『呪い』と『祝福』は紙一重
矛盾した世界に落ちていた。
初めてくらう魔法だ。
目を瞑っていると光を感じるのに、開くと闇を感じる。
引き上げられている筈なのに、落ちていく感覚。
通常では起こりえない事がこの身に襲いかかる。更に、これと言った害を受けてないので無闇矢鱈に動くことが出来なかった。
しばらくそんな空間に身を任せていると、目を閉じていてもわかる強い光が襲う。しばらくすると光が弱まり、身体を動かせるのを感じるたのでゆっくり目を開くと、そこには小さな子供がいた。
「やった、成功だ!」
……いや、ここどこ? 灯りのおかげで至る所に辺り一面に岩肌が見えるから洞窟なのはわかるんだけど、それ以外はわからない。それにこの子はいったい何者? 敵? 敵かな?
そのまま何が起きたのかわからずに困惑していると、俺の状態に気づいた少年が話しかけてきた。
「えーっと、新渡戸力也さん、ですよね?」
「そうだけど、君は?」
「僕はリシ! あなたを転移させた張本人だよ!」
さっきまでいた空間は転移特有のものだったか。なるほど。確かにそれはされた事ないからわからなくて当然だ。
うん、とりあえずなんだ。
「──くたばれ」
拳が空を切り、地面にめり込む。避けられたか。
でも大丈夫、俺なら次は外さない。確実に拳をぶち込もう。
「待って待って! なんで唐突に攻撃してくるの!?」
「えっ、だって敵でしょ? たぶん」
「たぶんで殺そうとしたの!? とりあえず話を聞いてよ!」
「下手な事したら即攻撃するから覚悟してね?」
「召喚する人を間違えた……? えっと、掻い摘んで説明すると──」
曰く、この世界と似た道を辿った世界線を探して、その中でも自分の魔力でも呼べる一番強い人を召喚して、この世界の戦争を終わらせる手助けをして欲しいらしい。
それと、敵に捕まった同胞の二人を出来れば助けて欲しい、と懇願された。
「話は終わったね? 目を瞑って歯ァ食いしばれ」
「さすがに理不尽ですよね!?」
「安心しな、さっきのとは別件の事だから手加減するって」
出来るだけ優しい笑顔を浮かべつつ手を招くと意を決したのか歩み寄ってきた。
よしよし、しっかり衝撃に対する体勢がとれてるな。それじゃあ。
「おりゃっ」
ピシッと快音が鳴り響く。ふむ、我ながら良い加減をした。
「痛い〜……」
「デコピンで済んだなら儲けものだぞ? それとなぁ」
相手の事情とかを考えず、勝手に異世界から人を呼び出したことに関してお説教を始めようとすると、破壊音と共に振動が伝わってきた。
……誰だ邪魔する奴は。
「もうバレたの!? 逃げなくちゃ!」
手馴れたように身支度を始めるリシを見下ろす。正直何が起きてるのかわからない。逃げる必要があるのなら……敵かな?
「転送に必要なのでお兄さんの魔力、もしくはエーテルをお借りしてもいいですか?」
「俺はそういうの無いぞ?」
「…………えっ?」
しょうがないだろ。そういう体質なんだから。だからそんな絶望し切った顔しないで。なんか申し訳なくなる。
でもそうだよな。強い人を呼び出したはずなのに魔力無しの人間が来たらそりゃこんな反応になるよな。俺でもそうなる。
「どうしよう……。これじゃあ跳べないよ……」
「そっか、なら君だけでも逃げなよ」
「いやいや! ダメですって! 呼んでおいて置いて……って、どこに行くんですか!」
そんなリシの声を遮るように、俺は音が響く方に歩く。怒鳴り声が聞こえるけど気にしない。
「隊長! 指名犯とその仲間と思われる男を確認しました!」
「各自詠唱及び対魔法障壁の用意! 一気に攻めろ!」
洞窟崩れないだろうなそれ。折角俺達を殺せたのに生き埋めになって帰れませんじゃあかっこ悪いよ? ていうか俺もそうなりたくないから出来れば遠慮して欲しいかな〜って……。叶う事の無い願いだとはわかってるけど、とりあえず祈るだけ祈っておこう。魔法の使えない俺は結局──
──物理でどうにかしないといけないんだから。
ゴシャッ、と隊長と呼ばれていた男の頭から鈍い音が反響する。なんか少し硬いもの被ってたけどよかった、十分破壊できるレベルのものだ。
殴ったところが変形して顔が歪になってそうだけどな!
「な、なぜだっ! 今のは『空間転移』の類じゃないのか!? なぜ通り抜けられてる!?」
「魔法なんか使ってねぇからその障壁も意味ねぇんだよ!」
「ぎゃっ!」
ついでに近くにいた奴らを片っ端からぶん殴る。安心しろ、ギリギリ生きてる!
「怯むな! 相手は一人だ! 前衛! 抜剣し、後衛の魔法の完成の時間稼ぎをせよ! 遊撃部隊! 詠唱破棄の速攻魔法で前衛の手助けだ!」
指揮官潰してるのにこれか……。前衛が二十人ちょいと後衛が十人、遊撃が五人いないくらいか。多いな。一人じゃ無理じゃないかこれ……。
『溶ける事無き凍てつく世界よ。我らが声を聴き存在を知ら示せ』
十人で集団詠唱!? 何それどんな魔法!? 洞窟崩れますけど!?
「うわっ!?」
前衛の一人がよくわからないものを降ってきたので受け止めようとけど、嫌な予感がしたので横っ飛びで回避する。するとそれは地面を斬り裂いている。更にそれをよく見ると膜のようなものが張られていた。なるほど、あれは魔道具に似た何かなのか……。
「ファイアーボール!」
「ッ! おらぁ!」
なんとか魔法は拳圧を飛ばして相殺させる。多少驚かれたがすぐに新しい魔法が飛んでくるから容赦無く吹き飛ばす。なんなら拳圧を魔術師にまで届かせて戦闘不能にさせる。
しかし攻撃を避けながら一人ずつ倒すが、敵が多い! 捌ききれない! リシはいったいどこから狙われてるんだ!
それより魔法が来ちゃう! この世界の魔法とか未知数で、魔道具の事もあるから出来れば受けたくはない!
『──地獄の冷気をもって永遠の眠りに誘え』
「総員退避! 巻き込まれるな!」
っ! 無理だったか! まず──、
「えいっ」
──ゴッシャァァァッ!
「…………は?」
詠唱を唱え終えた奴らの上の岩壁が崩れて潰された。
えっ、リシさん? 正直助かったしナイスって言いたいところだけれども……。下敷きになった奴絶対死んだろ。やり方エッグいぞ!
「お兄さん! 今です!」
「今ですじゃねぇよ! やるけども!」
口が悪くなっているのを自覚しながら呆然としてしまった残党を申し訳ない気持ちでしばき倒す。
未知の魔法や道具があってかなり怖かった……。一番怖かったのはリシのアレだけど。
「お兄さんどんな身体してるんですか。『身体強化』も『認識阻害』の魔法も使ってないのにあんな動きが出来るなんて、どんな原理ですか?」
「ん……。まぁ、俺の世界で言うところの『祝福』のお陰だな」
『祝福』
簡単にまとめて言うと『固有能力』の事だ。三回目の誕生日を迎えた子供は必ず魔法協会に連れていかれ、『祝福』の能力を鑑定される。
俺に与えられた『祝福』は『筋肉』。その名の通り筋肉を思い通りに動かしたりする能力なのだが、魔力、またはその類のものを宿せなくなった。念の為、外部から魔力の注入をされたがすぐに消え失せた。
協会の人達曰く。神に愛されすぎてしまい、自分の権能以外を使わせたくないのだろうと言われたが、実際の原因は不明だ。
しかし魔法至高主義が蔓延していたあの世界では俺という存在は異質を極めた。『祝福』ではなく『呪い』だと言われコミュニティーに属する事が不可能となり、俺は誰にも気づかれない場所に身を寄せないと生きる事が出来なくなった。
この事を告げると、何も言わず、俺に腰の辺りを抱きついてきた。
物心がついてから触れられてこなかったが、恐らくこれが子供の力なのだろう。その気にならずとも、ほんの少し手で払い除ければ離れさせることが出来る程だ。
でも、どうしても力ずくで引き剥がそうだなんて思えなかった。
「お兄さんの力は、紛れもなく『祝福』です。その力があれば、大勢の人が助かります。もしその気がなければ、すぐにでも元の世界に帰します」
だから選んで……か。
矢継ぎ早にリシが言う。
いつもの俺なら「そうですか、じゃあさようならだね」と、言っているところだ。
でもね。
「どうせ戻っても生きにくい世界なんだ。折角だからお前の頼み、引き受けるよ」
初めて人から頼られたからかもしれない。
純粋すぎる眼差しに、応えたいと思ってしまったのかもしれない。
そして何より嬉しかったのは、俺の『祝福』を肯定してくれたこと。
それだけでも、俺はリシの願いを聞ける。
「だが、俺はお前と一緒に行くことは」
「出来ませんよね。解ってます」
だからここでお別れですね。と続けた。
リシに礼と別れを告げてすぐに洞窟を出る。その先には前の世界ではあまり目にすることが無かった荒らされた痕が遺っている。
今更怖気付くことも無いけど、俺程度がこの世界のあれこれをどうにか出来るとか無理だろうな。
約束を違えることになるかもしれない。だけどまぁ、俺に出来る事を少しずつ、慎重にねじ伏せよう。
どんな世界であれ、俺にあるのは筋肉だけだからな。