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風読み乙女と海賊騎士

 小さな丸窓から外を眺める。水平線に向かってかもめが飛んでいるのが見える。


「アマリア様、殿下のご慈悲に感謝するように。きちんと改心しましたら、本土に帰れるかと思いますので」


 嫌みったらしい船長の言葉を、アマリアは右から左に受け流しながら、これから向かう島について思いを馳せていた。

 ここは護送船の中であり、彼女のような「問題のある貴族令嬢」を送り届けるのが彼らの役目だった。この船が向かうのはラ・カルセル。別名「乙女の監獄」とも呼ばれる、孤島に存在する尼寺だ。

 問題のある令嬢が問題なしと判断されるまでの間、そこで再教育という名の洗脳を施されるのかと思うとぞっとする。

 なにもかも取り上げられた上に、頭の中までいいように漂白されて、都合のいいように書き換えられて、ただ神を称える言葉と歌だけで満たされるのかと思ったら、それは不幸としか言いようがなかった。

 しかし、残念ながら屈強な水夫が占めるこの船から脱出することは不可能。これから尼寺に入れられるために、今まで着ていたコルセットで締め付けるようなドレスから、簡素なワンピース姿になっているとはいえど、本土まで泳いで逃げることは無理に思えた。

 もしいかだでもあったのなら、きっと逃げ出すことができるのに。もし水夫がいなかったなら、なんとかなるかもしれないのに。

 アマリアはきゅっと自分の手を握った。

 自分は間違ったことはしてはいない。婚約を破棄されるのは仕方がないとしても、自分で考えることは間違っているのか、人と違う思想を持つことすら許されてはいないのか。

 自分から、これ以上なにを奪おうというのか──……。

 いっそ舌を噛んで死んでしまったほうが、自分の矜持は保てるんだろうか。

 そこまで考えたとき、どっと水夫たちの声が荒くなったのが耳に入った。


「なんなんだお前たちは!」


 怒声と共に、なにかが割れる音が響いた。続いて悲鳴。歓声。


「……アマリア様、ここから出てはいけませんよ。おい、いったいなにがあった……!」


 船長はそのまま廊下に出た。親切にも外から鍵がかけられてしまい、どの道アマリアは逃げ出すことは叶わなかった。それにしても。アマリアはドアに耳をくっつける。

 さっきから廊下の様子がおかしい。怒号や悲鳴が聞こえる。なにかあったんだろうか。そう訝しがっているとき。

 丸窓から、黒煙が立ち昇っているのが見えた。


「え……」


 丸窓は窓縁が嵌め込まれているだけで、開けて身を乗り出すことすらできない。

 かろうじて見える光景で、アマリアは現状を察した。

 ……この船は、海賊船に襲撃されているんだ。アマリアはおろおろしそうになるのを堪えながら、この部屋の調度品を見回した。

 ここには貴族令嬢が使うような鏡台も勉強机もなく、せいぜい横になるとギシギシと音を立てる船乗り用のベッドに、さっきまでアマリアが座っていた固い椅子しかない。どうする。どうする。ふと大きな水音が響いたことで、もう一度アマリアは窓の外を見て、息を飲んだ。

 次から次へと、水夫が海に投げ捨てられていくのだ。いくら屈強な水夫とはいえども、ラ・カルセルからも本土からも遠いこんな場所に落とされたら、いったいいつまでもつのかわかりゃしない。

 考えている余裕はないと、アマリアは必死でベッドを押した。

 今まで本ばかり読んできた彼女にとって、ベッドを動かしてドアを塞ぐという、たったそれだけのことでも重労働だったのだ。


****


「そぉーれ! 最後のひとりだ!」


 最後のひとりも海に投げ落とされ、ついでに樽も何個か海へと落とされる。

 あまり軽いと船は波で簡単に傾くが、あまり重いと船は浮かない。この船は貴族の護送船なのか、どうにも置いてあるものが無茶苦茶だった。

 いったいどうしてこんなに服が必要なのか。いったいどうして調度品が必要以上にごてごてしているのか。

 フランシスは部下たちが船乗りたちを全員落としたのを確認してから、ようやく船へと乗り込んだ。

 襲撃したのは他でもない。自分たちの乗っていた船が沈みかけていたからだ。残念ながらフランシスの船には船大工はいても、荒波の航海に耐え抜いてあちこちとボロが出ていた船を修繕する術は持っていなかった。だから、無事な船を強奪して乗り換えるのだ。

 沈みかけた船から次から次へと積み荷が移動される。食料、灯り用の油、酒。酒。酒。最後の荷を船に乗せ替えたところで、今まで乗っていた船が沈みかけた。


「錨を外せぇー、そのまま出向!」

「へい、船長!」


 最後に今まで乗っていた船に、皆が礼をする中、パタパタと「船長!」と声をかけてきた。


「どうした、まだ昼飯には早いだろうが」


 下働きのトッドにどやしつけると「おいらはいつも腹ぺこですぜ」と抗議をされた。


「積み荷を部屋にしまおうとしたんですけどねえ、ひとつの部屋が開かないんですよ」

「そんなもん斧でも持ってきて壊せばいいだろ、楽な仕事じゃねえか」

「いや、それが。中に女の子がいるみたいで」

「……はあ?」


 フランシスは思い返した。

 護送船に乗っていたのは、船乗りたちを除けば、やたらとふんぞり返った貴族ばかりだった。皆海に叩き落とせば同じだったが。


「どうして女だとわかるんだ?」

「おいら、鼻がいいんですよ、船長。男が部屋に閉じ込められて、あんなにいい匂いがするもんかい」

「なるほど……」


 トッドに案内され、フランシスは斧を持って問題の部屋へと向かった。既に船乗りたちがドアを思いっきり蹴破ってはいるものの、調度品が邪魔をして、ドアを完全に壊すまでには至らない。


「おい、どけ。ドアを壊すぞ」

「船長!」

「な、なにをするんですか!!」


 返ってきた声に、フランシスは目を向けた。

 壊れたドアは、かろうじてくっついている。その向こうにはベッドに椅子。その椅子に座っていたのは、黒髪の少女だった。船から落とした貴族たちは、ずいぶんと豪奢な格好をしていたというのに、彼女の着ている服は下働きの娘よりはいいものだが、貴族のドレスとは程遠い。まるで尼のような簡素なワンピースであった。


「なんだ、こんなところにいたのか、お姫様?」


 フランシスが笑った途端に、彼女は顔を引きつらせた。


「好きでいたわけではありません。閉じ込められていたので、逃げられなかっただけです」

「そうかい。でもなあ、こっちにも重量制限ってもんがあるんだよ。可哀想だが、船を降りてもらうぞ」

「……降ろしてくれるんですか?」

「なんだ、ここに閉じ込められるよりは船から降りたほうがマシか」


 フランシスは耳に指を突っ込みながら聞くと、彼女は小さく頷いた。


「……私は祖国には帰れませんから」

「ほう、なにやった?」


 興味本位で聞いたところで、彼女は視線をさまよわせた。

 とぼけたのか。そう一瞬思ったものの、彼女は宙の一点を見つめて、顔をだんだんと険しくさせていく。


「あのう、この船。右方向に移動できませんか?」

「指示するのは俺だが」

「なら船長さん、お願いです。船を右方向に移動させてください! 高波が来ます!」


 彼女が必死で訴える。


「なんですかい、この女。おかしなことを言い出して」


 普通は彼女が突然言い出したことを、訳がわからないと一蹴するが。フランシスは彼女みたいに宙の一点を見つめる動作に覚えがあった。


「なんだ、お前。精霊使いか」


 途端に周りはどよめいた。

 今は航海で富を得ようと、いろんなものたちが大海原に漕ぎ出ていたが、問題があった。

 船はつくれても、波を読める魔女たちは、時代と共に姿を消してしまった。星占術に長けた者たちはいたが、一度に占えるものはひとつだけであり、海では波と風を同時に読むことができなければ、嵐で船は沈み、津波で船は流される。海の藻屑に消えてしまった者たちは数多くいる。

 そんな中で重宝されてきたのは、つい最近まで迫害されてきた、精霊使いであった。精霊と対話をすることで風を読み、波を読み、船旅を有利に進めるということで、どの国でも精霊使いには爵位を与えられて手篤く保護されているはずなのだが……。

 フランシスの考えは、少女の「……はい」という声により、霧散した。


「……重量の問題はあとで考える。船員に伝令だ。船を面舵いっぱいに切れ」

「はいっ!」


 船乗りたちはバタバタ走って行く中、フランシスは「さて」と言う。


「お姫様、さっさとその調度品をどけろ。さもなくば斧でこの部屋を叩き壊すぞ」

「……わかりました。ですが、私はお姫様では……もう、ありません」


 やはり爵位のある家系だったのか、とフランシスは思いながら、彼女がきゅっとワンピースの裾を掴むのを眺めていた。


「じゃあなんと呼べばいい?」

「私を、船から降ろさないのですか?」

「精霊使いをわざわざ逃がす手はねえだろ。名前は?」

「……アマリア。ただの、アマリア。です」

「そうかい」


 丸窓からは、波しぶきが叩き付けるのが見える。

 あと少し、面舵に切るのが遅れていれば、船は転覆していただろう。

 この訳ありの姫をどう使うのか考えながら、フランシスは口元をニヤリと持ち上げた。

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