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第八十八話 「越冬」(その十二)

 雪は止むことを知らない。だが、村人の話では今月の末にはこの辺りも雪が降らなくなるとのことだった。

 そう言われ、すっかり慣れ親しんだこの村を去ることがデルターにとって胸の中に一抹の寂しさとなって残った。

 最近変わったことと言えば、村の母親達が色男のキンジソウや数学教師グランロウに入れ込む娘達を諭し続け、どうにか村の若い男達に目を向けさせることに成功したのだった。

 若い男達は少年から青年までますます作業を頑張っていた。

 キンジソウは一人で借り家の雪下ろしをする羽目になった。デルターが不憫に思って手伝いに行くと、キンジソウは手伝いたいならと法外な値段を吹っ掛けて来たのだった。

「そこまで頑固になることはねぇだろう」

「俺は馴れ合いは嫌いだ。自分のことぐらい自分でできる」

 と、言いながら、ちゃっかりグランロウと互いの家の雪下ろし作業を手伝いあっているのをデルターは知っている。二人とも気が合うのだろう。

 そしてデルターは例によって自分の家と村中の雪下ろしと雪掻きを手伝いに回った。

 お昼に豚汁ならぬ猪汁が奥様方の手によって振舞われた。

 村の男達はそうやって朝早くから晩まで村中を回って、雪降ろしと雪掻きをするのだった。

「雪が止んだらハゲの旦那も旅立っちゃうんだね」

 婦人達が名残惜しそうに言う。

 すると村の石材加工をしている者が、猪汁を啜りながら、無料でデルター像を一家に一つプレゼントすると言い出し、その場は盛り上がった。

 ここまで自分のような乱暴者の株が上がるとは思わなかった。

 デルターは道々そう思い帰路に着く。

 帰り際に夕暮れだというのにデルターの雪像を作る子供達とも出会った。彼らは親し気に「ハゲの旦那さん」と呼んで自分達が作っているものを見せて来た。

 もしかしたら、俺の居場所はここなんじゃないだろうか。

 デルターは歩きながら、雪を踏みしめつつ考えた。

 だが、世話になった、いや、恩人とも言うべきマイルス神官長との約束はどうする。王都へ行って洗礼を受け、故郷に戻る。そして復職してヴェロニカと暮らす。

 俺がやりたいことはなんだろうか。ランスには就職のことを考えさせながら、自分だってやりたいことがどうやら決まっていないじゃないか。

 デルターは大きく冷たい空気を吸った。

 灯りの点いた我が家が見えた。

 帰ると土間ではヴェロニカがせっせと晩飯の用意をしていた。ランスもいるが、彼は疲れ切った様子で、囲炉裏の前で大の字になって倒れていた。

「ランス、大丈夫か?」

「ああ、おかえりなさい、デルターさん。いやぁ、最近、体力も筋力もついたように思えて少しばかり無理をしてしまったようです」

 ランスは顔を起こして言った。

「それにしても若い人達のやる気が戻りましたね。御婦人方の尽力の賜物でしょう」

「自分で言うのもなんだけど私も一枚噛んでるのよ」

 ヴェロニカが言った。

「どういうことだ?」

 デルターが問うと、ヴェロニカは応じた。

「若い女の子達を集めてお菓子作りをしてたのよ。だけど、村の男の子に渡すという条件付きでね」

「菓子作りなんかできたんだな」

「何だかできたのよ」

 ヴェロニカは得意げに笑った。

「それで頑張る男の子達に注目と再評価が始まって、あとは各奥様方から、年長者からの助言の数々で無事に成功ってわけよ」

「良いですね、ここから村の未来も明るくなれば良いですね」

 ランスは起き上がった。

 ヴェロニカがミトンをはめた手で大鍋を持って来て囲炉裏の上に置いた。

「さぁ、村名物、猪鍋よ。でも、そろそろイチゴの乗った生クリームのケーキが恋しくなってきたわ」

「ヴェロニカ、お前はこの村に住みたいと思うか?」

 デルターは尋ねた。

「うーん、ここの暮らしは楽しいわ。大変だけど」

「私もここでは頑張れば頑張った分評価されて嬉しいですが、私のやりたいことは違うような気がします。もっと大きな世界を見てから生き方を決めてみたいと思いました」

 続けてランスが答える。

「もっと大きな世界か」

 デルターは猪鍋を口にした。すっかり慣れ親しんだ村の味だ。悪くは無いが何かが違う。

 俺は酒が恋しくなったわけじゃねぇが、牛肉がどうしても食べたくて仕方が無い。ヴェロニカが都会で売られているイチゴの生クリームケーキを恋しがるように。

「では、御馳走様。明日も頑張りましょうね」

 ランスが帰った。

 食器を洗いながらデルターは考える。牛肉のレアが恋しかった。それに孤児時代から世話になり敬愛していたマイルス神官長の手足にもなりたかった。そして、こうやって村の子供達が好意的になってくれたのだ。教会の孤児院の方も務まるかもしれない。大切に愛情を持って接し、世の中に送り出す。その責任が負えそうな気がしてきた。

 まさか決意が固まるとは思わなかった。

「やっぱり俺はここを出ようと思う。村の皆が居場所を作ってくれたのはありがたいが、俺はやっぱり王都で洗礼を受けて復職して、教会で頑張りたい」

 デルターは隣で食器を拭くヴェロニカに言った。

「分かったわ。私はあなたについてくって決めたからね」

「ひとまずは王都だな」

「そうね」

 二人は見詰め合い、頷き合った。



 二



 豪雪で吹雪いていた。

 いつにも増して視界の悪い日だった。だが、屋根が潰れる前に雪を下ろし、玄関の戸を塞ぐ雪をどけねばならなかった。

 そんな酷い日だが、頑張れる。

 村の皆がいる限り、頑張れる。

 デルター像が増える度に頑張れる。

 しっかり恩返しをしてここを旅立とう。

 デルターは気合を入れてスコップを振るった。

「俺を必要としてくれてありがとう! だが! 俺は行かなきゃならねぇ! みんな、すまねぇ!」

 猛吹雪の中、この声は誰にも届かないことを知ってのことだった。デルターは少し早く感慨深さを覚え、それが気合に猶更拍車を掛けた。

「ハゲの旦那!」

 下に降りると村人達が集まっていた。

 大声で彼らは言った。

「こちらこそ、ありがとう! ハゲの旦那がいてくれて本当に良かった!」

 先ほどの雄叫びが実は思いの外、聴こえていたようだ。

 デルターは胸が熱くなるのを感じた。

 まだ早いのに。それなのに村人達の言葉と、笑顔、その温かさに人目をはばからずデルターは男泣きしたのであった。

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