第九十三話 「鴉団」
デルターは御機嫌だった。
何故なら、ハゲに救いの手が現れ、ハゲが積極的に受け入れられているという世間の状態に満足したからである。
太い木の棒をナイフで削りながら彼は今棍棒を作っている。
宿の軒先で腰を下ろし、時々押し掛けてくるハゲ旦那の像に感化された人々に御利益を与えながら、彼は新たな武器作りに励んでいた。
「デルターさん、だいぶ形になりましたね」
散歩というより歩く運動から戻ったランスが一時間ぶりに姿を現した。
「まぁな」
デルターが削っている部分は持ち手だった。握りしめてそろそろしっくりくる頃合いだった。慎重に慎重を重ねて仕上げてゆく。
「銃もナイフも持っているのに何故、今になって棍棒を?」
自分より年若い作家志望の元引きこもりが尋ねてくる。
「ランス、俺はな、できるだけ殺しはしたくないんだ。もう十分罪にならない罪を重ねてきた。今更だがな、銃は便利だし、正直得意だ。だが、こいつは人殺しの道具だ。そう、使った者に本当の意味での罪悪を覚えさせない卑劣な武器だ。例え、悪人でも傷つけば痛いし、死ぬときは死ぬ。どうせ重ねるならその罪を俺は直接触れてできるだけ背負って行きたい。そして将来、神官に復帰したらそいつらのために祈りたい」
「とは言ってもデルターさん、銃が無ければやられますよ。デルターさんも幾度も御経験があるからお分かりでしょうが、正義も悪魔も銃を持っている、銃社会です。銃が無ければとてもとても今までみたいに人助けなんてできっこありません」
ランスが諭すように熱弁した。無用に対立する必要も無い。この相棒は俺のことを思って言ってくれているんだ。
「そうだな、ランス。銃を捨てるのはまだ先になりそうだ」
デルターはそう言うと棍棒を握り絞めた。
「どんな具合ですか?」
ランスが尋ねてくる。
デルターは棍棒を振るった。風を孕む重い音色が木霊する。
「悪くはない。後はヤスリがけだな」
「私も久々に小説でも書いてみようかな」
ランスが言った。
「やりたいと思ったときにやっちまった方が良いぞ。ヴェロニカなんて、それでもう五時間以上部屋から出て来ない。論文か。医者ってのは大変だな」
「そうですね」
ランスは同情するように頷くと宿の中に入って行った。
デルターは平たいヤスリで不格好な持ち手を整え始める。
「平和ってのは良いもんだな」
晴天を見上げながら彼は言った。
二
だが、そんな平和も長くは続かなかった。
ハゲ旦那喫茶の者達に惜しまれながら王都へ旅立ったデルター達だったが、旅の途中、横転した荷馬車を見つけたのだった。
何かあったことは明白だ。
デルターは棍棒を握り絞めて、ヴェロニカとランスに待機をするように言うと荷馬車へ距離を縮めた。
商人風の男が腕を押さえている。
「おい、どうした?」
デルターが声を掛けると相手はギョッとして尻をつきながら後ずさった。
「俺は敵じゃない。デルターってもんだ」
「ああ、すみません」
「何があったんだ、話してみろ」
デルターが言うと相手は頷いた。
「実はあの悪名高い鴉団に追われていまして」
「鴉団?」
気付けばランスとヴェロニカも来ていた。
「王都を騒がせている盗賊団です。その鴉団に目を付けられて王都からの荷物を奪われてしまったのです」
「その鴉団はどの方角へ行った?」
「え?」
「俺が荷物を取り戻してやる」
「盗賊は二十人ほどでしたが、隻眼のビーズルと呼ばれる射撃が得意な者もいました。護衛が十人、ほら、そこの小道を鴉団の後を追って行きました。しばらくは銃声も聴こえていたんですが、あ!」
男が声を上げると、森の小道からハゲた旅姿風の男がよろめいて現れた。
「ゴンザレスさん! 大丈夫ですか?」
商人の男が声を上げると、相手は言った。
「全滅だ」
そう言うとゴンザレスは倒れた。地面に血が広がった。
「ヴェロニカ!」
デルターが言いヴェロニカが駆けつけるが、彼女は首を横に振った。
「あ、アンタ、ハゲ旦那の像にそっくりだな。せっかく、ハゲにも明るい未来が見えてきたってのに、俺はここまでか。次はもっと平和な仕事をやろうと思っていたのに」
ゴンザレスの目から光りが失われた。
「ゴンザレスさん、ゴンザレスさん!」
商人の男がその身を揺さぶったがゴンザレスは二度と目を覚ますことは無かった。
「こんなこと言うのもなんですが、盗まれた王都からの荷物には国王陛下の私物も含まれております。奴らが何処かへ姿を消す前に取り戻さないと」
十人の護衛がやられたか。念には念を入れて。
デルターは腰を上げると呼んだ。
「キンジソウ、いるんだろう?」
すると側の木が揺れ、呼んだ相手が姿を現した。
「話は聴いた。俺を雇うなら銀貨八枚だ」
「あなた、人が困ってるのよ?」
ヴェロニカが憤慨したがデルターは制すると言った。
「ずいぶん、安くなったな」
「お前の懐具合もそう良くは無さそうだからな。サービスだ」
「分かった。ヴェロニカは、そいつと町へ戻って保安官に伝えてくれ」
「何言ってるのデルター! 十人もの護衛の人達を殺したのよ。それをあなた達だけじゃ、死にに行くようなものよ!」
ヴェロニカはゴンザレスの私物から銃を取った。
デルターは血の気が失せるのを感じ、怒鳴っていた。
「駄目だヴェロニカ! お前は医者だ。人を助けることはあっても、人を殺すことなんてあっちゃならねぇ!」
ヴェロニカは強い眼光を向けていたがやがて頷いた。
「じゃあ、保安官を呼んで来るまで」
「鴉団が逃げちまうぞ?」
キンジソウがつまらなそうに言った。
「その通りだ。俺達で何とかする。だから、ヴェロニカ、できるだけ早く援軍を呼んできてくれ」
デルターが彼女の華奢な肩に手を置くと、ヴェロニカは頷いた。
「分かったわ。すぐに追いつくから」
ヴェロニカが言いデルターは頷いた。
「ニャー」
黒猫のペケさんが森の小道の前で一行を振り返った。
「行くぞ」
デルターは敵地へと足を踏み込んでいったのであった。




