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ハイスペックなアイツに勝つため、俺は王女の婚約者になる

 ああ神様。


 どうして俺を金髪青眼の美男子にして下さらなかったんですか?

 どうして俺の限界魔力量は平均値なんでしょう?

 運動神経もテストの点数も、二つも年下な『ヤツ』を超えられないのはなぜなんですか?

 ──せっかくファンタジーな異世界に転生させるなら、もっとハイスペックにしてくれたってよかったじゃねえかよおおおおおお!!!



 体が浮遊して、直後地面に背中から叩き落とされた。右手からガランと模擬戦の剣がころがり落ちる。ヴッとカエルが潰れたような声が吐き出されて、俺の視界は青一色になった。

 ああ、空はこんなに。

 青かったんだ、なぁ…………。


「カイト! 大丈夫か?」


 声がどこからか近づいてきて、ぬっ、と心配そうな顔が現れる。差し伸べられた手をぺしっと払って、俺は自力で起き上がった。


「ああ、その様子なら大丈夫そうだね。よかったよかった」


 振り払われた手をそのまま上にあげて、心底ホッとしたように『ヤツ』は小さなため息をつく。その後ろでひとつに結わえられているサラッサラの金髪が、不意に吹いた風でわずかに揺れた。


「ったく……ちったぁ手加減しろよ『白馬の貴公子』さんよ」

「そのあだ名はよしてくれと言っているだろう。私が男だと勘違い・・・されては困る。このアイリス・ガーネット、一応外では『公爵令嬢』を名乗っているのでな」


 両手を広げて、肩を竦めて……キザったらしいその仕草を嫌味なくこなしながら、『ヤツ』はそこに佇んでいる。

 

 そう。もうお分かりだろう。

 たった今、俺を剣技で吹き飛ばしたコイツ。

 俺が逆立ちしたってかなわない、剣も頭脳も顔の造形までも完璧な『ヤツ』は、れっきとした、このフォルセティ王国の公爵令嬢なのである。

 大事なことなので二度言っておく。令息ではない。令嬢、なのである。


「スラックス履いて登校するわ、訓練に飛び入り参加して男をバッタバッタなぎ倒していくわの、いったいどこが女らしいんだよ」

「それはまあ。ほら、この美貌とか?」

「自分で言うなクソが」


 アイリス・ガーネット。

 貴族の息子娘達が集うこのリノール学園にて、数多の女性から『白馬の貴公子』の名を欲しいままにする公爵令嬢だ。

 彼女は将来、有史以来はじめての女騎士団長になることを目指しているらしい。成績優秀、スポーツ万能、魔術や剣技においても右に出るものはいない。おまけに端正なルックスときて、とにかくそのハイスペックぶりには、誰にも歯が立たないことで有名だ。


 翻って、俺。

 我が実家、マッカートニー家は平凡を地でいくふつーの子爵家である。この国では珍しくもない茶髪、そしてこげ茶の目。せめてポールという名前でも貰っておけば良かったが、あいにく歌も上手くない俺では名前負けが必然だ。


 なんで俺がアイリスじゃねえんだよ、ちくしょう! と、いったい何度悪態をついたことか分からない。いや、TSしたかったとかいうわけではなく、「どうしてチートで生まれてこなかったのか」という話なのだ。前世で読んだラノベのような、劇的なヒーロー……ないしヒロイン。せっかく異世界に転生するのなら、アイリスのような全てにおいて恵まれたヤツに生まれたかった。今さら悔しがったところで、やり直しができるわけでもないが。

 俺はパタパタと自分の衣服の土を払って地面に落ちた剣を拾い上げた。


「ところでカイト、今日は君に大切な話があったんだ」

「うわ嫌な予感」


 こういう時のニンマリ彼女が、悪巧みをしていなかったことなんて一回もない。


「カイトが絶対に興味を持ちそうなニュースを父上から極秘で入手してね。これはもう、君に言わなくてはと思って」

「それ俺が聞いちゃダメなやつだろ」

「大丈夫、気にするな」


 気にするし。お前こそ機密情報の取り扱いを気にしろよ。

 いつものことながら、俺の話を聞く気は全くないようだ。俺は半ば自暴自棄な気持ちになった。勝手にしてくれ。

 アイリスは優雅にパチリと指を鳴らして、どこからともなく現れた浮遊する羊皮紙を引き寄せる。


「この度、君が密かに片思いしているマリー王女がついに婚約される運びとなった」

「うぇぇぇっ!?」


 ちょっと待て、今なんて言った。俺は思わず摑みかかる勢いでアイリスの口を塞ぎにかかった。


「んんんむぐっ……はあ、離せよ。まだ話は始まったばかりだぞ」

「おおおお前、そんな大声で、ヘンなこと言うなバカヤロウ!」

「ここは明日にでも公表される内容だから差し支えないだろう? さて、君の想い人が婚約するという話だが」

「うるっせえ! 静かに! しろ!! 誰かに聞かれたらどうするんだ!」


 アイリスにとってはただのいとこでクラスメイトの話かもしれないが、俺にとっては敬意を払う対象、ただそれだけだ。それ以上でも以下でもあってはならない。


「なんでお前が、お、俺のその……それを」

「見ていればわかるだろう、普通に」


 しれっといってのける。デリカシーがないというのはまさしくコイツのことを言うんだろう。

 遠目から見ただけの、ふわり、と笑う王女殿下の顔を鮮明に思い出す。まるで花畑にいるような、可憐な笑顔。美しいプラチナブロンドの髪を結いあげて、優雅に微笑んだ壁画のような完璧な佇まい。

 ショックじゃない、と言えば嘘になるが……。

 俺は頭をブンブンと振って幻想を追いやった。


「……ハナっから身分違いなんだから、俺がどうこう思うことすらおこがましいだろ。来るべき時が来ただけだ」

「ふむ、まあそれはそうだが。しかし我が国は比較的身分差には寛容だと思うけれどね。ほら生徒なら誰でも平等かつ対等に扱われるこの学校に、王女が在籍しているくらいだし? 現に身分差がある君と私も、ここではただの友人の間柄じゃないか」

「だからといって降嫁先に子爵はない」


 絶対ない。断言できる。あと別にお前と友人になった記憶もない。いつも勝手に絡まれているだけだ。


「まあまあ、ここまでは前座。ここからがお待ちかねのいいニュースだよ。読んでみたまえ」


 どうせロクなことじゃねえ。

 気が進まないながら、俺はトントンと指し示された場所を目で追った。

 

『フォルセティ王家は、王女マリー・シルビア・フォルセティの婚約者を、貴族から平民に至るまでの成人男子全てを対象として広く公募し選抜すると発表する』


「……なん、だって」

「ほら、いいニュースだろう?」


 頭が真っ白になった。アイリスの声も、そのほかの喧騒も、突然消えたように何も聞こえなくなった。心臓がどくどくと早鐘を打つ。

 『公募』の二文字にではない。その後に綴られた文章が、やけにくっきりと浮かび上がって見えたからだ。

 

 ああそうだ、確かにいいニュースだった。


『この中に「前世」として異界の記憶を持ったまま生まれ出でた者がおり、その叡智がフォルセティを救うと神託があった。王家はその啓示を元に、さまざまな選抜試験を行いながら身元と身辺の調査を進める』


 これは。これはもしかして。いや。もしかしなくても?


 俺の、ことじゃないか……?


 ハタチで死んだ前世の記憶のことは、今の家族にさえ話したことがない、俺の超重要秘密事項だ。そしてこれまで、さまざまな文献を漁り、さらに身近な人物の調査をした中には、俺と同じような転生者は他に存在しないようだった。

 

 そう、だからこれは、もしかすると。ホンモノの神託、だったりするのかもしれなくも、ないかも。しれない。

 だとしたら?

 唐突ににやにやと、だらしなく口元が緩むのを自覚した。


 ああ神様。

 俺の平凡転生は、この時のためにあったのですね!!!


 ハイスペックには生まれなかった。顔も平々凡々だし頭だって大したことないし、とにかく今目の前にいるコイツに比べれば何一つ取り柄はない。

 だがしかし。今決定したのだ。

 この国の伝説になるのは他の誰でもない、カイト・マッカートニー……この俺だ。


「おーい、いつも以上に気持ち悪い顔になったが大丈夫か?」

「ハッ。言っとけ。俺は今最高に気分が良くなった!」


 俺はアイリスに背を向けた。やることが山ほど目の前に現れたからだ。急に視界がひらけた気がした。俺に怖いものは何もない。「転生」という誰にも真似できない生まれ持った才能で、美しい姫を手に入れて、この国の頂点に立つ。

 そして必ず、ハイスペックなコイツを見返して高らかに笑い飛ばしてやるのだ!!


「勢い込むのは結構だが、今の君で本当にフィアンセ候補になれると信じているのかね? だとしたら相当なアホウだが」


 背後で聞こえたアイリスの呆れ声に、ピタリと足を止めざるを得なかった。

 

「言うじゃねえか。だが──」

「ここだけの話だが、王女殿下は私に絶大なる信頼をお寄せでね。この度の選抜試験、まずは私、アイリス・ガーネットの前回試験数値を元に比較されることになっているんだよ。どんな突出したアドバンテージを持とうとも、これくらいの基礎を持つものでなければ王女の伴侶など務まるわけもないからね。つまり、私に全種目で勝たないと君の未来はないというわけだ」

「なん、だと」


 ブリキ人形もびっくりのぎこちなさで、俺は彼女を振り返る。

 そこには悪魔もかくやとばかりに口の端をつり上げて目を細める、俺の天敵の姿があった。


「自分の真実の望みに気づかないとは、全く見上げたアホウだよ……さて、本来ならば贔屓はよろしくないが、これも友人のよしみだ、お望みならば直々に特訓してあげようじゃないか。代償はそうだな、全ての授業終了後に私と一日デートするだけでいい。さあ、どうだい?」

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