第九話 「座学」
受付嬢に案内された部屋には机と椅子が並び、大きな黒板があった。
「この雰囲気、学生時代に戻った気分ですよ」
ランスは言うが、デルターは教会で孤児として教育を受けていたため、黒板だとは分かってはいたものの、ただこれがそうかと思うだけだった。
「好きな場所にお座りください。直に講師も来ますので」
受付嬢はそう言うと教室を後にした。
デルターは前に座り、ランスは一番後ろに座った。
「何だ、ランス、ビビってんのか?」
「いや、違うんです」
ランスはこちらへ歩み寄ってきた。そしてコソコソ言った。
「こういう雰囲気だとちょっと緊張してしまって出るんです」
「出るって、何がだよ?」
問うデルターにランスは数秒間を置いて言った。
「オナラです」
「は? 屁がか?」
「ええ、学生時代はこれで苦労しました。授業そっちのけで無尽蔵に出て来る屁をいかに我慢するかで」
「苦労したんだな。お前の学生時代はそれでも懐かしいのか?」
「まぁ、今と違って友人もたくさんいましたしね」
と、ランスが席へ戻って行った。
すると入り口から誰かが入ってきた。
「はい、おはようございます」
教壇の前に立つとにこやかに相手は言った。
金色の髪を肩まで伸ばしている。だが、顔立ちが中性的で性別が分からなかった。纏っている黒の革のジャンパーからすれば男だろうか。
「今回の生徒はデルターさんと、ランスさんですね。私は教官のイヅキです。よろしくお願いいたします」
明るく通る声で相手は言った。
「よろしくな」
「よろしくお願いします」
デルターとランスもそれぞれ後に続いた。
「今から教本をお配りします」
イヅキ教官が本をデルターの机に置いてランスの方にも向かって行った。
デルターは本を開いてみた。三十ページぐらいの本だ。
ピストルの絵が描かれている。他のページをめくるとピストルをバラしているような絵が記されたところもあった。
「それでは、授業を始めますね。教本の一ページ目を捲って下さい」
二
「デルターさん、ここは何と言うでしょうか?」
イヅキ教官が黒板に描いたピストルの上手い絵図を指し示しながら尋ねて来る。
「シリンダーだったか」
デルターは答えた。
「正解です」
座学の講習はこうして基礎的な部分が続いた。だが、最後にテストがあるらしく、物覚えの悪いデルターは、同じく頼りにならないランスと共に宿に戻ると復習に励んだ。
おまけにテストもタダでは無いのだ。そしてここでテストにパスできなくて足止めをくらうわけにいかない。
テストの後、自習となってランスと話し合いながら自己採点をしていると、採点を終えたイヅキ教官が帰ってきた。
「デルターさん、はい」
イヅキ教官はにこやかにテストの答案を差し出した。
そこには赤い文字で百という数字と花丸がついていた。
デルターは喜ぶ間も無くすぐにランスを振り返る。
ランスは親指を立てて頷いた。
「お二人ともよく頑張りましたね。いよいよ来週からは実技です。教本をもう一度よく読んで銃に対して理解を深めて下さいね」
そして座学は終わりとなった。
「デルターさんがいなければ満点は取れませんでしたよ」
帰り際、夕暮れの街の中、宿に戻る道すがらランスが言った。
「私は、学生やってましたが、授業というものにいまいち身が入らなくて、いわゆる落ちこぼれでした。歴史は好きだったんでそれと国語は成績はまぁまぁだったのですが、他は駄目でしたね。赤点もあって両親を学校に呼ばれたこともありました」
学校に行ったことの無いデルターには自虐風の自慢にも聴こえたが、相手が何を悔やんでいるのかが分かった。
「勿体無いことをしたな」
「返す言葉もございません」
ランスは恐縮しきっていた。
「ま、お前の場合は件の屁のこともある。三分の一ぐらいは仕方が無かったんじゃないか?」
「いいえ、それがあったとしても、家に帰ってから勉強の復習に取り組まなかった自分が悪いんです。全て自分の責任です」
「そうか。お前が言うならそうなのかもしれねぇな」
二人は宿に着いた。
「明日からはいよいよ銃を握れますね」
食卓でランスが興奮しきったように言った。
「子供みたいな奴だな。イヅキ教官も言ってたが教本読んでから寝ろよ。怪我でもしたら大変だからな」
「分かってます」
ランスは生真面目な顔で応じた。