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勇者のハラワタは美味いらしい

 不揃いな石畳の上を走って、走って──やがて俺が追い詰められたのは城塞都市『ゴルドー』の片隅。

 鬼火を閉じ込めた街灯がちろちろと青白い光を投げかける、倉庫街の裏路地だった。


「ひどいなあー、勇者様。どうしてボクから逃げるんだい?」


 ぐったり石壁にもたれかかる俺とは対照的に、追手の少女は息ひとつ切らしていない。

 豪奢な金髪には一筋の乱れも無く、白雪のような頬には一滴の汗も浮かんでいない。

 頭巾付きの鎖帷子、『剣を噛む獅子』の紋章が刺繍された軍衣、剣帯の両脇に吊るした二本の短剣という総重量にして十キロは下らないだろう装備を身に着けていてもなお、羽根のように軽い足取りでこちらに近づいて来る。


「何度も呼びかけたのにさあー」


 少女の名はレイン。

 若干十六歳にして『リディア王国』最強の七名により構成される特務騎士団『七星セプテム』に選ばれたほどの天才だ。


 七星の今回の任務は異世界よりの召喚勇者である俺の護衛。

 つまりレインは俺の味方のはずなのだが……。


「ねえ、どうして?」

「──ひぃぃぃっ?」


 ぎゅっと腕に抱きつかれた俺は、思わず喉を震わせた。


「どうしたの変な声出して……緊張してるの? ……あ、もしかしてっ?」


 何を思いついたのだろう、レインはパッと顔を輝かせた。


「ボクとふたりきりになりたかったとか? ほら、当たりでしょ? だからこんな人気のないとこに誘い込んだんだ」


 空色の大きな瞳に、俺の顔が映っている。

 野暮ったい黒縁メガネをかけたいかにも陰キャな男子高校生が、緊張に顔を強張らせているのが見える。


「てことは話題は当然、あれについてだよね? うんうん。ボクもあれについてはハッキリさせなきゃなと思ってたんだ。ねえ、覚えてるでしょ? 『ロダの樹海』でさ、迷子になった勇者様を見つけた時のこと。嬉しさのあまりボク、勇者様に抱きついちゃって。思わず唇を……」


 あれは衝撃的な体験だった。


 レインの熱っぽい頬、潤んだ瞳。

 暗い森の中で押し付けられたあの柔らかく瑞々しい唇の感触を、俺は生涯忘れないだろう。

 

「……聞きたいことがあるんだ」

「うん、なあに?」


 レインはこてんと首を傾げた。 


 そのあどけないしぐさに、俺はゴクリと唾を呑み込んだ。

 このまま何も聞かずにみんなが待つ宿に帰ったほうがいいんじゃないのかと、半ば本気で考えた。


 だってそうすれば、俺はこれからもレインと一緒にいられるんだ。

 こんな可愛い女の子と、もっとずっと親密な関係を築けるんだ。


 だけど。

 だけどもしアールの話が真実だったとしたら、俺はいずれこのコに殺されてしまう。


「……なあ、レイン」


 どうか否定してくれと願いながら、俺は訊ねた。


「『勇者の臓腑ハラワタが美味い』ってのは、あれは本当の話か?」


 ──その瞬間、俺は見た。

 レインの瞳に、今まで見たこともないような凶暴な光が宿るのを。

 

「へ、へえ~面白いこと言うね? 勇者様にしてはなかなか、キレのあるジョークじゃないか」


 レインは懸命に笑顔を作るが、目だけが笑っていない。


「俺、聞いたんだ。先代の勇者も先々代の勇者もそのずっと前の勇者も、冒険の途上でみんなあっさりと命を落としてるんだって。死体すら帰って来ないんだって。その理由はモンスターではなく、危険な罠や風土病でもなく、勇者を『食用』にしようとする者がいるからだって……」


『勇者の肉を喰えば不老となり、臓腑を喰えば不死となる。血をすすれば万病快癒する薬となる。ことに臓腑は甘露かんろであり、舌もとろけんばかりの味わいである』

 八百比丘尼やおびくにの人魚喰いにも似た言い伝えが、こちらの世界にはあるのだそうだ。

 

「最初はそんなことあるかよって思ったんだ。おまえらみたいな優しい人らがまさかって。でもたしかにうなずけるところもあるんだよ。だって勇者とか言って俺、全然何もしてないもん。襲ってくるモンスターは全部倒してもらって、毎日美味しいもの食べさせてもらって、あとはただ観光してるだけ。それってさ、魔王を倒すべき勇者じゃなく、むしろ家畜に対する扱いに似てるじゃん。肥え太らせて美味しくいただこうって感じじゃん」


 俺の追求を、レインは黙って聞いていた。

 まったく反論せずにじっと耳を傾け、そして不意に──表情を凶悪に歪ませた。


「その話、どこで聞いた?」

「痛たたっ! 痛い痛い痛いっ?」

「一部の騎士と特権階級しか知らないはず。いったい誰の入れ知恵だ?」


 瞬時に肘を捻られると、石壁へと顔を押しつけられた。

 頬が擦れて、たぶん血が出た。


「大人しく答えるならよし。そうでないならこの場でこの腕、へし折るぞっ?」


 いつものレインからは考えられないような冷酷な物言いに、俺は身を震わせた。


「ただの脅しだと思うなよ? ボクらにはある程度の自由が与えられてるんだ。この場でつまみ食いだって出来るんだからな?」

「つまみ食いって……」

「臓腑はお偉いさんの口に入るんだけどさ、肉と血に関しては死なない程度なら口にしていいことになってるんだ。この前の口づけはさ、つまり味見だったんだよ。ボクはね、前からキミの唇を噛みちぎってやりたくてしかたなかったんだ」

「マジかよ……」


 真実のあまりの過酷さに、上手く呼吸が出来なくなった。

 情けなくも涙が出た。


「なんでそんなことするんだよぉ……俺たち仲良くやってきたじゃないかよぉ……」

「仲良くぅ? ボクは家畜の面倒を見てただけだよ。食べ頃に育つのを待ってただけ。あ、もしかしてボクがキミを好きなんだと思ってた? 好きだよもちろん、人としてでなく食べ物としてだけどね」


 レインは大口を開けて笑った。

 

「あっはっはっ! 勇者様ってのはどうしてどいつもこいつもお人好しの間抜けばっかりなんだろうね! 遙か異世界から単身で召喚して魔王討伐!? そんなの無理に決まってるじゃん! やるならもっと大人数を呼ぶよ!」

「ちくしょう……」

「しかも真実に気づいていながら捕まるとか、キミは中でも最大級の大バカだよ! あーはっはっはっ!」

「おまえだけはと思ってたのに……」

「ああーっはっはっはっ──」



 ゴヅンッ。



 重く鈍い音がしたかと思うと、レインの目から焦点が失われた。

 俺の足元に、そのままドサリと崩れ落ちた。


「ほれ、わかったであろう? これが雌犬の本性よ」


 老人めいた口調で話しかけてきたのは、大人の背丈ほどもある戦鎚を肩に担いだ美しい少女だ。


 年の頃なら十六ぐらい、長い銀髪の隙間から山羊みたいな形の角が覗いている。

 瞳は鮮紅色の光を放ち、細く引き締まった肢体を包む漆黒のミニのドレスの下から先端の尖った尻尾が覗いている。


「外見だけはいかにも綺麗に取り繕っておるがな。ひと皮めくればこの通り腐臭ぷんぷん、我らでも引くほどの外道よ」


 悪魔──アールは優美な眉をぎゅっとしかめた。


「こ、殺しちまったのか……?」


 レインは目を閉じ、ぴくりとも動かない。


「生きておるよ。さすがは『閃光のレイン』。完全な不意打ちであったにも関わらず、当たった瞬間反射で頭を捻りおった。正面から行けばさぞや苦戦させられていたであろうな。のうヒロ。おぬしなかなか、いい囮であったぞ」


 アールはニヤリ笑って褒めてくれるが……。


「そんなの、褒められても嬉しくねえよ。俺はさ、たとえ勇者召喚が家畜召喚だったとしても、レインにだけは味方でいて欲しかったんだ」

「ふん、甘い言を」


 つまらなそうに口を尖らすと、アールは背負っていた荷物袋から荒縄を取り出した。

 何をするのかと思ったら、レインの両手足を縛り上げていく。


「……なあ、いったいどうするんだ?」

「餌にするのよ。残り六人、全員殺すためのな」

「なんだって……?」


 俺はショックを受け、その場にへなへなと座り込んだ。


「勇者喰いは国の根幹に関わる秘密なのだ。それを逃がしたとあらば、たとえ七星だろうと極刑は免れまい。当然、死ぬ気で追いかけて来る」

「無理に戦わなくても逃げればいいんじゃ……」

「死ぬ気で、と言ったぞ? 地の利が向こうにある以上、どこかで必ず追いつかれる。ならば答えはひとつ。こちらから仕掛け、殺される前に殺すのだ」

「……っ」


 薔薇の射手シャルロット。

 鉄壁のベックリンガー。

 縛鎖のパヴァリア。

 天槍のジャカ。

 竜狩りのミト。

 皆殺しのカーラ。


 一騎当千の七星と戦う。殺し合う。

 その想像のおぞましさに震えていると……。


「うむ、終わり」

 

 拘束作業を終えたアールが、荷物袋に引っかけていたとんがり帽子を頭にかぶった。


「そして始まりだ、ヒロ。我らの生命と、誇りを懸けた戦のな」


 座り込んでいる俺を見下ろすと、「ほれ」とばかりに手を差し伸べてきた。


「……」


 アールは先代の勇者トーコとの盟約に従い、俺を守ろうとしてくれているのだそうだ。

 悪魔なのに勇者と、悪魔なのに勇者を。

 そうなった詳しいいきさつを、俺は知らない。

 わかるのはただその強さと、見た目とは裏腹の老成したような雰囲気。

 そして時おり見せる、『捕食者たち』への強力な憎悪だけ。


「……」


 正直、恐ろしい気持ちの方が強い。

 本当にこのままついて行っていいのか。

 何か重大な間違いを犯しているんじゃないのか。

 だけど実際問題、選択肢は他に無くて……。


「ヒロ、手を」

「あ、ああ……」


 俺は、すがるような気持ちでその手を取った。

 美しき、悪魔の手を。

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