第九十話 「王都への道」
雪が降ら無くなったとはいえ、街道は残雪に埋もれていた。
苦労しながら歩いて行くと、ベアーの町からの除雪隊と出会った。
彼らは歩き旅の自分達に驚いていた。そして短く言葉を交わして、デルター達は夕暮れ過ぎにベアーの町へ入ったのであった。
町もまた雪の名残がそこら中にあった。
ひとまずデルター達は宿を取り、そして一夜を過ごす。
起床後、食事を取ると一度解散となった。
ヴェロニカとランスを見送り、デルター自身も町を歩く。
ここにも銃砲店があった。
弾薬を揃えておくべきか。
だが、デルターはそう言う気分にはなれなかった。
銃を手放したいのか、そうじゃないのか自分にもよく分からなかった。だが、棒切れで狼を打った時の命を奪った罪深さこそが本来人が感じるべきものであると彼は思っていた。
ただ引き金を引いて遠くの敵を殺すのとは罪の意識が違うはずだ。
銃砲店の前で立ち尽くし、背を向けて再び細い道へ入って行く。
暗い路地裏だった。引き返そうと思った時、声が聴こえた。
「誰か、助けて!」
子供の声に思えた。ただふざけあっているような雰囲気ではない。
デルターは駆けた。
路地を曲がるとそこに人影があった。
こちらに背を向ける三人の大人の背と、正面を見ている少女と男の子の姿だった。
村を出る際に聴いた忠告を思い出す。王都は治安が悪いと。このベアーの町もその影響を受けているのかもしれない。
「あ、助けて! この人達、あたし達をさらおうとしているの!」
少女が声を上げた。
大人達がこちらを振り返る。
デルターは幾ばくかの緊張を覚え、腰のピストルに手を掛けたが、この位置では子供に当たる可能性もあったので手を引っ込めた。
大人は三人組の男だった。
「見つかっちまったか、口封じだ、殺すぞ!」
三人の男が腰からナイフを抜いた。
デルターは安堵していた。銃を使って来ないなら何とかなる。
「今のうちに逃げろ!」
デルターが声を上げると子供二人は走って行き姿を消した。
「ちっ、せっかくの獲物を逃がしやがって!」
「お前達、ひとさらいなんて止めて、真っ当に生きて見たらどうだ?」
デルターは諭すように言ったが、逆に火に油を注いだようだった。
「生意気言いやがって、このハゲが! やっちまえ!」
敵の一人が猛然と駆けてきた。
デルターはその動きを見極め、突き出された刃を持った腕を取り、腹に渾身の膝蹴りを入れた。
賊の一人が呻いて倒れる。
「野郎!」
一人ずつお行儀良くかかって来てくれるのが救いだった。
続くもう一人は滅茶苦茶にナイフを振るったのでデルターは後退しながら避け、相手が疲労したところを突っ込み背負い投げを決めた。
「さぁ、残るはお前だ」
最後の一人に向かってデルターが言うと、相手はヤケクソになって突っ込んで来た。
ただの見掛け倒しのチンピラだとデルターは決めた。
デルターはナイフを避け、拳を繰り出した。
右腕が賊の頬にぶつかり敵は吹き飛んでいって起き上がらなかった。
やれやれ。さて、こいつらはどうしようか。
石畳の地面にのびた三人の人さらいの姿を見てデルターは思案した。
その時だった。
「保安官さん、こっちです!」
向こう側から逃げたはずの少女と男の子が大人を引き連れてやってきた。
「それ、のびてる賊どもをしょっ引け!」
自分と同い年ぐらいの中年の保安官が言い、四人の保安官補が慣れたように賊を縛り上げた。
「協力を感謝する」
保安官がこちらに来て言った。
「ああ、いや、たまたま通りかかっただけで、過剰防衛にはならないよな?」
デルターは未だに目覚めない賊達を見て若干不安を覚えて尋ねた。
「ならん、ならんよ。安心しな。見れば銃もあったようだし、よく複数相手に肉弾戦でケリを付ける覚悟があったな」
保安官は笑って応じた。
「しかし、路地裏は遊ぶにはあんまり良くないな」
路地裏と言えば、立ち並ぶのはゴロツキの溜まり場、娼館、物乞い達。あまり治安の良いイメージはない。
「そうだな。子供には入らないように徹底しよう。だが、入ってしまうのが子供なんだよな」
保安官は苦笑いで子供二人を振り返る。そして続けた。
「最近、王都の方で大規模な賊が現れているらしいんだが、こいつらもそれに触発されたのかもしれんな」
そのことは村で聴いていた。もしかすれば、王都へ近寄れば近寄るほど、危険が待ち構えているのかもしれない。デルターは同行するヴェロニカとランスのことを考え、賊の騒動が収まるまで待つことを提案することに決めた。
「とりあえず、協力を感謝する。名前を伺っても良いかね?」
「デルターだ」
「デルター、改めて感謝する。さぁ、行くぞ」
保安官は賊を縛り上げた保安官補達と共に引き上げ始めた。
「ハゲのおじちゃん、ありがとう」
まだ幼い少女が言った。どうやら男の子の姉らしい。
「良いってことよ。そんなことより、ちゃんとお日様が当たるところで遊ぶんだぞ、ハゲのおじさんとの約束だ」
「うん、分かった、ハゲのおじちゃん」
「じゃあ、バイバイだ」
「うん、バイバイ!」
二人の子供はデルターの脇をすり抜け路地裏から姿を消した。
「凄い活躍だったわね」
ふと軒先の扉が開き、化粧をした艶やかな女達が現れた。
「どう、安くしとくよ?」
「いや、気持ちだけで良い。そんなことより、あんたらも大人だ。子供が迷い込んだら助けてやってくれよな」
デルターはやんわり断るとそう述べ、路地裏を後にした。
二
宿に戻ると、ヴェロニカとランスと共に食事を取るために酒場へ移動した。
ヴェロニカは知り合いに会っていたらしい。
「お前の方は何かあったか?」
食事をしながらデルターはランスにも尋ねた。
すると、ランスはポケットからチラシを取り出した。
「んん?」
卓の真ん中に置かれたチラシをデルターは見た。
「就労支援センター?」
デルターは太文字を読み上げた。
「はい。私のように就労に不安を持つ人達が座学を通して社会知識得て、作業をして働くという体験をできるところです。正直、私は長らく引きこもっていたので、色々、この年にしては疎かになっている部分があると思うんです。だから遠回りにはなるかもしれませんが、ここで少し経験を積んでみようかと思うのですが」
デルターは隣に座る迷える相棒の肩を叩いた。
「やりたいようにやってみな。人生を作るのは自分自身だ。責任もついて回るが、それが大人ってもんだ」
デルターが言うとランスは頷いた。
「やってみます。ただ施設は王都にあるとのことです」
その言葉にデルターは息を呑みこんでいた。
昼間の出来事が脳裏を過ぎる。王都に近づく度に危険が迫るかもしれない。
だが、ランスの決意を無駄にすることはできない。
ヴェロニカがこちらを見た。
「デルター?」
「ああ、いや、何でも無い。ランス、頑張れよ」
「まだ施設に入ったわけではないですが、ありがとうございます」
結局デルターは告げられなかった。だが、もしも本当に進む度に危険が迫って来たのなら、その時は話し合わなければならない。命の方が大切だ。ランスの決意も、俺自身の使命も一旦保留にしてでも旅は止めるベきである。
それに町での単独行動も控えた方が良いかもしれない。
デルターは一人不安を抱えながらその夜を過ごしたのであった。




