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第九十四話 「窮地」

 森の小道を歩いていると、途中でデルターは立ち止まった。

「どうしたんです、デルターさん?」

 ランスが尋ねてくる。

「ランス、お前はここに残っていてくれ。念のためにな」

「デルターさんがそう言うのなら残りましょう」

 彼はどこか不満気だったが、デルターの頼みを承知してくれた。

 ランスもいろいろ場数を踏んでは来たが、今回ばかりは悪い予感がする。

 それにデルターはなるべくならランスの手も汚したくないと感じていたし死なせるわけにもいかないと考えていた。

「幸運を」

 ランスはそう言うと木の後ろに身を隠した。

「ニャー」

 先を行くペケさんが振り返る。キンジソウも同様だ。

「ランスは置いてく」

「それが賢明だろうな」

 ペケさんに先導させ先を急ぐ。この小道はどれだけ続いているのか。鴉団の連中はまだいるのか。

「ニャー」

 ペケさんが鳴いた。

 何故かは分からなかったが、次の瞬間、自分の迂闊を呪った。

 足が引っ掛かり、上から網が下りてきた。それと同時に鳴る甲高い鈴の音色。

「ちっ、デルター」

 キンジソウが網を破こうとした。

「誰か引っかかったぞ!」

 小道の先から声がした。

「キンジソウ、俺のことは良い、後を頼む」

 網は鉄線でキンジソウのナイフでは切れなかった。

「分かった」

 キンジソウは森の中へと姿を隠した。

 程なくして五人程の男達が現れた。

「おうおう、丸々太った豚が引っかかったか」

 そして一人がピストルを向ける。デルターは銃口を睨みつつ言った。

「お前達が鴉団か?」

「その通り。俺達が鴉団だ。動くなよ。妙な真似をしたら、身体に穴が開くぜ。武器を捨てな」

 デルターはピストルと、ナイフ、そして棍棒を置いた。

「武器はこれで全部だ」

「よし、おかしな真似するなよ」

 四人の男達が歩み寄り、デルターから網を取った。相変わらず一人が銃口を向けている。

 一人が武器を回収した。

「棍棒のつもりか? 時代遅れな武器を使ってるな、ハゲ」

「良いからさっさとお前達のアジトへ案内しろ」

 デルターが言うと盗賊達はデルターの両手首をまとめてしばって、歩くように促し、彼を連行して行った。



 二



 盗賊達は全部で三十人ほどいた。

 全員が、薄ら笑いを浮かべてデルターを囲んでいた。

「おい、ハゲ。お前道にでも迷ったのか?」

 デルターは応じた。

「盗んだものを返してもらうついでに、お前達をとっ捕まえにきたのさ」

 すると、デルターの棍棒を持った一人が近付きデルターの右肩を思いきり叩いた。

「つっ!?」

「勇敢だな」

 一人の盗賊が言った。デルターは勘だがこいつがここの頭目だと思った。

 だが、デルターの神経は手首を縛る縄にあった。ボロボロで縛りも緩い。これならもしかすれば自力で破れるかもしれない。

「援軍は呼んだのか?」

 その問いにデルターは応じなかった。

「まぁ、良い。とっととコイツを始末してずらかるぞ、オメェら」

 賊の一人がピストルを向けた時だった。

「ニャー」

 黒猫が茂みから現れ、ヨチヨチとこちらへ近付いてきた。

 紛れもなくペケさんだった。

「何だ、こんなところに野良猫か」

 その一瞬だった。

 六発の凄まじい連射が賊を六人貫いた。

「何だ!?」

 そう叫んだのは棍棒を持った男だった。デルターはここぞとばかりに全身全霊を込めて縄を引き千切った。

「あ!」

 棍棒の賊が間抜けな声を出す。

「これは返してもらうぜ!」

 デルターは素早く背を入れると背負い投げで相手を倒し、棍棒を奪い取った。

 そして襲い掛かった。

 浮足立っている今がチャンスだった。

 一人の側頭部を棍棒で殴り飛ばし、もう一人、また一人と打ち倒して行く。

「ハゲ野郎!」

 銃口が向けられるがその前に賊の額を銃弾が通過していった。

 キンジソウが茂みから飛び出し、またもや華麗な六連発を命中させ賊を斃した。

「逃げろ! 逃げろ!」

 泡を食った賊達が逃走し始める。

「デルターさん、援軍を連れてきました!」

 そこへランスが大勢を率いて現れた。

 それは町のハゲ達だった。

「ハゲの旦那を助けろ!」

 ハゲ達が銃を構える。

「いかん、上へ向けて撃て!」

 デルターは怒鳴った。

 ハゲ達は言われた通り銃口を上に向けて撃った。

 凄まじい音だった。

 逃走しようとしていた賊達が尻もちをつく。

「それ、捕まえろ!」

 保安官が命じ、戦意を亡くした賊にハゲ達が掴みかかり組み倒す。

 だが、それで終わりでは無かった。

 デルターが振り返ると、賊の頭目が腰に収めたピストルに手を伸ばしたまま硬直していた。

 見ればキンジソウも同じ構えだった。

 両者は向かい合っていた。

 少しずつ場が静かになる。捕縛された賊達も捕縛していたハゲ達も二人に注目している。

 漂う異質な緊迫感の中、両者はほぼ同時にピストルを抜いていた。

 銃声が一発、誤差は一秒も無かった。もう一発が轟く。

 キンジソウは動かなかった。

「くっ」

 賊が膝をつき倒れた。

「ビーズル!」

 賊が声を上げた。

 なるほど、こいつが街道の哀れな商人の言っていた射撃の名手か。

 保安官が駆け寄りビーズルの息を確認する。

「死んだ」

 そう言うと振り返った。

「さぁ、残りの奴らを連行しろ」

「ハゲの旦那、後は俺達に任せて、旅の方を楽しんでくだせぇ」

「ハゲの旦那にもう一度会えて良かったぜ」

「すまねぇな、お前ら」

 デルターが応じると保安官とハゲ達は賊を連行し森の小道へ姿を消した。

「キンジソウ、大丈夫だったか?」

 振り返るがその姿は無かった。

「今回の契約はこれで終わりということみたいですね」

 ランスが言った。

 程なくして小道を行き、待機していたヴェロニカと合流した。

「援軍が早くて助かった、礼を言うぜ、ヴェロニカ」

 するとヴェロニカはデルターに飛びついてきた。

 そして彼の胸に顔を埋めて行った。

「あなたが無事で本当に良かったわ。私の大切なおハゲちゃん」

「お前まで俺をハゲ呼ばわりか」

「だって、ハゲの旦那って呼ばれる度、あなためんどくさそうな顔していたけど、嬉しかったでしょ? そこのところはお見通しよ」

「やれやれ、参ったな」

 デルターは軽く笑う。

 ヴェロニカが離れた。

 ランスが後から小道から出て来た。

 盗まれた物は保安官とハゲ達が回収していった。それでも遅れて出て来たのは、自分達に気を遣ったのかもしれない。

「よし、旅の続きだ。時間をかけ過ぎた。今日は野宿になるぞ」

「町へ引き返さないんですか? みんな、歓迎してくれると思いますし、もしかしたら表彰されるかもしれませんよ」

 ハゲ達は好きだったが、表彰されるほどのことを自分はしていない。キンジソウとペケさん、そしてハゲ達の早い援軍が無ければ自分はこうして立っていられなかっただろう。

「良いんだ。そら、出発だ」

 デルターはそう言うと歩き出す。

 ヴェロニカが並んできた。

「まぁ、デルターさんがそう言うのなら」

 反対側にランスが追いついてきた。

 こうしてデルター達は再び旅に戻ったのであった。

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