表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/27

謎と七不思議のせいで平穏に過ごせない

「ねえねえ、七不思議って信じてる?」


 放課後の生徒会室。うずくまる僕に宗と名乗る小柄な少女が、外から聞こえる喧騒の中そう言った。


「ちょっとちょっと無視しないでください。こんなかわいい女の子が話しかけているのですよ。もしかして異性には興味ないという残念仕様!?」

「七不思議ぐらい知っている。それに異性に興味はあるから」


 うちの学校七不思議という怪奇譚がある。トイレに現れる謎の女子生徒『トイレの花子さん』、誰もいないはずの教室にいる『学校の座敷童』。そんなとりとめのない噂話だ。

 けどそんなことどうだっていい。


 たった今、女子生徒が飛び降りたのだ。


 僕の周りでは大なり小なり何かしら事件が起きる。

 どうして人は騒動や事件を起こしたがるのか。そのたびに僕の嫌な部分が浮き出てくる。

 謎を解きたいという衝動が。


 僕は平穏を渇望したい。


「さっき飛び降りた女子のことで悩んでいるのですか? 大丈夫、死んでませんから」


 彼女の小さな手が僕の顔を持ち上げ、窓の外を見ずに天使のような笑顔で伝えた。

 ここは三階、女子生徒はそれより上から落ちた。助かる見込みは少ない。

 なぜ死んでないと断言できるのか。


「なぜそう言い切れるって顔してますね。その謎の理由はですね――」


***


「柳君は七不思議を信じてる?」


 あの日と同じく青々しい空が残る放課後、各部が文化祭で出す広告の認可印を押していると神崎生徒会長が宗と同じ台詞を放った。


「突然なんですか会長」

「きっと告白ですよ。遠回しに柳君に惚れてしまったのは妖怪のせいなのねそうなのね的なあれです」


 隣にいた宗がテーブルから身を乗り出してふざけた調子でからかう。あの放課後以降宗は僕につきまとっている。大人しくしてれば小柄な外見と童顔が相まって美少女のくせに、口を開けば壊れたラジオのようにガーガーと。

 会長がドアの近くの席に座ると、せっかくだから手伝ってもらおうと書類の一部、その上にハンコを置いた。


「もしかしてあの事件の噂ですか。飛び降りたのは七不思議のせいだとか」


 数日前、女子生徒が放課後屋上から飛び降りた。幸いにも騒ぎを聞きつけてクッションを用意できたため彼女は無事だったそうだ。

 だがそれで話は終わらない。生徒の間ではどうして屋上に行ったのか憶測が飛び交い、その中に『つきおとし』という七不思議が女子生徒を誘って殺そうとしたのではないかと持ちきりだ。


「その飛び降りた女子生徒私の知り合いなの。面会謝絶状態なのをいいことに、七不思議のせいとか、自殺やいじめが原因と勝手に噂しているのが許せない」


 根も葉もない噂に対する怒りを表すかのように、会長は左の拳を叩きつけた。


「まったく妖怪のせいだなんて噂もたいがいにしてほしいものです。まあ確かに不可解な点が多いですよね。私が気になったのは先生方が近づいたとき「まだだめ」と言ったことですかね」


 散々聞く耳を持たなかったこいつの発言に初めて興味が湧いた。

 屋上から飛び降りようとする状況で「まだだめ」は不自然だ。「来ないで」の方が筋が通る。しかしこれだけでは彼女が飛び降りる動機が見えてこない。


「それに、彼女がそんなこと考えるなんてありえないもの」

「どういう根拠で?」

「事件のその日のお昼休みに、晩ご飯の話をしていた」


 は? いやいや。根拠薄いでしょそれ。


「それだけではその線を否定する理由にはならないですよ」

「なりえますよ! 私だって、大好物のつぶあんぱんが明日も購買に残ってるか毎日不安で。明日の食事の心配する人が自殺なんてしません」


 ビシッと決め台詞のように僕に指を指すが、さっさとマナーの悪い指を叩き落とす。手元の書類がなくなると、カバンを手に取る。


「すみませんが僕はこれで失礼を」

「柳さん帰るんですか!? 悩める生徒を助けるという生徒会会則に反しますよ!」


 宗のやつ、生徒会の役員でもないくせにいつの間に会則なんて分厚いだけで読み応えのないものを……

 生徒会には、『生徒会役員は学年、性別問わず対等な姿勢で生徒の相談に必ず協力してのるようにする』という条項がある。会長も学校の生徒、つまり相談相手となる。


 どうしてこんな会則ができたのか知らないが、僕の学校生活にそんなもの興味ない。

 学校生活を青春やら、恋愛やら、七不思議やら、部活やらに精を出したり僻んだりするなど精神と肉体の摩耗でしかない。疲れる生き方を今してどうするというのか。

 僕は平穏を求めている。

 会則に縛られない。

 だから騒動や相談事を持ち込むことなどもってのほかである。


「どうしても、だめ?」


 会長の左手が僕のブレザーを引いた。子猫がしゅんと縮こまるような顔に揺さぶられかけた。

 すみません会長。でも好奇心は猫を殺す。余計な詮索をして平穏を壊すことはしたくないんです。それで取り返しのつかない失敗をしたのだから。

 脇をすり抜けて、生徒会室の扉に手をかけた。

 ドアが開かなかった。


「柳君どうしたの?」

「鍵がかかっている。開けれるには開けれるが」

「用務員さんが閉めたんじゃ」

「まだ戸締りする時間じゃないですし、人の足音も聞こえませんでした」


 鍵は僕が持っているから用務員以外は閉めれない。そして僕が入ったときには何もなかった。

 鍵が音もなく勝手に閉まった。


「誰がこんなことを」

「会長ですよね。鍵を閉めたのは」


 会長は急に押し黙った。


「会長、ずっと右手出していないですよね。僕が紙とハンコを渡した後も触ろうとしなかった。スカートのポケットに入っているもの、おそらく鍵を閉めるのに使う紐か何かで手がふさがっていた……では?」


 口を開けながら会長の額から一筋の汗が流れ出る。完全に見抜かれてしまった犯人の姿をこれでもかと現している。


「おお~、なるほど。ミステリーの定番ですね。鍵を持っているのは本人だけの密室トリック……まさかこれは柳さんが会長に殺される展開なのでは!? させません。させませんよ!!」


 ひとり盛り上がっている宗を置いといて。会長は観念したようにゆっくりと右手からセロテープのついたビニール紐を取り出し、小さくため息をついた。


「さすが柳君、すぐに見破られた」

「鍵が閉まる音がしなかったのは、机を叩いた時にごまかしたと推測します。ただ閉じ込めるのは目的でない、鍵を閉める動機は――」

「他言無用と念を押されたの。今回の件私の個人的なことだけでなく、応援部の部長さんからの依頼でもあるから。他の役員の人には入ってほしくなくて」


 応援部部長富田林先輩。僕とは違い、頭からつま先まで青春に精を出していると体から自己主張している人だ。応援部が学校の祭事の花形とあり、顔や名前はよく覚えていた。富田林先輩と彼女がどのような関係か不明だが、新任生徒会長がカースト上位の頼みを無碍に断ることはできなかっただろう。

 だから中学からの同級生である僕に話を持ってきたのだろう。僕を試す形で。でなければこんな手の込んだことはしない。


「会長、庶務の僕には荷が重すぎますし、生徒会の役目でもない。警察や教育委員会の領分です。いずれ、彼女が真実を話してくれるのを待てば」

「噂はね、早々に消さないとそれが真実に取って代わられる。真相がわからないまま平穏に過ごせれる? 私にはできない」


 彼女の問いに、僕は迷った。真実の敵は噂、真実を知らない者たちの噂が蔓延すれば人生さえ狂わせてしまう。それが平穏であるのかと問われている。

 そして止めと言わんばかりに宗の蔑む視線が突き刺さってくる。


「どうするのですか? もう面倒だから七不思議のせいにするですか? そしたら生徒会と発言者である柳さんの評判ガタ下がりで、生徒会の柳はなんて薄情者なんだって評判が立っちゃいますよ~」


 いつの間にか後ろに回り込りこんだ宗が後ろ髪を引かれる言葉を耳打ちした。一生徒会の庶務と花形の部長では発言力は段違いだ。もし僕が薄情者などという話が流れたら、僕の平穏なる学校生活が完全に遠のいてしまう。

 だが宗よ。こういう場合、いいアイデアを献上するとかじゃないのか?


「分かりました。僕も手伝いましょう」


 本当は受けたくはない。だがもうここまで来たら引き受けるしかない。たった数日平穏がつぶれるより、恒久の平穏が潰されるのは勘弁ならない。まあ、隣のやつが逃してくれそうにないのが原因でもあるが。

 すると、会長が手を握り締めて輝かせた顔を近づけて綻ぶ。


「柳君ありがとう。私も情報を集めてみるから」


 会長が握り締めた手を離すと、深々と綺麗な九十度の礼して生徒会室から去る。間際に僕は訊ねた。


「先輩は七不思議はあると思いますか?」

「私は噂は信じないたちだから」


 と言い残して帰っていった。宗は温泉の女将さんのように宗は三つ指ついて「どうもお疲れさまでした。ご一緒に頑張りましょう~」と深々と礼をしてお見送りする。

 急に疲労感に襲われて、机に突っ伏す。


「改めて聞くけど、本当に七不思議のせいじゃないんだろうな」


 僕の言葉が気に障ったのか、宗はぶぅっと風船のように膨れながら浮遊した。


「まだ信じていないんですか! 『つきおとし』なんていないですよ。この七不思議の一つ、学校の座敷童による死者はでない能力がある限りそんなこと起きませんから!」

 

 自称『幸運の座敷童』と名乗る宗は自信満々に胸を張って豪語する。

 まったくこんなうるさいのが僕にだけしか見えないだなんて、不幸の何物でもない。


 僕の平穏はまだ遠いようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第七回書き出し祭り 第二会場の投票はこちらから ▼▼▼  
表紙絵
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ