オートマタ・アンジェラ
『――――』
酷いノイズがスピーカーから流れ続けている。ダイヤルを回しても、幾分か音が変わるばかりで、ノイズが止むことは無い。
「直るかい?」
「任せとけ、こんなもんすぐだよ」
ラジオを裏返し、螺子を外す。簡単な配線が基盤に繋がっているが、一見してどこが壊れているのかは分からない。
「さて、お前の声を聴かせてくれよ」
左手をかざし、男はラジオに語りかける。
「何してんだ?」
「声を聴いてるんだ。……壊れてる場所が分かったよ。ちょっとパーツを変えれば元通りだ」
そう言いながら小さな部品を取り外し、新しいものを取り付ける。
「そら、出来たぞ」
『――これらのことから、虚神の発生源は東の国の上空と見ら』
「おっと、またつまんねえ話してんな」
『~♪』
男はラジオのダイヤルを回し、音楽放送にチャンネルを合わせた。
「なんだい、国営放送は聞かないのか?」
「同じ話しかしてねえだろ」
「そりゃそうだ」
依頼者は礼と共に幾らかの金を払い、ラジオを抱えて帰って行った。
「……虚神がなんだってんだ。どうせ殺すしかねえんだろ」
「まあ、そう言うなよ。分からないものと戦ってるって状況は不安の種だ。だから、民衆にも分かる様に情報を出す必要があるんだよ」
ずっと待合のベンチに座っていた軍服の男は、漸く立ち上がり話し始めた。
「だが、東の国の兵器なんだろう? だったら、早く宣戦布告しちまえばいいじゃねえか」
「それがそうはいかなくてね。まあ、追々話してやろう。さて、これで今日はもう店じまいか?」
「ああ。扉閉めといてくれ。それで、俺をどうしたいんだって?」
「ヴァン・ノーティス。君を、軍に招き入れたい。どうにも、機械技師が足りていなくてね。探し回っていたところ、君の名を聞いた訳だ」
「金は?」
ヴァンは興味なさげな表情で尋ねる。
「勿論、給金は出すさ。それに、君の安全も保障される。軍に所属している以上、改めて徴兵されるようなことは無い。君は我々のバックアップとしてその機械いじりの趣味と特技を存分に発揮してくれれば良いという訳だ」
「もし、拒否したら?」
「出来るとでも?」
ヴァンは、初めて彼の目を見据えた。柔和な表情でこそあるが、決して冗談を言っている目では無い。
「分かったよ。どうせ、食うものにも困ってたんだ。補給食だったか、あれは旨いのか?」
「味には一か月もすれば慣れるさ。さて、それではこんな店にはさよならだ。明日の正午までに準備をしておいてくれ」
「はいはい。ああ、そうだ。お前、名前はなんて言うんだ?」
ヴァンの問いかけに対し、軍服の男は振り返らずに名前を告げる。
「アドミス・クラック。君の上司になる男の名前だ。よく覚えておくように」
扉が閉まった後、開閉を知らせるベルの音が静かな店内に響いていた。
「此処が機械庫ですね。工具なんかも大体は此処にあるらしいです」
「ん。分かった。どうせ仕事場此処ここなんだろ?」
「んー、はい、そのようですね」
パッドを操作しながら、女性は情報を確認する。
「なら、もういいや。後は自分で覚えるから」
パッドを受け取ろうと手を差し出す。
「はい。規則はしっかり確認しておいてくださいね? 私が仕事をさぼったと思われたら嫌ですから」
「はいはい。それじゃあ、よろしく……ええと」
「ミランダです」
「ミランダさんね。今度一緒にランチでも?」
「補給食でも良ければ是非」
「オーケー。それじゃあ、また」
ミランダが去った後、ヴァンは静かにパッドを眺める。此処に来る前に聞かされた規則や施設の見取り図、週のスケジュールに倉庫内の物品データまで、必要だと思われるあらゆる情報に簡単にアクセスが出来た。
(俺用に調整されてんだろうな。俺が知るべき情報にはいくらでもアクセスできるし、俺が知るべきでない情報の遮断も、恐らくは完璧なんだろう)
パッドを作業机の上に置き、機械庫の奥を見る。
「と、すれば、あの扉の先には、俺が知るべきでは無い何かが入ってるんだろうな」
窓のついていない扉。見取り図上では、データなし。外に通じている訳ではなく、かといって、もう使用されていない部屋という訳でも無い。
(使わない部屋に、きっちりロックをかけて管理してるってのも変だからな)
つかつかとその扉に向かって歩いていく。
カードキー認証及びパスワードの入力が必要。施設内で目にする、機密とされる部屋のロックと同様の形式だ。
「カメラは、……あっても良さそうなもんだが、無いか。まあ、都合がいい」
カードキーも持たず、ヴァンは認証装置に手をかざす。
「さあ、お前の声を聴かせてくれ」
「妙な噂……ですか?」
「ああ。何でも、奴は機械を直す時、まるで機械と会話しているようだったと聞いている」
「へえ。しかし、技師にはよくある話では? 先代の技師も、まるで子供の様に機械を扱っていましたでしょう」
アドミスは「ふむ」とあごに手を当て考える。
「先代は、例えばそうだな、パッドの調子が悪い時、どうやってそれを判別していた?」
「そうですねえ。一度分解し、部品ごとにいろいろと調べていたのは記憶にありますが。それが?」
「どの部品が悪いか、機械に訊くようなことはあったか?」
「まさか」
男は笑って答える。
「冗談交じりに、お前はどこが悪いんだ? とかなんとか言ってたかも知れませんが、結局は全て検査しなければわかりませんよ」
「……ラジオのような、簡単な機械であれば、見ただけで判別は付くだろうか」
「それは故障の次第によるのではないでしょうか。まあ、奴も所詮は技師とかいう変わり者の一人だということですよ」
男は笑いながら、アドミスの元を離れる。
(……機械と会話のできる男か。本当に奴がそうであるのならば、動かなくなってしまった『救国の英雄』さえも直してみせるのだろうか)
「さて、ゾエ」
名前を呼ばれ、少女はアドミスの方へ目を向ける。
「先代が居なくなってから、ずいぶんと長い間素人任せになっていたが、調子はどうだ?」
「駄目よ。全然駄目。螺子を回すことすら出来ない素人には何をやらせても駄目よ」
「ふむ。相変わらずのようだな。奴は東部送りとしよう」
「そうね。それが良いわ」
満足げに少女は目を閉じる。『ZOE』。彼女の頬には人の血の気は無く、代わりに彼女の識別名が刻印の様に記されていた。
「明日からは、新しい技師に調整を行ってもらう。今日中に接触しておくと良いだろう」
「どんな人間?」
ゾエの尋ねに、パッドの画面を差し出す。
「ヴァン・ノーティス。先代の技師、アイザック・ノーティスの弟だ」
開いたドアの先、妙に静かなその空間には一つのポッドが横たえられていた。
「……成程ね、道理でどこへ行ったか分からねえはずだ」
ヴァンは、ポッドの中に眠り少女の顔を見ながら、古い新聞の記事を思い出していた。 虚神が現れ始めた頃、この国にはまだ奴らに対応する術がなく、一方的に蹂躙され続けていた。幾つもの街が滅ぼされ、対に首都にまで奴らの侵攻が迫った時、漸く完成したのが機械人形だ。抗虚神戦闘兵姫、あるいは単に機械人形。彼女らはそう呼称されていた。その中でも、特に多くの戦果を挙げたのが後に『救国の英雄』と呼ばれた個体、『ANGELA』だった。
彼女らは虚神による侵攻を食い止めたばかりか、その戦線を国の東端へと押し戻すことにまで成功し、今でも虚神が現れる度にそれを迎撃、撃退し国を守っている。……ただ一機、突如消息不明となった『ANGELA』を除いて。
「それが、こんな所で眠っていたとはねえ。どっか壊れちまったのか? ……それとも」
(いえ、壊れているのです。アンジェラは、壊れてしまっています)
「なんだ、結構はっきりした声を聴かせてくれるじゃねえか」
ヴァンの心の中に、アンジェラの声が響く。
(貴方は、アンジェラを直してくれますか?)
「ああ。お前達機械を直すのが、俺の仕事だ。俺のこの力は、その為にあるんだってよく兄貴が言ってた。俺自身、そう思ってる。だから、俺はお前を直してやる」
ヴァンの声に応える様に、ポッドが開かれる。
かつて新聞の一面を飾った姿が、まるで鉄の翼を持った天使の様な彼女の体が、微かな光に照らされながら、ヴァンの目の前に現れた。
「さあ、お前の声を聴かせてくれ。アンジェラ」





