幼馴染が二人いるせいで、俺の青春は詰んでいる
「ハーレムっていいよな……夢があって」
それを悟りを開いたかのように学友に零すと、「可愛い幼馴染が二人もいる癖に何を言う」と、半ば恨みの篭った勢いでど突かれる。
まあね? 雑誌モデル級の二人と近しい仲であることは確かな自慢だ。時間が合えば、一緒に登下校するくらい仲はいいよ?
でも、「男女の友情は成立しない」と。
俺は身を以て知っている。
朝霧萌乃子。
由良森ルシア。
……幼馴染が二人いるせいで、俺の青春は詰んでいる。
〜〜〜〜
そう思ったきっかけは、ルシアが学校をズル休みしたことから始まる。
高校生活が始まって四ヶ月経った頃である。偶然なことに、三人とも同学、同年、同クラだからな。ぽつんと空いた席を見て、萌乃子は「あの子、急にどうしたの? 何か知ってる?」と俺に声をかけてきた。
「さあ。夏休みの日付間違えたとか?」
アメリカンジョークのごとく大袈裟に肩をすくめてみた。まあ、夏休みまでの日数をカウントダウンしているルシアのことだ。日付を誤る可能性は考えにくい。
「ルシアがいきなり学校休むなんてありえない。真面目だけが取り柄だったのに」
「その言い方ひでぇw」
「事実じゃんw」
なんて草の会話を生やした後、真面目な顔に戻った萌乃子が、しゅんとしょげたように頭を下げた。
「今のところ、MlNEも既読無視されてるし。風邪ならまだいいけど……何か、変に溜め込んでいる気がするんだよね」
「何で?」
「ルシア、最近あたしのこと避け気味だったから」
「え?」
ルシアが萌乃子を避け気味?
ここ一週間の日常を振り返ってみるが、そういう素ぶりはなかったように思う。というか、二人は昨日も普通に会話してたし……。
「んー……まあ、あいつ、悩みを隠すとこあるしな。HR終わったらソッコー帰って、ルシアに事情聴取するか」
「……ゆーくん、先にルシアの家行っててくれる?」
「ん? 先に?」
「あたし、放課後に委員会の仕事あって、抜けられないから。終わったらすぐ行くよ」
三限目の始まりを告げるチャイムが流れると、萌乃子はさらさらとショートカットの黒髪を揺らしながら、自分の席に戻っていった。
授業中の萌乃子の横顔は、おてんば少女の面影が感じられない。ぱっちりとした大きな目はほとんど閉じていて、ノートもとらずにぼうっと黒板を眺めている。
「(心配なんだな)」
萌乃子はいつも、俺とルシアをひっぱるリーダーだった。言い方を変えれば面倒見がいい。その辺にほっぽり出されたらすぐ死にそうなルシアの世話は、幼稚園の頃から萌乃子の役目だ。
『全く。ルシアはあたしがいないとダメなんだから!』
萌乃子の口癖が頭に浮かぶ。
お姉さんぶって腰に手を当てる萌乃子は、ドヤ顔で楽しそうだった。
だからああいう表情は滅多にみない。
ルシアに避けられている(真偽不明)ということもあって、考え事をしているのかもしれないが。
疼くこめかみの古傷。
爪を立てて、こりこりと掻く。
何だか、あの時の雰囲気によく似ている。
あれは今でも、俺のトラウマだ。
〜〜〜
「ルシアー。おーい、ルシアー」
ドンドンドンと。
俺は由良森家の敷地に入ると、早速正面玄関から外れて、カーテンの閉まった縁側の窓を叩く。
日本古民家、二階建て。ルシアの部屋は上の階だが、テレビを求めて一階のリビングにいることが多い。
けど反応がないな。
電話もしてみたが、応答なし。
「参ったなあ」
そうため息をついたところで、俺の背後から「にゃごん」と低い声がした。
「お。ミケハム」
ボンレスハムみたいに太った三毛猫だから、ミケハム。ルシアの家の飼い猫だ。
散歩から帰ったらしいミケハムは、にゃごにゃご鳴きながら「家に入れろ」と、立ち上がって縁側の窓をべんべんする。カーテン越しにようやく人の気配が現れて、窓が開いた。
「……よう、ルシア」
褐色の肌に、ややブロンドの混じった長い髪。黒いキャミソールと白いホットパンツを着こなす裸足の少女は俺をひと睨みして、がらがらと窓を閉めようとした。
「ちょ!」
慌ててスクールバッグを挟み込み、締め出しを阻止する。
「帰れ! Burro!」
「某子供で大人の探偵か!? お前は!」
ちなみにBurroはポルトガル語のスラングで、意味は「馬鹿」……日本語とあまり違いがないな。ルシアはお母さんが日系ブラジル人だ。
「今日どうしたんだよ。元気そうなくせに学校来ないとか」
「ゆーくんには関係ない!」
「萌乃子も心配してるんだ。何か理由があるならちゃんと話せ」
「っ、萌乃子もいるの!?」
「委員会で遅れてるけど、後から来る」
「……」
窓にかかっていた力が緩んだ。
サッシギロチンの餌食になっていた鞄が解放されると、俺は自分の半身を乗り出して、窓枠に寄りかかる。
「萌乃子と何かあったのか?」
さすがに「萌乃子が避けられてる気がしてるってさ」とストレートには聞けない。昨日一昨日の様子だと、萌乃子の勘違いかもしれないからな。
オブラートに包んだ問いに対して、ルシアはむっと口を曲げた。
「ゆーくんには関係ない」
「ああ俺は部外者かもしれないけど、二人の幼馴染だ。相談役くらいにはなれる。萌乃子には言わないでやるから、何か悩んでなら話せ」
独り言のような風鈴の音がした。ミンミンゼミが一節鳴き終えた頃に、ルシアは「はあ……」と長いため息をつく。
「……絶対、萌乃子には言わないでね」
俺を家の中に招き入れたルシアは、ぴしゃんと外の熱気を遮断して、念を押してくる。
「わかってるって」
「一つ屋根の下で男女二人きりになったこと」
「え、そっち?」
「萌乃子いつも言うもん。『男はケダモノ』って」
「あいつ……ルシアに何つぅ偏見を教えてるんだ……」
夢想を持たないことはない。全員がそうとも言わない。だが男にも理性はある。
ルシアは台所に行くと、ビール会社のロゴが入った二つのグラスに麦茶を注いで、片方を俺に手渡してきた。そして俺と向かい合うようにとすんっとカーペットの上で胡座をかき、冷えた飲み物で唇を湿らせてから、ぽつんと言葉を紡ぎ始めた。
「……萌乃子を避けたくなるの」
俺は何も言わないでおく。
「私、思うの。萌乃子に甘えすぎじゃないかなって」
「甘えたくなくて避けているのか?」
「そうじゃなくって、えっと……避けたのは無意識。あんまり長く話しちゃいけない気がして……」
ルシアは床に広がる派手なペイズリー柄に視線を落とす。
「少なくとも、ルシアの悩みに萌乃子が関係していることは確かなんだな?」
ルシアは少し迷ったように首を傾げたが、こくんと肯定した。
「萌乃子が嫌いなわけじゃないの。でもたくさんは話したくない。変な気持ちがしてきて、怖くなる」
「怖い?」
「なんか、体がぼうっとして、じわじわする感じの……」
「あ、なるほどわかった。それはエロい気持ちだ」
萌乃子の教育は済んでいたらしい。ルシアはかあっと顔を真っ赤にして立ち上がり、「変態だっ!!」と叫んだ。
「いやこれはまだ推測に過ぎなくて、」
「セクハラ! 通報する……!!」
「まずどす黒い声抑えようか、ごめんなさい、真面目にします」
前言を撤回しよう。
俺は偏見を受けるべき方の男だった。
……しかし、ルシアはそれ以上黒いオーラを出さず、すとんとその場に座り直した。
「ルシア?」
あっさりと落ち着いたことに少し戸惑い、俺は思わず呼びかける。
「……。ねえゆーくん。もしもの話だけど」
ルシアはぐっと握りこぶしをつくり、胸に当てた。
「もしもだよ? もしもだけど……女の子が女の子に恋をするって、ありえるのかな?」
——疼く古傷。
小さい頃、ルシアと二人だけで約束を交わしたことがある。大したことじゃない。萌乃子にサプライズをしたかっただけ。
だけど、ハブっているのが萌乃子にばれたあの日。涙声で叫ぶ萌乃子に、俺は砂場のスコップで滅多打ちにされた。
『ルシアをとるなっ……! ルシアをとるなあっ!!』
それを見つけた大人たちは、萌乃子を強く咎めた。俺は母に連れられ、病院に。数針縫われて外に出ると、血相を変えた萌乃子のお母さんが泣きながら何度も頭を下げてきた。萌乃子も「ほんとうにごめんなさい」と、バツが悪そうに謝ってきた。
『でもあたしがおこった理由、ルシアには絶対いわないで。おねがい』
耳打ちされた言葉が、脳の奥からこだまする。
……俺は無理をしていると思う。
「男女の友情は成立しない」と知っていながらも、俺は二人と幼馴染の付き合いを続けている。
萌乃子とルシアはどちらも可愛い。「校内でも指折りの容姿」だと、よく耳にする。
俺にとっては幼馴染が人との話しネタになるし、接点にもなる。取り柄も何もない俺の、唯一の自慢だった。
けど、どうして“二人”だったんだろう。
本当はずっと昔からわかっていたんだ。
萌乃子とルシア。二人の関係に、俺の立ち入る場所はないってことに。