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第八十六話 「越冬」(その十)

「狼だ!」

 村の男の誰かが叫ぶ。

「構えろ」

 キンジソウが声を上げる。デルターも緊張しながら廃村の奥を窺った。

 程なくして、口から息を乱す音が重なり合って聴こえて来た。

 影が姿を現す。

 ピストルを構えながら幾ばくか絶望を覚えたデルターだったが、村の男達は肝が据わっていた。敵意ある群れの数がどんどん近付き膨れが上がっているというのに動じず、ショットガンを向け射程距離内入るのを待っていた。だが、その耳は自分と同じ、キンジソウの言葉を待っているのだと察した。

 狼は三十匹はいるだろうか。

「撃てぇっ!」

 キンジソウが開口一番銃を唸らせた。

 悲痛な声を上げて先頭の狼が倒れる。

 村人達も、デルターも引き金を引いた。

 ただただ場面に呑まれるだけだった。無意識の内に必死に引き金を引き続けた。

 カチッ。

 六連発式のピストルの弾が切れた。

 デルターはコートの下のポケットに手をやり、弾を拾い装填しようとした。

 だが、状況はどこも同じだった。打ち尽くした村人達も慌てて銃弾を込め始めている。

 間に合わない。

 半数ほどに減った狼達はもう目の前だった。

 狼が跳びかかって来る。

「ちいっ!」

 キンジソウがマチェットを取り出し、狼の首を斬り飛ばした。

「今のうちに弾を!」

 キンジソウは襲い来る狼達を相手にしながら大音声で言った。

 雪に足を取られ、危な気なくキンジソウは得物を振るう。血煙が周囲に広がるが狼達はキンジソウの前面に展開し、獰猛な唸り声を上げていつでも跳びかかろうとしていた。

 こんな時に限って弾が上手く込められない。

 誰も援護をしない。おそらく皆状況は一緒だ。

「ニャー」

 ペケさんが鳴いた。西を見ている。

「まさか」

 デルターが声を漏らすとそのまさか、咆哮が上がり、狼の群れが姿を現した。

 村人達が中途半歩ながらまばらに銃を撃つが、状況に動転しているようで弾はかすりもせず、慌てて再び弾込めの作業に戻っているようだ。

 デルターも同様だった。必死に焦る中、二発きりの弾薬を込めて西の狼の群れに向かって撃つ。一発目は当たった。が、二発目は外れた。

 狼は目の前だった。

「ニャー」

 再びペケさんが鳴いた。

 西側、崩れた廃墟の前に手頃な太さの棒切れが落ちていた。黒猫はそれを見ていた。

 今行けば、俺は狼達に突っ込む形になる。

 その脳裏を孤独に戦うキンジソウ、そして村人達の姿が過ぎった。「ハゲの旦那!」「ハゲの旦那さん!」友好的な村人達の声が脳裏に思い出されるや、デルターは駆けた。雪に足を取られながらも駆けた。

 狼達の息遣いが間近なのも構わずに棒切れへ飛びつき、立ち上がる、跳びかかって来た一匹を渾身の力で殴打した。

 重い衝撃と共に狼は雪の上に倒れ、血を吐いて痙攣していた。

 デルターは自分を睨み、広がる狼達を見た。

 蛮勇だ。それは分かっている。だが、やられる前にやるしかない! そんな状況に進んで入ったのは自分だ。

 狼達を冷静に見まわした。凶暴な唸り声があちこちから聴こえてくる。そしてデルターに跳びかかって来た。

「ぬおおおっ!」

 デルターは咆哮を上げ、棒を振るう。狼達を次々打ちのめした。

 重い衝撃が腕を伝わり肩を激震させる。

 デルターは狼の中に飛び込んだ。

 サッと狼達が下がる。

「去れ! どこかへ行っちまえ! さもねぇと、俺も怒髪天だ!」

 デルターはそう叫んで狼どもを睨みまわした。

 狼が左から右から襲い掛かって来るが、デルターは棒切れを振るいそれぞれを打ち倒した。

 ナイフもあるが、こっちの方が性に合ってるな。デルターは太い棒切れを見て、自分を奮い立たせるようにニヤリと微笑んだ。

 デルターは声を上げて狼の中に飛び込み、棒切れを振るい続けた。

 一匹、二匹と、次々狼を殴打し、受けた狼は二度と立ち上がらなかった。

 狼達が少しだけ遠巻きになった。その僅かな間にデルターは息を乱しながら、周囲の音に耳を傾けていた。

 その時だった。

 今度は北西の奥の方から狼の遠吠えが木霊した。

 途端に鼓舞されたのか狼達が意を盛り返したように積極的にデルターの前に並んだ。

「デルター!」

 キンジソウの声が聴こえたが振り返れば死だ。

「ハゲの旦那、離れて! 銃で仕留める!」

 村人達の声も届くが、足元の膝近くまで埋まる雪の中をそう簡単に軽快に動けるわけがなかった。

 一匹が跳びかかって来る。デルターは棒を振るい殴りつける。二匹目が、三匹目が、デルターは孤独に奮戦した。

 四匹目が襲い掛かってきた時、矢が狼の顔面に突き立った。

「デルター!」

 キンジソウがデルターの隣に並んだ。手にしているマチェットの刃からは赤い血がドロドロと滴り落ち雪原を染めていた。

「そっちは片付いたのか」

「ああ」

 そして背後からもう一人が現れた。

 ボウガンを肩からぶら提げ、手には同じくマチェットを手にしている。隻眼の教師グランロウだった。

「グランロウ、お前、来てくれたのか」

 狼達は唸りを上げているが、仲間の到着にデルターの心にも余裕ができた。

「フッ、俺の特技は数学だからな」

 グランロウはそう言うと声を上げた。

「ヒャハハハハッ! 解体されたい奴はどいつだ!?」

「そんなことは良い、このままゆっくり背後まで下がるぞ」

 キンジソウが言った。

 用意万端の村人達と合流するということだろう。三人は忍び足で後退する。その度に狼達は少しずつ距離を詰めて来た。

 すると北西部の廃墟の後ろから二十匹程の狼が駆けてきた来た。

「良いか、俺が言った通りにしろ!」

 キンジソウが正面を見据えたまま声を上げると、銃声が唸りを上げた。音こそ、最初と比べれば小さいが、銃声は断続的に止むことは無かった。

「三段撃ちか」

 隻眼の数学教師のグランロウが言った。

「ああ。即席にしては悪くない。狩猟経験の多い者達がいたからな。理解が早かったようだ」

 キンジソウが応じる。

「三段撃ち? 何だそれは?」

 デルターが問うとグランロウは応じた。

「フッ、三部隊に分かれ、一列目が撃ち終え装填している間に、無防備にならぬよう二列目が撃つ。そして同じく三列目が撃つ頃には一列目は装填を完了し、撃つ。これの繰り返しだ」

 すると目の前で様子を窺っていた狼が一匹跳びかかって来た。

 グランロウが刃を振るい、首を刎ねる。

 やがて銃声が止むと、残った十にも満たない狼達はその知能でも部の悪さを悟ったのか逃げ出した。

「追うな。森の中では奴らに勝てん」

 勇み足になったデルターに向かってキンジソウが言った。

「ハゲの旦那! 色男さんに、数学の先生!」

 村人達が合流する。

「お前ら、無事か?」

 デルターが問うと村人達は笑って応じ、老いも若きも目を子供のように輝かせて言った。

「ハゲの旦那、さすがに肝が違うな!」

「うちの子供から聴いた冒険者デルターみたいだったぜ」

 そう言われ、デルターはこそばゆくなったが言った。

「キンジソウにグランロウ、村の皆の力があればこその勝ちだ」

「ニャー」

「ああ、勿論、ペケさんもな」

 デルターはそう言うと自分が珍しく息を乱していることに気付いた。緊張と疲れだろう。キンジソウとグランロウの二人が自分と違ったのはさすがだった。

「で、諸君、この狼の亡骸はどうするつもりかね?」

 グランロウが問う。

「せっかくの森の恵みです。毛皮を剥ぎ取って防寒具にでも加工することにします」

 村の若者が答えた。

「ということは解体だな!? ヒャハハハハッ、解体、解体だアアアッ!」

 グランロウはそう言うと一行を振り返った。

「狼の解体は任せてくれたまえ。俺は数学が得意だからな。諸君は予定通り建物の撤去作業を行うと良い」

 グランロウは高笑いしながら狼達の亡骸を引きずり集め始めていた。

「では、数学の先生の言う通り、我々は建物の取り壊しに戻りましょう」

 最初に建物の解体の総指揮を取ると申し出た村の青年が言い、デルター達は各々仕事の続きに戻ったのであった。

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