第6話『探偵ゲーム①』
夫婦で泊まりに来ているおじいさん達の名は川竹さんというらしい。彼によれば、警察に電話をしたところ、最寄りの警察署からこのペンションまでかなり距離があるようで、捜査員の到着まで一時間はかかると言われたそうだ。ひとまず近くの駐在所からおまわりさんが一人来てくれることになったけれど、それでもすぐにというのは難しいらしい。
魚住さんと怜人の遺体を庭に残し、僕らはペンションの中へ戻った。今日が雨でなくてよかった。あんな状態でずぶ濡れになるのはかわいそうだ。
「さて、どうしましょうか」
ロビーに戻ると、四人家族のお父さんが場を仕切るように言った。彼は名を小茂池さんというそうだ。
「警察が来るまで一時間。勝手にここを出ていくことは許されないでしょうし、それぞれ部屋で待機しているか、それとも、全員で食堂にでも集まるか」
「それがいい」
水梨さんのお父さんが、みんなで集まって待つという意見に賛同した。
「すでに二人も亡くなられているんだ。この先、なにが起きるかわからない。安全を確保するためにも、大勢で集まっていたほうがいいでしょう」
反対意見は出ず、僕たちはひとまず食堂に集まることになった。一人で部屋にいても気が滅入るだけなので、少なくとも僕にとってはありがたい判断だった。
宿泊客は、怜人を除くと全部で九人。僕、水梨さんとお父さん、小茂池さん一家四人、川竹さん夫婦。七部屋のうち、三部屋には泊まり客がいなかった。夏場は毎年お盆の時期には満室になり、冬場はスキー・スノーボード客で毎日のように空きがない状況が続くのだという。
一方、住み込みで働くペンションのスタッフは芳子さんと伸吾さん、それから亡くなった魚住さんの三人だけらしい。日中はアルバイトの従業員が何人か雇われているものの、夜には帰ってしまうという。
芳子さんと伸吾さんが、人数分のお茶を準備してくれた。最愛のご主人を失ったばかりの彼女が気丈に振る舞う姿が、僕には苦しくてたまらなかった。
「おれがやります」
席を立ち、僕はお茶を配って歩いている芳子さんに声をかけた。芳子さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに首を横に振った。
「ありがとうございます。ですが、お客様に給仕をさせるわけにはいきません」
「客とかスタッフとか、今さら関係ないですよ。大切な人を突然失って、動揺しない人なんていないから」
母が事故で亡くなった時のことを思い出していた。正直、当時のことははっきりとした記憶として残っているわけじゃない。母を失った実感も、悲しみも、葬儀の席でようやく頭とからだが認識したといった具合だった。それまで自分がなにをして、誰になにを話したのか、ほとんど忘れてしまっている。心が正常に働いていなくて、自分の足で立って歩くだけで精いっぱいだったのだろうと今では思う。
今の芳子さんも、あの時の僕と一緒だ。ご主人を失い、彼女の心は機能不全を起こしている。手にしているお盆をひっくり返すのも時間の問題だろう。僕は彼女の左手から、そっとお盆を受け取った。
「座って休んでいてください。あとはおれが」
「申し訳ありません。では、お言葉に甘えて」
芳子さんは頭を下げると、厨房へと戻っていった。僕は伸吾さんと手分けして、宿泊客がそれぞれ座るテーブルにお茶を運んだ。ふがいないが、僕にできることはこれくらいだった。
「大丈夫?」
昨日怜人と向かい合って座った二人掛けのテーブルに一人で座っていると、水梨さんが怜人の代わりに僕の向かい側の席に着いた。
「顔色がよくないわ」
「だろうな。自分でもわかるよ」
「こういう言い方は正しくないかもしれないけれど、ついてない人ね、あなたは」
「どういう意味?」
「これで二度目でしょう。赤嶺さんの事件の時も、あなたは彼女が空から降ってくるところを目の当たりにしている」
言われてみればそのとおりだ。二月の事件の時も、僕は赤嶺小百合がグラウンドに落ちて死ぬところを目撃した。ぐちゃぐちゃに折れ曲がったからだも見た。思い出したら吐き気がして、僕は自分で運んだグラスのお茶を喉の奥へと流し込んだ。
「誰がこんなことをしたのかしら」
今はすべてのカーテンが閉められているが、庭に面した窓を見つめながら水梨さんは言った。
「魔法で人を殺すなんて……しかも、あれほどたくさんの魔法を一度に使う方法を選ぶなんて、とても正気とは思えないわ」
「たくさんの魔法?」
どういうことだろう。魔法に多いも少ないもあるのか。
今ここにいる人たちの中で、魔法使いじゃないのは四人。僕、伸吾さん、芳子さん、それから川竹さんの奥さん、名前はきぬ枝さんというそうだ。さっきお茶を運んだ時、きぬ枝さんは川竹さんに肩を抱かれて泣いていた。大丈夫かと声をかけたら、川竹さんは鮫島家が営んでいるアパレルメーカー『SSS』の社員だったそうで、それが縁でこのペンションに毎年訪れているのだと話してくれた。管理人の魚住さんとも古い付き合いなのだという。
魔法に関する知識がさっぱりない僕は、水梨さんに魔法について尋ねてみた。
「なぁ、結局魔法ってのはどういう理屈で成り立ってんの? たくさんとか、少ないとか、そういう制限みたいなものもあるわけ?」
「一度に使える魔法の量に制限はないわ。ただ、あまり賢いとは思えないわね、一気にあれこれ魔法を使おうとするのは」
「どうして」
「魔法を使えば使うほど、私たち魔法使いは死に近づいていくからよ」
死。
瞬時に理解することは難しかったが、落ちついて考えれば答えは自ずと出た。
死に近づくということは、つまり。
僕がなにかを悟ったことに気づいた水梨さんは、長い黒髪を耳に引っかけながら言った。
「私たち魔法使いが魔法を発動させるための対価は、自らの寿命なの。魔法を使えば使うほど、私たちの生きられる時間は減っていく。だからなのかしらね。多くの魔法使いは魔法を使うことに消極的で、魔法使いに生まれながら、一生のうちにほんの数回しか魔法を使わなかったという人もいるそうよ。私もそう。寿命をすり減らしてまで魔法に頼って生きていきたいとは思わないわ」
納得の裏事情を水梨さんは包み隠さず教えてくれた。だから魔法使いの存在は表沙汰にならないのだ。魔法は便利かもしれないが、使い続ければ確実に死に至る諸刃の剣。多くの魔法使いの『生きたい』という願いが、表立った魔法の使用を抑制している。魔法を使うことで、いつ死ぬかと怯えながら生きていくことを彼らは無意識的に避けているのだ。
「じゃあ」
僕は別の質問を水梨さんに投げた。
「怜人と魚住さんを殺した犯人は、どれだけの魔法を使って怜人をあんな風にしたんだ?」
「かなり多くの魔法を使ったことは疑いようがないわね」
水梨さんは順序立てて、僕のような素人にもわかりやすく説明してくれた。
「まず、あなたと鮫島くんが泊まっている客室から、あなたを起こさないように鮫島くんを連れ出す作業。鮫島くんを眠ったまま庭まで運ぶのが効率的でしょうから、犯人は鍵のかかった客室に入り込むため、自らに〈透過〉の魔法をかける。自分のからだをなににも触れられない状態にすることで、客室の扉を、鍵を開けずにすり抜けることができるようになるわ。
客室に入ったあと、今度は鮫島くんに〈浮遊〉〈透過〉〈透明化〉の魔法を一気にかける。眠ったままの鮫島くんを宙に浮かせ、犯人が部屋に入った時と同じように扉をすり抜けて廊下へ連れ出し、誰にも見られないようにからだを透明にした状態で庭まで運ぶ。庭へ出るには暗証番号と指紋認証のロックがかかった扉をくぐり抜ける必要があるけれど、客室の扉と同様に、〈透過〉の魔法さえかけておけばロックを解除する必要はないから、暗証番号を知らなくても庭へ出ることができる。
庭へ出ると、犯人はバラのアーチの下へ鮫島くんのからだを下ろす。この時にはもう鮫島くんのからだに魔法をかけておく必要がないから、もしかしたら鮫島くんは目を覚ましたかもしれないわね。犯人は急いで、凶器であるバラの蔓の準備に取りかかる。魔法で蔓を操り、鮫島くんの首に巻く。蔓の強度を上げてちぎれないようにしながら、鮫島くんの首を一気に絞める。鮫島くんの息の根が止まったことを確認すると、蔓の強度を保ったままアーチの下へ遺体をつるし、からだが地面へ落ちてしまわないように、他の蔓を使って全身をぐるぐる巻きにし、固定した」
「どうして落ちることが前提なんだ」
なめらかに語られた犯行方法はおおむね理解できたが、最後の部分だけよくわからなかった。
「蔓の強度は魔法で上げられるんだろ? 全身を固定しなくたって、首に巻きつけた蔓だけで怜人のからだはぶら下げておけるんじゃないのか」
「無理ね」
水梨さんは僕の指摘を即断した。
「魔法の効力が及ぶのは、魔法使いを中心に半径五メートル以内。魔法をかけられた人、あるいは物が効力範囲外に出れば、かけた魔法は自動的にとけてしまう。犯人は鮫島くんの遺体のそばにずっといるわけにはいかないでしょう? だから全身を蔓で固定したのよ。自分が遺体を離れ、魔法がとけてしまったあとも、鮫島くんの遺体がアーチにぶら下がった状態を保つために」
そういうことなら、と僕は納得してうなずいた。魔法という響きだけを聞いていると無敵の殺人道具みたいだが、寿命の件も含めて厄介な制約が案外多く、魔法=万能という認識は改めたほうがよさそうだと思った。




