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第八十五話 「越冬」(その九)

 珍しく雪が降らない日が続いた。厚い雲が去り晴天の日となった。

 屋根の雪下ろし作業が無くなり、のんびりできるかと思ったらそうではなかった。

 デルターとヴェロニカの家を訪ねてきたのは、キンジソウだった。黒猫ペケさんも足元にいた。

「おう、どうした、珍しいな」

 デルターは、朝日を眺めやり、今日一日をどう過ごすか考えていたところだった。

「やっぱり暇してたな。一つ提案に来たんだ」

 キンジソウが言った。

「提案?」

「ああ。以前に盗賊どもが巣くっていた奥の廃村は覚えているな?」

 忘れるわけがない。一度、ヴェロニカとランスを失ったあの出来事を。それを思い返すと自然とデルターはペケさんに顔を向けていた。

「ニャー」

 ペケさんは鳴いた。

「あら、ペケさん」

 家からヴェロニカが出て来た。彼女は流感にかかった村人を往診するためにはち切れんばかりのバッグを手にしていた。

「それとキンジソウさん。珍しいわね、あなたが来るなんて」

「ああ。俺だって出来れば銭にもならん余計なことはしたくなかった。だが、夢の中でペケさんに諭されてな」

 ペケさんは神懸かりの猫だ。デルターは以前の出来事を思い出した。頭の中でペケさんの声が甦る。そうだ、ペケさんが言うことは夢でも何でも聴いておいた方が良い。

「何て言われたんだ?」

 デルターがキンジソウに視線を戻すと相手は言った。

「さっきも言ったが、廃村さ。あんな物があればゴロツキどもが住み着く。だからこの晴れが続きそうな間に廃村の完全な解体をしておいた方が良いと、ペケさんがな」

「そうか、確かにその通りだな」

 デルターは頷いた。

「しかし、何故俺に相談に?」

「俺は賊の討伐の指揮を取ったが、その名声も毎日押しかけて来る女どものせいで色あせて来た。だから、最近流行りのハゲの旦那の言葉なら村人達も動いてくれるだろうと思ってな」

「ニャー」

 デルターは自分の知名度が村の中でそこまで上がっているとは思わなかったので驚いた。ハゲの旦那と呼ばれ、あちこちで我武者羅に雪に立ち向かっていただけなのだ。

「分かった、この村の安全と未来のためにも村長を説得して来よう」

 デルターはそう応じるとさっそく村長の家に歩んで行った。



 二



 交渉という交渉にもならなかった。

 デルターのハゲの旦那としての名声はやはり村の中でもいつの間にか最上位にあったらしい。村の者達と雪に立ち向かい、年寄りを助け、子供にも慕われる。自分で言うのも何だが、乱暴者で駄目な男だとばかり思っていた自分に光明が差したような気分だった。

 残念ながらこの村長には危機意識は皆無であったが、それでもデルターの言うことならばと快諾した。

 そして今、デルターはノコギリや斧、頑丈な縄を持った村人達と共に奥の廃村へと向かっていた。

 キンジソウもいる。特に村の若い男達は命の恩人ではあるが、自分よりも強い男であるキンジソウに対して対抗意識を燃やしているようだった。

「お前も来るのか?」

 デルターは驚いて問うとキンジソウは面倒くさそうに応じた。

「家にいても女共が邪魔しに来る」

 この答えに全ての若者が歯ぎしりしていた。

 ちなみにランスは同行していない。彼は残った村人達と雪で傷んだ年寄りの家の屋根を直しに行っている。

「フッ、解体なら俺が行きたいところだが、子供達の授業がある。潔く諸君らを送り出そう。何かあっても俺がいる。安心して行きたまえ。心配いらん、俺の特技は数学だからな」

 クロスボウを掲げて隻眼の教師グランロウが言った。そしてデルターはグランロウとキンジソウが目を合わせているのを見ていた。憎しみや嫌悪などでは無い信頼しあっている目だった。

「グランロウと何かあったのか?」

 デルターはキンジソウに尋ねた。

「まぁな」

 キンジソウはそれだけ答えた。

 この冬未踏破の道は深い雪に埋もれていた。一行はペケさん以外、苦労しながら歩き続けた。そしてようやく廃村の影が見えて来た。

 廃村に着くと、そこは雪の重みで半分は潰れた家屋ばかりだった。危険だが、雨風を凌げる空間は残っている。賊の潜伏先にはもってこいだった。やはり解体しなければならない。

 村の中心まで来ると三十名の村人達は自然とデルターに注目していた。

 デルターは戸惑った。

 俺は解体作業なんてやったことないが、どう指示すれば良いんだ?

 焦りながら己に問う。

「ニャー」

 ペケさんが鳴いた。その声は涼やかでいつも通りだったが、催促している様にも聴こえた。

「悪い、解体作業はやったこと無いんだ。得意な奴はいるか?」

 デルターは正直に打ち明けた。

 すると若い青年が挙手した。

「だったら指揮は俺が取らせてもらいます」

「頼む」

 デルターが頷くと青年は了承し、次々指示を飛ばした。

 結局、約十人組に分かれて一件ずつ破壊して回ろうと言うことになった。

 キンジソウと違う班になったが、ペケさんは相棒に着いて行かず、デルターの元に止まった。

「猫に注意して作業してくれ」

 デルターが言うと中年若年の入り交じった村人達が声を上げて頷いた。

 とりあえず、手近な家から解体に取り掛かる。

 ノコギリや斧の出番は無かった。ついでに万が一の時に備えての銃の出番も今のところは無さそうだった。ロープを傾き半分沈んだ家屋に持って行く。そして大きな亀裂のような隙間に入り、未だ突っ張っている柱に結びつける。

「ハゲの旦那、結びました!」

「よーし、皆、ロープを引っ張れ!」

 村の男達が声を上げて幾度も幾度もロープを引っ張る。大黒柱は村にある斧では傷ぐらいしかつけられなかった。

「わっしょい! わっしょい!」

 村人達の掛け声にデルターも続く。

 だが、家はビクともしなかった。

 他の班の者達も戻って来て、大黒柱が未だに立派過ぎて十人がかりでは無理だと言うことになった。

 結局全員で一軒一軒片付けてゆくことになった。

「わっしょい、わっしょい!」

 団結した人々の声が重なり合い、ロープが引っ張られて行く。デルターもそうだが、キンジソウが他の村人同様、歯をむき出しにして隣で引っ張っているのを見た。

 そうしてようやく一軒目が重々しい音と衝撃を残し潰れたのであった。

「いやぁ、疲れたな」

 村人達が安堵しながら言った。

「残り何件あるか分からないな。ハゲの旦那、後、二日は晴れるだろうから、のんびり行きましょうや」

「そうだな」

 荒い呼吸をし息を整える者達もいるなか、デルターは細く呼吸をし応じた。

 そうだな、じっくり行こう。そして間に合いそうもないときは村から増援を呼ぼう。

 デルターがそう思った時だった。

「ニャー」

 ペケさんが鳴いた。

 廃村の未踏破地域、つまり奥の方を見詰めている。

「全員銃の用意をしろ。どうやらここは盗賊だけのねぐらだったわけではなさそうだ」

 キンジソウがピストルではなくショットガンを手にして言った。

「ウオオオオン!」

 縄張りを侵し、ねぐらを破壊されると知った者達の遠吠えが静かな廃村に轟いたのであった。

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