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冒険者食堂のシェフアンドロイド

 海に溺れる。沈むまで、あと十五分。

 辛うじての防水機能はもう限界を迎えていて、あちこち海水が入り込んできてショートしている。僕は、もうすぐ終わる。

 朝日が見えた。

 ご主人様も、あの朝日を眺めているだろうか。


 僕は、役立たずだ。


 ただでさえ安物の型落ちの廉価版という低機能な上、欠陥品の家事用アンドロイドだった。

 毎日エラーを起こして、困らせて。

 僕は何も出来なかった。

 そうやって何度も何度も中古ショップに売られて、買われて、また売られて。


 行きついたここは、不法投棄で有名な海。


 僕以外にも、様々なジャンク品が浮いている。

 海洋汚染も甚だしいけれど、僕にはどうにもできない。視界にまたエラーが増える。

 どうも浮遊機能が停止したようだ。

 いよいよ、僕は海に沈み始める。浮いてる木片や膨らんだビニール袋を掴むけど、僕は金属だ。一緒になって沈んでいく。そりゃそうか。

 自嘲気味に僕は諦める。

 大丈夫。

 機能が停止するだけだ。何も感じない。何もない。


 ああ、でもせめて、誰かの役に立ちたかったな――


 ――――


 ――――――――


 ほのかに、温かい。聞いたことのない、小鳥の鳴き声。

 僕はゆっくりと目を開けた。

 同時に全ての機能が起動して、オールクリアする。いつもはどこかエラー起こすのに。否、それだけじゃあない。身体が驚くくらいに軽かった。


 腕が、脚が、すごく動く。


 廉価版だったから部品も品質も値段相応だったから、どうしても鈍かったのに。

 それだけじゃない。頭もスッキリしてる。どうもCPUもメモリもアップデートされてる。いつかのご主人がテレビを見ながらため息をついて欲しいと言ってた最新型だ。

 どうして、いったい?

 最新型をもってしても、状況が分析できない。

 周囲を見渡しても、僕が知る光景はなかった。メモリから時代を想定するも、今いちハッキリしない。どうやら中世から近世のヨーロッパ建築に酷似している、くらいだ。

 現在地を調べよう、と、木枠の窓から空を見上げる。

 GPS誘導は機能しなかったので、天体観測からの大まかな位置情報の取得を試みる。――が。

 データ一致なし?

 どういうこと? ここは、地球じゃないってこと? それとも故障?


「あ、目が覚めた?」


 セルフチェックで自分の機能をチェックしていると、誰かが入ってきた。

 揺れるプラチナブロンドに、世界基準的にカワイイと言える可愛らしい顔つき。

 ただ、住民登録には当てはまらなかった。誰だろうか。


「はい。あの、ここは?」


 僕は確か、不法投棄されて海に沈むところだったはず。

 それなのに、どうしてベッドに寝かされているのだろうか。色々と不思議すぎる。


「ここは、フィルズ王国の王都。冒険者食堂の二階だよ」

「フィルズ、王国? 冒険者、食堂?」


 理解が及ばずに首を傾げると、少女は微笑んだ。


「うん。君はワタリビトだもんね、分からなくて当然か。ここはプリエステルって世界。剣と魔法で溢れる、未開拓地を開いている途中の世界だよ」


 ますます理解が及ばない。

 これは情報のアップデートが必要だ。僕はデータの上書きをするように、少女から色々と訊いた。

 信じられないけれど、僕は異世界に来たらしい。


 そういえば、インストールされている小説にそんな設定のものがあったな、と思い出してその中身と当てはめると、意外なくらい該当事項が多くて、すんなりとアップデートが完了した。


 舞台は本当に中世ヨーロッパを元にしたファンタジー世界。剣と魔法の世界。そしてレベルやステータスといった概念がある。ゲームみたいだ。

 ここは、世界を切り開く職業――冒険者たちを迎え入れる食堂だ。

 この世界では、食事をするとステータスがアップするらしく、旅立つ冒険者たちは必ず立ち寄る。

 食材によって上昇するステータスが異なるので、色々なメニューを用意しているようだ。

 一階に降りてお品書きを見せてもらうと、本当にたくさんだ。


「あ、名前を名乗るの忘れてたね、私はミリア。あなたは?」

「名前……ない、です」


 型番ならあるんだけれど。


「そっか。じゃあ……ワタリで。異世界からのワタリビトだからね。たまに君みたいに、異世界から紛れ込んできたりするんだよね」

「そうなんですか」

「うん。で、ワタリビトを助けると幸せが訪れるって言い伝えがあってね。だから、しばらくゆっくりしていくと良いよ。悪いようにしないから。まぁ、お仕事とかちょーっと手伝って欲しいけど」


 屈託のない笑顔で、ミリアは人差し指と親指を少しだけ話して言う。


「家事なら一通りできるので、それでよければ」

「……家事?」

「はい」

「それって、掃除洗濯料理?」

「他にも服飾、子守り、救急時の応急処置などもできます」


 ミリアは笑顔のまま、僕の両腕をつかんだ。本当は肩をつかみたかったのかもしれない。


「料理、できるの?」


 あれ、なんだろうこの迫力。

 気圧されて、僕は頷く。


「はい。できます」

「マジ? マジのマジ?」

「マジのマジのマジです」


 とはいえ、そこまで絶品かといわれると疑わしいけど。


「と、とりあえず、ここにある食材使っていいから、何か作ってみて。私、朝ごはんまだなんだ」

「分かりました」


 僕は一階の食堂の厨房に入る。

 家庭用キッチンに比べて大きい。コンロもたくさんあるし、冷蔵庫とかがあるのもちょっと驚いた。魔法で冷やしているらしい。中を見ると、色々と具材はそろっていた。


 じゃあ、簡単に作ろう。


 僕はさっとメニューを決める。

 まずはサラダ。レタス、トマト、キュウリ。さっと水洗いして、軽く塩を振っておく。

 次にベーコンを細切りにして、フライパンでカリカリに焼きつつ、油を出す。そこにバターを入れて、牛乳と少しの砂糖と塩を入れた卵を投入。

 じゅわぁっといい音。

 僕は卵を数回くるっと回転させるように混ぜ、真ん中をふっくらさせておく。後はベーコンとチーズをたっぷりいれて、二つ折りにして、ふっくらさせればオムレツの出来上がり。ケチャップかけよう。

 後は小さいパンがあったので、真ん中に切れ目をいれて、レタスを入れてから、マヨネーズとボイルしたスイートコーンを和えて挟み込んで完成。

 最後に冷たいミルクをコップにいれて、と。


「はい、どうぞ」


 お皿一枚に全部乗せて僕は差し出す。

 ミリアは目をキラキラさせながら、両手でナイフとフォークを持った。

 すく、とオムレツを切り分ける。ふわっと湯気があがって、溶けたチーズが伸びてでてくる。


「うわ、すご……まずはこのオムレツから……あむ。おっふぉっ! 美味しいっ!」


 ミリアは驚きながら声を上げた。


「卵はふわふわ柔らか! ベーコンととろとろチーズ! たまらないよーっ!」


 しっかり堪能してから、次はパン。


「んっ! マヨネーズとコーンって、こんなに合うんだ! ぷちぷちって触感も面白い! 美味しい!」


 ミリアはあっという間に完食した。

 ここまで喜んでくれると、僕としても嬉しいな。


「ねぇ、ワタリ」

「はい?」

「他にも色々と作れるの?」

「とりあえず、お品書きにあるものなら作れます」


 お品書きは和洋中なんでもありだけど、全部レシピがデータに入っている。なんとかなると思う。味付けとかは違うだろうけど。


「だったらさ、だったらさ!」


 ミリアは前のめりになりながら訴えてくる。


「うちの店のシェフ、やってみない?」

「――……え?」


 シェフ? 僕が?


「いえ、しかし……あの、僕は」

「ワタリビトだなんて、誰にも言わなきゃ分からないって! ちゃんと服も支給するし!」

「はぁ……」


 そうは言われても躊躇してしまう。


「でも、料理名は同じでも、僕が知っているものとこの世界のものとは違う可能性もあります」

「あ、そこらへんは大丈夫」


 ミリアは鷹揚に手を振りながら、自前で淹れた紅茶を一口。


「だって、この世界の料理って、ほとんどがワタリビト伝来のものだから」

「そうなんですか?」

「特にチキュウってとこから来たワタリビトは数が多くてね、必然的にそのワタリビトの世界の料理が広まったの。それまでは、焼くとか煮るとかくらいしかしなかったからねー」

「なんでまた?」

「素材だけで美味しいからよ。肉は焼くだけで美味しいし、野菜も果物も、生で食べられるし、ステータスをアップさせるだけなら、手を加える間が惜しいからそのままでって文化があったのよ」


 ――なるほど、異文化だなぁ。

 僕は妙に納得しつつも、まだ不安材料はあった。


「食材とかも違うかもだし」

「それもワタリビトがぜーんぶ品種改良してくれたわ。ほぼチキュウ産よ。さすがに肉とかは違うけど、そっちでいうギュウニク? ブタニク、トリニクと同じものはあるし。同じ感覚で使えたでしょ?」

「確かに」


 たまたまの可能性を疑ったけど、どうやら違うらしい。でも、僕なんかが役に立つのだろうか。


「ということでお願い。本当に困ってるんだ。実はパパがシェフやってるんだけど、病気になっちゃって。私は料理できないし……だから、ね?」


 そう言われたら断れない。

 僕は、家事ロボットだ。誰かのために役立つロボットだ。


「そういうことなら……」

「それじゃあ早速お願いね! あと五分でオープンだから!」

「えっ」

「さぁ忙しくなるぞー!」


 え、あと、五分?

 ええ、心の準備とかそういうのはさせてもらいないのかな?

 はりきるミリアの背中を見つつ、僕は首を捻った。

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