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『柴犬』でデスゲームを勝ち残れ!

「コタロウちゃん。ごはんですよ〜」

『ご飯!? もうそんな時間か!』

「今日はなんと、フレイムドラゴンのお肉で作ったハンバーグよ〜」

『俺、ハンバーグ好き!』

「そう嬉しいの〜。コタロウちゃんが喜んでくれて私も嬉しいわ」

 

 毎日朝昼晩と用意されるご飯はどれも最高級品だ。

 初めて出された時はドラゴンってあのファンタジーの!? と戸惑ったものだが、今ではすっかりお気に入りである。

 

 ハンバーグにすれば中に仕込まれた脂が溶けて中から弾け飛び。ステーキにすればガツンと殴るような肉肉しさが、プロレスラーのごとくド派手に登場を決め込んでくれる。シチューとして煮込めばしっとりホロホロ食感に姿を変えて、包み込むような優しさが鼻を占領する。


 そんな素敵なドラゴンの肉を毎回狩ってきてくれるのは俺の元同級生達だ。もちろん好意なんかではなく、 女王陛下のご機嫌伺いの品である。


 異世界転移したあの日から、まだ一年しか経過していない。なのにこの世界で有数の冒険者になるなんて、やっぱりウルトラレアを引き当てた勝ち組は違うなぁ。



 夏休み明け初っ端で、早速遅刻しそうになった俺は校門を通過し――異世界へと飛ばされた。

 下駄箱目がけて猛ダッシュしていたはずが、周りは白一色の、ベッドすらない病室みたいな場所が目の前に到着してしまったのだ。ほとんど物がない部屋で、異質なものがただ一つ。


 大きなガチャガチャが置いてあったのだ。

 コンビニに置かれている物の何倍も大きいそれは、ハンドルだけで俺の身長と同じくらいの大きさがあった。俺は本能的にそのガチャガチャを回した。そしてソシャゲガチャですっかり運を使い果たしていた俺が引き当てたのは『柴犬』の文字が浮かんだカプセルだった。


 柴犬の文字に首を傾げるとその瞬間、全ての情報が頭を駆け巡った。

 どうやら俺は神様のゲームの駒として選ばれたらしい。いや、俺だけではない。俺の通う学園の関係者、総勢1000人が異世界へと送り込まれたのだ。


 転生先の役回りや所属場所は全てガチャで決められる。

 ガチャの中には勇者、冒険者、魔術師、鍛治師、商人などなどがあると聞かされていたことを思い出した。


 説明を受けた俺達は戸惑いつつも、登校した順番にガチャのある部屋へと入り、運命のガチャを回した。回し終わるまでこのことを忘れていたのはきっと、不正対策の一環か何かだったのだろう。


 こんなあからさまなハズレを引き当てる可能性があると知っていれば、何かしらの不正を行う者も出て来るだろう。俺だって少し前に分かっていれば取り出し口からの侵入を試みたはずだ。


 だがもう遅い。

 こうして柴犬として異世界転移させられた俺だが、意外とどうにかなる物である。

 転移させられた日は魔物から逃げ回りながら、マシな役職を引き当てた奴らを恨んだものだ。

 だが捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもので、柴犬に限界を感じていた俺の前にとある女神が舞い降りた。



 それがこの国の女王様だったって訳だ。



 彼女と出会ってからの俺は豪遊三昧!

 毎日空調が完璧に管理された部屋で過ごして、決まった時間にご飯が運ばれてくる。

 女王様を筆頭とした多くの人達に俺の言葉は通じないけれど、言葉なんて通じなくても幸せだ!

 

『わーい! 肉! 肉!』

 今日も最高に美味いお肉にかぶりつこうとした……その時だった。

 

「コタロウちゃん…………待て!」

 頭上からご主人様の冷たい指示が降り注ぐ。

 

 いつも優しい女王陛下がこんな声を出すのはお仕事モードに入った時、もしくは敵が侵入した時だ。

 だから俺はヨダレを垂らしつつも、ピシッと背筋を伸ばした状態で『待て』をする。ステータス欄に目立ったスキルのない俺だが、それくらいは出来るのだ。

 

「ごめんなさいね。持ってくるご飯を間違えちゃったみたい。取り替えてくるわね〜」

 ワンと大きくお返事をして、作り笑顔を浮かべる女王様をドアの所まで見送った。そして入れ替わりになるように入ってきた男の足元でクルクルと回る。

 

「女王の犬に手を出すなんて……また1人死んだな」

『おかえり!』

「ただいま」


 こいつの名前は鈴木。

 元クラスメイトにして、ウルトラレア『第二王子』を引き当てた超ラッキーボーイである。

 あっちの世界での顔も塩顔イケメンだったが、こちらの世界でも王子様って感じの爽やかイケメンである。その上、頭も運動神経もいいのだ。神に愛されし男とはまさにこいつのことだ。限りあるスキル欄の一つを『動物会話』で埋まってしまったのも、選ばれし者の特権とさえ思える。


 思わず嫉妬で革靴をガジガジしてしまいたくなるが、女王陛下の飼い犬である誇り高き柴犬様はそんなことはしないのだ。


「お土産のボブゴブリンの腕」

『さすが鈴木! これ美味いんだよな!』


 肉付きのいいオヤツを代わりにハムハムしながら、ほどよい歯ごたえとじんわりと伝わってくる塩っ気を堪能する。正直、食べられない王子様の高級靴よりもボブゴブリンみたいなジャンキーな物の方が好きなのだ。


「それにしても相変わらず絵面が酷い……」

『ふぉうか?』

「ああ。まぁお前がいいならいいけど」

『出来れば今後も欲しいものだ』

「それはお前の働き次第だな」


 オヤツをかじる俺に視線を合わせた鈴木はふふふと含み笑いを浮かべる。

 なんだか意味深な笑みだが、この笑みの裏側に隠れていることなんてたかが知れている。


『なんだ、お前。また俺と遊びたいのか?』

「今度は南高原でフリスビーでもどうだ?」

『いいぜ! ご飯もまだ当分来なさそうだし』


 鈴木は大の犬好きなのだ。

 中身が元同級生でも全く構わないほど重度の。

 森で野良犬を拾ってきて、毎食高級料理を与える女王様といい勝負である。

 ガチャで選ばれた役職ではあるものの、女王様とこいつってどこかで血が繋がっている気さえする。


 まだまだ食べる場所の残っているボブゴブリンの腕はひとまずソファの下に隠して……っと。


『じゃあ行こうぜ』

「ああ!」

 鈴木は爛々と目を輝かせて、俺の首に真っ赤な革の首輪をはめる。

 真っ黒の毛に良く映えるからと、注文して作らせた俺専用の首輪である。ミノタウロスの革で作られたらしいそれは、この一カ月でちょっぴり太った俺の首にも柔らかくフィットしてくれる。


 さすがは国一番の革細工師の一品だ。


 元人間だと分かっていながらも首輪をするのって、モラル的にどうなのか、なんて気にしたら負けである。

 なにせこの国の住人は俺が元人間かなんて知らないのだ。飼い犬にはしっかりと首輪をつけるのは飼い主の最低限のマナー。そこはしっかり守らないと、な。


 それにしてもフリスビーか。

 転移前は体育が憂鬱で仕方がなかった俺だが、犬になってからは何かを追い駆けるのが楽しくてたまらない。ふとした瞬間に目に入った自分の尻尾を追いかけた後はさすがに、人間に戻った後ヤバいんじゃ……なんて考えたりもするが、犬の本能だ。仕方ない。帰った時にでも考えよう。



 そもそもあっちの世界に戻れるのかどうかも怪しいものがある。

 帰還する唯一の方法はデスゲームに勝ち残った5人の誰かがそれを望むこと、だったか。

 俺みたいに毎日だらけているやつとは違って、願いを叶えるために真面目にゲームに参加している奴の中に、全員復活なんて望む奴っているんだろうか。


 そもそも同じ学校の仲間を殺してまで叶えたい願いって何なんだろうな。

 少なくとも俺はあの世界には未練こそあれど、人を殺すくらいだったら諦めてこの世界で暮らすことを選択する。



 ご飯は美味いし、主人は優しいし、元同級生は遊んでくれるし!

 デスゲームなんてそんな危険なものに参加する理由がない。



「転移陣完成したぞ~」

『今行く!』


 そんなことよりも今はフリスビーだ、フリスビー!

 目の前の遊びに浮かれた俺は大切なことを見逃していた。




「開始時間ギリギリにして『第二王子』のお出ましだ~」

『ここどこだよ!』

 辿り着いたのは風そよぐ高原……ではなく、円状の客席から人の声が降り注ぐコロッセオ。それも剣闘士が立つような闘技場のど真ん中。


 少なくともこんなところで優雅にフリスビーなんて出来る訳もない。

 よくよく見てみれば鈴木の手の中にフリスビーはない。あるのは俺の首輪につながる鎖だけ。


 まさか……ハメられた!?


『鈴木、どういうことか説明しろ!』

「今回のミッションはウルトラレアを引き当てた全員が強制参加なんだけど、一人で参加するのは寂しいからさ。同伴してもらった」


 ミッションってなんだよ。

 強制参加ってそんなルールいつから出来たんだ。

 それに同伴って……。


 色々とツッコミたいことはあるが、どうやら俺を戦わせるために連れてきた訳ではないらしい。


 ならまぁ、いっか。

 気にしたところで俺一匹で城に帰ることは出来ないのだ。


「来たついでに応援しといてくれ。ワンコが待っていると思うと俄然燃える」


 俺はヒロインか何かかと茶化したいところだが、あいつの目はマジだ。王子なんて生易しいものではなく、暗殺者のそれ。もしかしたら今回のミッションとやらには何かしらのペナルティ、もしくは報酬が用意されているのかもしれない。


 完全蚊帳の外の俺には想像することしか出来ないけどな。

 これが終わって、約束のフリスビーも終わったらキッチリ説明してもらわないと!


『鈴木、頑張れ~』

 無力な俺はコロッセオ内に犬の鳴き声を響かせるのだった。

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