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魔法使いの水梨さんは、赤嶺小百合を殺したか  作者: 貴堂水樹
第二篇 集められた魔法使い

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第5話『悲劇の舞台の招待客』

 魔法使いだって?

 現実世界で交わされている会話だとはどうしても思えなかった。魔法? 科学の進歩が著しいこの現代で?

 だが、僕は目の前で見てしまった。水梨さんの指先が光り、バラの蔓がひとりでに僕の首に巻きつくさまを。どこをどう切り取っても非科学的な現象で、魔法としか言いようのないできごとだった。少なくとも僕には水梨さんと同じことはできない。非科学的な魔法の力を、僕は授からずに生まれてきた。


「嘘だろ」


 まさに今僕が言おうとしたセリフを、四人家族のお父さんに奪い取られた。だが彼は、その言葉の後ろに僕が続けようとしたものとはまったく別のセリフを続けた。


「きみも魔法使いなのか」

「きみ『も』?」


 水梨さんの瞳が一瞬きらりと輝いた。


「そういう言い方をなさるということは……?」

「えぇ、私もです。ここには家族四人で来ているんだが、娘と息子を含め、四人全員が魔法使いで」

「なんと」


 水梨さんのお父さんが目を丸くした。


「魔法使い同士でご結婚なさったのですか」

「えぇ。なので、子どもたちへの遺伝率は百パーセント」

「そうでしょうね。うちの娘は、僕から遺伝したんですよ」

「では、あなたも?」

「えぇ。ちなみに妻は一般人です。ここには来ていませんが」

「そうですか。いやはや、世間は狭いものですね」

「まったくです」


 ハハハ、とのんきに笑い合っている大人の男たち。なんだこの空気は。僕は彼らの笑い声をかき消すように、少し声を張って「ちょっと」と言った。


「ちょっと待ってください。全然話についていけないんですけど」


 水梨さんが魔法使いだと名乗ったあたりから、あきらかに思考が停滞しているのを自分でも感じていた。人智を超えた、摩訶不思議な力を眼前で見せつけられ、そこからたぶん、いや、怜人のぐちゃぐちゃな死に顔を見た時から、いろいろとおかしくなっている。


「なんなんですか、さっきから。魔法? 魔法ってなんですか。ゲームですか。ゲームならやりましたよ。昨日の夜、怜人と一緒に」

「落ちついて、海野くん」

「落ちついてなんかいられるかよ!」


 自分でもよくわからないうちに怒りの感情が暴走を始め、僕は水梨さんたちを相手に、言いたいことを全部言った。


「怜人が死んだんだぞ。殺されたんだ。あり得ない。昨日まで一緒にゲームしてたのに。それを、なんだって? 魔法? 意味わかんねぇよ。魔法使いだかなんだか知らんが、人が死んでんのにヘラヘラ笑ってるあんたたちのことも気に入らない。なぁ、水梨さん。怜人を殺したのは魔法使いなんだろ? てことは、あんたたち三人の中の誰かの仕業ってことだ。この中に怜人を殺したヤツがいるのなら、おれは……おれは、そいつを絶対に許さない。おれの友達を、あんたたちの娯楽のために使うな!」


 美しい庭が静まりかえった。なにに対して怒っているのか、言葉を発しているうちにさらによくわからなくなった。

 あるいは、僕は悲しんでいるのだろうか。怜人を、友達を突然失って。

 全然仲よくなんてなくて、互いの好きなもののためだけに付き合っていて、もしかしたら僕も怜人も、お互いのことを友達だなんて思っていなかったかもしれないのに。

 それでも、もう怜人はいない。教室で顔を合わせることも、一緒にゲームをすることも、怜人が僕のキャラクターを強くするために金を払ってくれることもない。僕が怜人と同じ時間を過ごせる日は、もう二度と訪れない。

 怜人はもう、いないのだ。


「すみませんでしたね、お若いかた


 ひんやりと冷たい空気の中に、あたたかく、穏やかな声が静かに響いた。新たに庭に姿を現したのは、僕らと同じタイミングでこのペンションにやってきた老夫婦の、旦那さんのほうだった。

 建物へと続く扉のほうを振り返った僕に、おじいさんはゆっくりと歩み寄ると、僕の頬に手を触れて、いつの間にかこぼれ落ちていた涙の雫を優しく拭い取ってくれた。


「同じ魔法使いとして、彼らを代表して謝ります。ですが、どうかわかっていただきたい。我々魔法使いは誰も、人の命をもてあそぶようなことはしません。死者を侮辱するためにここへ集まったわけではありませんよ」


 叱るような口調ではなく、優しくさとすような言い方だった。

 わかっている。みんな、ただここで起きたことを確かめに来ただけだ。

 僕は水梨さんのお父さんたちを振り返り、「ごめんなさい」と頭を下げた。お父さんたちはどちらも僕のことを許してくれて、四人家族のお父さんは「申し訳ない、配慮に欠いていましたね」と僕にも謝ってくれた。


「警察には連絡しましたか」


 おじいさんが僕ら全体に向かって尋ねた。四人家族のお父さんが「いえ、これからです」と答えると、おじいさんは「では、私が行きましょう」と即座にきびすを返し、建物の中へと戻っていった。顔に刻まれた無数のしわとふさふさの白髪から、七十歳を優に超えているように見えるが、彼の動きは驚くほど機敏だった。


「あの方も魔法使いなのね」


 水梨さんがひとりごとのようにつぶやいた。四人家族のお父さんも、水梨さんのお父さんも、おじいさんの言った「同じ魔法使いとして」という言葉に驚いているようだった。


「川竹様だけではございません」


 倒れる魚住さんにずっと寄り添い続けていた芳子さんが、涙を拭い、その場ですくっと立ち上がった。


「私は違いますが、主人は魔法使いでした」


 芳子さんが下げた視線の先で事切れている魚住さんを、誰もが驚愕の目をして見つめた。まさか、魚住さんまで魔法使いだったなんて。


「ものすごい確率だな」


 四人家族のお父さんが感心したような声で言った。


「ただでさえ母数の少ない魔法使いが、今日このペンションに八人もいるなんて」


 水梨さん父子おやこ、家族連れの四人全員、ペンションの管理人さんに、夫婦で泊まりに来ているおじいさん。

 時事にはそれほどうとくない僕が今日はじめて魔法使いの存在を知ったくらいだから、魔法使いの存在自体は広く世間の知るところではないと判断してよさそうだ。四人家族のお父さんが言ったとおり、一億を超える日本人のうち、魔法使いとして生まれたのはほんの一握りなのだろう。

 だとするなら、確かにすごい確率だ。同じ日に、同じ場所で、示し合わせたわけでもないのに、互いに見ず知らずの魔法使いが八人も集まるなんて。


「偶然ではないのかもしれないわね」


 水梨さんが、もう一度怜人の遺体に目を向けた。


「バラの蔓の強度を一時的に上げることも、棘のある蔓に自分の手やからだを傷つけられることなく鮫島くんのからだ全体にきつく巻きつけることも、こうしてアーチからぶら下げて固定することも、魔法の力がなければとてもなし得ないことよ。駆けつけた警察官の中に一人でも魔法使いがいれば、魔法が殺人の凶器として使われたことに気づいてしまう可能性はゼロじゃない」

「そういうことか」


 四人家族のお父さんがなにかに気づいた顔をして、水梨さんの言葉を引き継いだ。


「魔法使いの存在は、例の研究チームがリスト化し、詳細な個人情報まで把握していると聞いています。もちろんそれは犯罪の防止という観点もあるでしょうから、警察から頼まれれば彼らは協力するでしょう。このペンションの宿泊客、あるいはスタッフの中に魔法使いがいることが警察に知られれば、その人物は真っ先に疑いをかけられることになる。犯人もそれをわかった上で、そうした状況をむしろ逆手にとったわけだ」


 彼の言いたいことは、魔法使いじゃない僕にも理解できた。木を隠すなら森、というやつだ。

 つまり、


「犯行当日、犯人はこのペンションに、自分以外にも魔法使いが複数いる状況を意図的に作った。魔法を使って怜人を殺すことができた人間が誰か、特定されにくくするために」


 僕がひとりごとのようにつぶやくと、水梨さんが高校生とは思えないほど大人びた笑みを僕に向けた。


「どうやら私たちは、犯人によって選ばれた、悲劇の舞台の招待客だったようね」


 彼女の笑顔は、僕にはとにかく不気味に見えて仕方がなかった。殺人の容疑がかけられているというのに、彼女はどこか堂々としすぎてはいないだろうか。

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