を殺した犯人を目撃し、逃げようとした、そんな状況が想像できる。走って距離を詰め、背中に刃物を突き立てて殺すことしかできなかったのなら話は別だが、今回は魔法という飛び道具があるのだ。それを駆使して、逃げられる前に魚住さんを仕留めてしまったほうが都合がいいに決まっている。魚住さんの死に方は、やはり不自然としか言いようがない。

 僕と水梨さんの少し後ろ、魚住さんの遺体から距離を取るように控えていた伸吾さんを僕は振り返り、いくつか質問を投げかけた。


「この包丁、ペンションのものかどうかわかりますか」


 伸吾さんは踵を返し、一度建物の中に戻った。すぐにもう一度庭へ出てくると、スマートフォンに打ち込んだ文字を僕に見せてくれた。


『厨房の包丁が一本なくなっています。おそらく、それではないかと』

「そうですか。厨房には誰でも入れるんですか?」


 伸吾さんはスマートフォンに別の文章を打ち込んだ。


『従業員以外は入れません。食堂も、朝食と夕食の時以外は鍵をかけてしまいますので、こちらも従業員以外は出入りできません』

「魔法使いなら、自由に出入りできてしまうけれどね」


 水梨さんが意地悪な指摘をした。確かに、魔法の力を使えば扉をすり抜けられる。たとえば水梨さんになら、厨房の包丁を持ち出すことができるというわけだ。

 だが、必然性は限りなくゼロに近い。仮に犯人が魔法を使わず自らの手でバラの蔓に細工を施そうとしたのなら、持ち出すべきなのは包丁ではなくガーデニング用のハサミだっただろうし、わざわざ包丁を選ばなくても、ハサミだって護身用のナイフ代わりには十分なる。この事件で犯人に狙われたのが怜人だけで、魚住さんが殺されたのは怜人殺しに付随した突発的な犯行だったとするなら、包丁が出てくる場面はやはり想像しがたい。

 それでも、魚住さんは背中を包丁で刺されて亡くなった。何度も刺されたわけじゃなく、心臓を貫けそうなあたりに一ヵ所、深く突き立てられる形で刺されている。


「心臓を……」


 僕は魚住さんの背中の傷口を観察してみた。なにかがおかしい気がするが、なかなかピンと来ずモヤモヤする。やはりゲームのようにはいかないか。これがゲームだったら、ストーリーを先へ進めるためのヒントやアイテムが隠れていそうなポイントはすぐに察しがつくのに。


「きれいなご遺体ね」


 しゃがみ込む僕の上から、水梨さんのなにげないつぶやきが降ってきた。


「鮫島くんのご遺体は、首つりなのに血で汚れてもいる。でも、魚住さんのご遺体は刺殺なのにあまり汚れていない。背中を刺されて、こんなに出血が少ないものかしら」


 この発言にはハッとさせられた。僕のいだいた違和感の一つはまさにそれだ。

 水梨さんの言うとおり、この遺体は背中を刺されているにもかかわらず出血が少なすぎる。医学は未履修だし、サスペンスドラマで見た知識もどこまで信用できるかわからないが、もしもこの刺し傷が心臓に達していたなら、もっと大量に出血していなければいけないはずだ。ちょっと指先を切っただけでも血がダラダラと流れるのだから、刃物で刺されたらとんでもない量の血があふれ出るに違いない。それなのに、魚住さんの背中は傷口にほんの少し血がにじんでいるだけで、ほとんど出血していないに等しい。仮に刺さった刃物が傷口にふたをして出血を抑えていたのだとしても、こんな微量では済まないはずだ。地面に流れ出るほどではなくても、服ぐらいは真っ赤に染まっていてもいい。

 どうして魚住さんの遺体はこんなにきれいなのだろう。見比べるつもりはなかったけれど、僕は顔を上げ、五メートルほど先にある怜人の首つり死体を見た。


「あぁ」


 顎に飛び散る鮮血の痕を見て、僕は大切なことを思い出した。ある人の、ある指摘。そういうことなら、魚住さんの遺体の出血が少ない理由もわかる。

 僕は怜人の遺体から伸吾さんへと視線を移し、ゆっくり立ち上がると、伸吾さんに尋ねた。


「今朝、怜人と魚住さんの遺体を最初に見つけたのは誰ですか」


 伸吾さんはキョトンとした顔をして、右手をスッと上げた。


「芳子さんではなく、伸吾さんだったんですか?」


 伸吾さんはうなずいた。声を出せない伸吾さんの悲鳴が聞こえなかったのは当然のことだ。遺体を発見した伸吾さんは芳子さんを呼びに建物内へ戻り、再び二人で庭へ出た。その時の芳子さんの叫び声が、僕らをたたき起こしたというわけだ。

 それはともかく、これではっきりした。昨日僕らが寝静まってから今朝にかけて、この庭でなにが起きたのか。

 探偵ゲームはあまり好んでやらないが、この事件の犯人も、なぜ庭に二つの遺体が転がることになったのかという謎の答えもわかった。もちろん、魚住さんの背中に包丁が刺さっていた理由も。

 鍵は揃った。ゲームクリアだ。


「伸吾さん」


 ここならちょうどいい。他の誰にも邪魔されず、この事件に幕を下ろせる。

 僕は伸吾さんに、決定的な質問をあびせた。


「今朝、あなたが最初に二人の遺体を発見した時、魚住さんの背中には包丁が刺さっていましたか」

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