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紅眼の魔女は復讐を唄う

 透明な雨が小さな村に降り注ぎ、真っ赤に染まった水たまりを叩き続けていた。

 そんな深紅の水に、無数の肉塊が浸っていた。それらがほんの少し前まで笑っていた大切な家族だと、ポツンと一人で雨の中に立ち尽くす一〇歳程度の少女は理解したくなかった。

 肉の塊に触れる。もう、冷たかった。それの顔だったものを見て、少女はそれが自分の母親だとようやく理解した。


「どう、して……?」


 外からではない寒気に少女は震えあがり、力なく赤い水たまりに膝から崩れ落ちた。

 頭が痛い。得体の知れない恐怖に吐き気がした。目の前の赤い水の中に、丸く紅い光が二つ灯っていた。

 そんな中、足音を耳にした少女はわずかに顔を上げた。

 そこにいたのは、使い古した三角帽子と、真っ黒な服に身を包んだ見た目だけでは歳が分からないほどに美しさと可憐さを兼ね備えた妖艶な女性だった。

 傘もささずに立つ女性は、妙に艶めかしい声で言う。


「復讐をしたいと、思わない?」


 すべてがめちゃくちゃだった。何が現実なのかもわからなかった。

 とにかく、だ。

 まずはなぜこんなことになったのかを思い出さなくてはならない。断裂した数刻前との記憶と今とを、つなぎ合わせるために。

 少女はゆっくりと、目をつむった。



 甘い香りと、ほんの少しの熱気。

 目の前で優しく灯る蝋燭の明かりを見つめる少女は、自分を取り囲む家族の顔を伺いながら、大きく息を吐いた。


「誕生日おめでとう、ルージュ!」


 蝋燭の火が消えると同時、祝いの声とともに皆が一斉に拍手を始めた。

 拍手が終わった瞬間、ルージュよりも四歳下の弟が声を上げる。

 どうやら、手にはランタンを持っているようだった。


「お姉ちゃん! 火、頂戴!」

「うん。ちょっと待ってね」


 ルージュが人差し指を立てると、その指先に蝋燭程度の火が灯った。くるくると円を描くように指先を回してから、弟の持つランタンへと投げるように火を放つ。

 ランタンの中にある蝋燭の芯に狙いすましたように火が当たり、穏やかな明かりがランタンから放たれた。


「わあ、やっぱりお姉ちゃんは凄いや! 村の人でも魔法を使えるのは大人の中でもちょっとだけなのに!」

「そんなことないよ。それに私、魔法は嫌い」


 ルージュの素直な気持ちだった。

 一〇年前まで、このアルミール国は他の国と戦争を続けていた。そして、戦争で先陣を切る兵士たちが使った主な攻撃手段が魔法だった。

 ルージュが物心ついたときにはすでに戦争は終わっていたが、それでも戦争というものが醜いということくらいは知っていた。そして、それに使われる魔法だって。


「いいのよ、ルージュ。魔法は今みたいに便利に使うことだってできるし、誰かを助けることもできる。使い方を間違えてしまうことがいけないのよ」


 ルージュの母は優しくルージュの頭を撫でた。


「あなたは正しく力を使える優しい子。だから、あなたまで魔法を嫌う必要はないのよ」

「でも、お母さんの故郷は魔法のせいで」

「ええ。魔法で燃やされたわ。でもね、それはルージュのせいじゃないのよ。あなたには魔法の才能がある。私はそんな娘を持ててとても誇らしいわ」


 ルージュの母は実の母ではない。

 生まれてすぐ、村のはずれに捨てられていたのを保護してくれたらしい。それなのにこれほどまでの愛を注いでくれる母がルージュは大好きだった。

 微笑むルージュを見て、弟が楽しそうに声を上げる。


「もっと魔法を見せてよお姉ちゃん!」

「わかった。じゃあ、今日は今までよりも魔力をたくさん使って――」


 今まで使ったことのない量の魔力を使おうとした、その瞬間だった。

 溢れた。何か、異常な何かが。


 ――ドクンッ‼ と。


 体の中心で何かが弾ける感覚があった。

 中から得体の知れない力が、溢れ出る感覚があった。

 そして。

 そして。

 記憶は、ここで。




 母だった肉塊を抱きしめ、ルージュは涙を流していた。

 思い出せないのだ。どうして、家族がめちゃくちゃになって死んでいるのか。自分だけが無傷でここにいるのか。

 そして、もう一つ分からないことは。


「あなたは、誰……?」


 こんな惨状を前にしても余裕のある表情でここに立つこの女性は。


「私の名前はエイリア。あなたは?」


 ルージュは答えず、さらに問いかける。


「あなたが、殺したの?」

「私じゃないわ。私には数分で村を一つ壊すほどの力なんてないもの」


 その言葉を聞いて、慌ててルージュは周囲を見回した。

 雨で視界が悪かったからか、今まで気づかなかった。

 村の家屋は瓦礫と化し、火で、風で、氷で無残に殺された人々が辺り一面に転がっていた。

 それはまるで、母から聞いた戦争の惨禍のようで。


「また、戦争が……?」

「いいえ。戦争はちゃんと終わったわ。そして、また始まってもいない。どうやら、いろいろと説明してあげる必要があるみたいね」


 三角帽子の隙間から輝きのない濁ったえんじ色の双眸を覗かせるエイリアは、落ち着いた声で、


「つい最近まで、アルミールは他の国と戦争をしていたことは知っているみたいね。じゃあ、そんな醜い戦争で兵士たちはどうやって殺しあったと思う?」

「……魔法」


 ルージュが痛いほど知っている答えだった。

 それを聞いて満足そうに頷きながら、エイリアは右腕を横に伸ばした。


「そう。魔法を使ってたくさんの人を殺したの。こんな風に」


 伸ばした右手の人差し指をクイっと下げた瞬間、空中に人ほどの大きさで先端の尖った氷の柱が生まれ、地面へと突き刺さった。

 ビクッと怯えるルージュなど気にせず、エイリアは続ける。


「魔力の使い方はいくらでも訓練できる。でもね、その人の持つ魔力の量はそう簡単には増えない。先天的な才能に大きく左右される。でも、戦争に勝つためには強力な魔法を使える人材が大量に必要だった。そんなとき、この国の連中はどんなことを考えたと思う?」

「……、」

「造ったのよ。才能を持った人間を、戦争のために」


 酷く、冷淡な声だった。

 まるで、親の仇を見るような表情だった。


「無事、アルミールは戦争に勝利した。でも、終わっていない問題があったのよ」


 なんとなく、ルージュはその先を想像できた。


「人が完璧な命を造ることなんてできなかった。不安定な力を持った人造人間たちは、その力を制御できずに暴走させてしまうことが多々あった。戦争のときはその暴走が有利に働くこともあった。でもね、もう世界は平和になってしまった」


 戦争のために作られた存在に、戦争という前提がなくなってしまったら。想像することは難くない。


「戦争が終わって、作られた人々はどんどんと処分された」

「殺された、の……?」

「ええ。こうやって簡単に肉の塊になれた方がよっぽど楽なくらい無残にね」


 ルージュの家族だった肉塊を見下ろしながら、エイリアは言った。


「だから、彼女たちは逃げた。散々殺してきたくせに、死を怖がって」

「逃げた人たちは、どうしたの」

「散り散りに逃げて隠れたわ。身分を隠しながらね。でもね、彼女たちを見分けるのは簡単だった。彼女たちには、ある共通点があったの」


 エイリアはルージュの眼をまっすぐに見つめながら、笑顔で言う。


「魔力を使ったとき、目が紅く光るのよ」

「――ッ!?」


 慌てて、ルージュは視線を落として水たまりを見つめた。

 家族の血で赤く染まった水の中に二つの紅い光が、否、ルージュの双眸が映っていた。


「先天的な魔力の量と扱う才能を兼ね備え、人工的に作られた女たちを人々はこう呼んだ。――魔女、と」

「…………、」


 信じたくなかった。

 理解など、したくなかった。

 ぐちゃぐちゃに脳幹が揺さぶられる感覚だった。

 なのに、目の前に立つエイリアはむしろ優しさすら感じる声で、


「説明は終わり。それじゃあ、改めて」


 妖しく、怪しく、艶やかで。

 蕩けるような、甘い顔で。


「あなたの名前を教えて。たった一人で村を壊滅させた、可愛い魔女さん」


 ぐわんと、眩暈がした。

 家族も、村のみんなも、殺されたのではない。

 殺したのだ、この手で。

 母が誇ってくれた、自分の魔法で。


「……違う。違う違う! 私じゃない! 殺したのは私じゃない‼」

「ええ、そうよ。あなたは悪くない」

「ぇ……?」


 誘うような、甘い声が。


「言ったでしょう? 復讐したいと、思わない? って」

「ふく、しゅう……?」

「魔女を造ったやつらを。こんな腐った運命を強制的に背負わせたゴミどもを。殺してやりたいと、思わない?」

「殺す……」


 震えるような声が、連続する。

 ルージュの紅い瞳が、さらにその輝きを増し始めた。


「殺す。殺す殺スコロすコロスコロスコロス‼」


 ゴアァァ‼ と燃え上がる炎がルージュの周囲から柱のように噴き出した。


「あら。小さな子には刺激が強かったかしら。また暴走してしまったわ。さっきも止めるの大変だったのに。一日二回は負担が大きいから、あまり気がすすまないのだけれど」


 エイリアは三角帽子を投げ捨てると、懐から紅い液体の入った瓶を取り出し、それを飲み干した。直後、濁っていたエイリアの瞳が紅い光を放った。


「試作型の出来損ないは、数分しか魔女並みの力を使えないのが悲しいところよね」


 ルージュが出した規模と同等の大きさの氷を生み出しながら、エイリアは笑う。


「あなたたちの復讐は私が全力で支えるわ。でも、よい子はもう寝る時間よ」


 直後。壊滅した村の中心で、膨大な炎と強大な氷がぶつかり合った。

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