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フラレタリウム

作者: 柿原 凛

 黒。一枚の黒い折り紙を目の前にしているような、そんな世界に、僕はぽつんと浮かんでいる。しかし、ひとたび砲台のようなあの機械が作動すると、僕の周囲はたちまち目を覚ましたように輝き出し、楕円形に並ぶ客席をうっすらと映し出す。開演時間である。

 数年前、僕はこのプラネタリウムのただのひとりの客だった。はじめてできた彼女を連れて。あれは確か初めてのデートだったように思う。正面で面と向かって話せなくて、暗い場所で隣同士になれば場が持つと思って誘い出したのを覚えている。その時の彼女とはもう別れてしまったが、今はもう良い思い出である。

 このプラネタリウムは特別なプラネタリウムで、振られたら星になることができる。開業当時、このプラネタリウムには星が数個しかなかったという噂がある。そして、このプラネタリウムを訪れたカップルが別れると、別れを切り出されたほうが星となってこのプラネタリウムの一部になってしまうのである。僕もその一人だった。結局、恋愛経験の少ない僕は彼女を満足させてあげられず、このプラネタリウムの宇宙の一部となって、今は夏の星座としてぶら下がっている。

 ある時、見覚えのあるカップルが席に座っているのを発見した。元カノと新しい彼氏さんだった。星になった僕は、プラネタリウムで元カノとその彼氏を見下ろしていたのだ。

 元カノの様子はとても落ち着いていて、二人共安心しきっているように見える。僕みたいにガチガチに緊張して汗を何倍もかいて落ち着きがなかったのとは大違いだ。僕よりずっと良い人を見つけたんだね。おめでとう。開演のブザーとともに、また黒い折り紙が上から降ってくるみたいに観客を包み込んだ。

 夏の大三角形の説明に差し掛かった時、僕は光を受けた。その途端、元カノと目があってしまった。もちろん僕はただの星になってしまっているから彼女は気付いていないだろう。何の気なしに、僕の存在なんか1ミリも感じることなく、彼女はそのまま次の星に目線を移した。

 人は二度死ぬとはよく言ったものだ。死んだときと、忘れられたとき。元カノにとっては僕はもう過去の人であり、僕は一度目の死を迎えたのだ。そして星となった今、僕は人間としての生命という意味ではもうすでに死を迎えている。僕は完全に死んだのだ。

 そして、プラネタリウムは朝を迎えた。朝日とともに、星はその姿を薄く消していく。次の開演まで、星としての僕はまたも死を迎えるのである。閉園とともに颯爽と消えていく元カノを、薄れていく視界の中でぼんやりと見つめていた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白い作品ですね。 彼女が新しい彼氏に振られて横に並ぶのかという予想は外れました。 ですが、2度死ぬの話が出て来たとき、この流れの終わりで良いのだと思います。
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