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第八十四話 「越冬」(その八)

「ハゲの旦那さん!」

 午後、今日も雪が降り積もっている。

 例によってデルターは村人と共に雪下ろしや雪掻きをしていた。ヴェロニカは往診、ランスは別の宅の方へ回っていた。

「んん?」

 デルターは自分の前に並ぶ子供達を見て驚いた。

 その純粋な眼差しの数々は勘が鈍くたって分かるほど羨望に満ちていた。

「おう、お前ら授業は?」

「グランロウ先生が今日はもう帰って良いって。家の手伝いでもするようにってさ」

 応じる子供達の手にはスコップが握られていた。

「ハゲの旦那さん、俺、将来ハゲになるのが夢なんです!」

 男の子の一人が言うと俺も僕もと声が続いた。

 ああこれはランスの奴がまた何か書いて読み聞かせたな。

 デルターは苦笑し言った。

「ハゲになったって人生ほとんどは何も変わらんぞ。むしろ、人によってはハゲに冷たくする奴もいる。何の罪も無いのにハゲは時に辛い思いをしなけりゃならねぇんだ。もっとお前らの父さんや母さんと話し合って将来の夢を決めた方が良いぞ。これがハゲの旦那からの忠告だ」

 すると子供達は互いを見回して渋々頷いた。

 こんな顔を子供にさせたくは無かったんだがな。

 デルターは少々バツの悪い思いをした。

「じゃあ、ハゲの旦那さん、俺達、雪掻きの手伝いに来ました。どこかやるところはありますか?」

 少し年上の男の子が尋ねて来た。

 デルターは少々悩んだ後言った。

「グランロウ先生の言いつけは立派だが、お前達、子供の本分はたくさん遊ぶことだ。雪合戦だったか? それともカマクラか、雪だるまでも作って遊んで来い。グランロウ先生には俺の方からそう言っておくからな」

「その必要は無用だ」

 すぐに轟いた言葉にデルターはビックリして、子供達の後ろに隻眼の数学教師が立っていたのに気付いたのであった。まるで気配が読めなかった。キンジソウ並みかもしれない。

 グランロウは言った。

「さぁ、諸君。こちらのデルターの言う通りにしよう。特別授業だ。先生が雪合戦の指導をしてやる。ついて来い」

 子供達が声を上げて喜んだ。

「悪いな、グランロウ。確かにこの雪だ。子供らだけじゃあ村の中でも遭難するかもしれねぇ」

「フッ、俺は数学が得意だからな。その辺りの心配もしていた。俺は会ったこと無いが、女性をはべらせているキンジソウとかいう奴がいるそうだな。今日はわざとそいつの家の前で雪合戦をするつもりだ」

「何でわざわざそんなことするんだ?」

「フッ、聴けばキンジソウは女どもをヴァンパイアの如く巧みに操り、労働させているそうでは無いか」

「それが不満なのか?」

「いいや、だったら暇だろうと思ってな。挨拶がてら行ってみようと思ったまでだ」

「まぁ、仲良くやれよ」

 キンジソウのことだ。グランロウや子供達を相手にはしないだろう。

「ああ、ではな。では行くぞ子供達諸君! このグランロウの後について来い!」

 グランロウが歩き始める。

「ハゲの旦那さん、バイバーイ!」

「今度、トロールの退治の仕方を教えて下さい!」

「ああ、まぁ」

 デルターは曖昧に笑って彼らを見送った。

「トロールなんていねぇのに、どうすりゃ良いんだ」

「グランロウ先生もちょっと変わった人ですが、あれで勉強の教え方が上手いみたいですよ」

 共に雪掻きをしていた村の男が言った。

「春になったらハゲの旦那さん方も、グランロウ先生もいなくなっちまうんですよね。そう考えると寂しいです」

「俺だって村の皆には感謝してるんだ。名残惜しいさ」

「そう言って貰えると嬉しいです。さ、残りをやっちゃいましょう」

 デルターは日暮れまで作業をして回ったのであった。



 二



「ランス、オメェ、また俺を題材にして何か書いただろう」

 夕餉の席で囲炉裏をランスとヴェロニカと共に囲炉裏を囲みながらデルターは言った。

「バレましたか」

 さほど悪びれる様子も無く、ランスが答えた。

「まだ小さな子供に将来ハゲになるのが夢だなんて言われたぞ。主人公をもっと二枚目の違うのにしたらどうだ?」

「フサフサのデルターさんってことですか?」

 ランスがきょとんした顔で応じると、デルターは首を横に振った。

「そうじゃねぇ、俺じゃない違う奴を主役にしろって言ってるんだ。例えば、キンジソウとか、ああいう奴をモデルにしたらどうだ?」

 するとヴェロニカが応じた。

「でも、デルター、あなた優しいし力持ち出し、頼もしいし、子供達にとってはそれだけでも憧れの的になるんじゃないかしら」

 そう言われ、デルターは照れながら答えた。

「だが、主役はやっぱり二枚目じゃ無いと」

「そんなこと無いわよ。あなたは充分、主役の素質を持ってるわ」

 と言いながらヴェロニカはランスを見て言葉を続けた。

「そう思わないランスさん?」

「ええ、思いますよ。ですからデルターさんを主役にさせていただいたんです。御迷惑なら止めますが」

 デルターは自分に向ける子供達の尊敬するような眼差しを思い出した。

「い、いや、俺でも良いってんなら良いけどよ」

 子供達と距離が縮まったことがデルターには嬉しかったのだ。これでも孤児院時代、他の小さな子供の面倒を兄貴分として見て来た。その時の気持ちが今になって甦って来たのだ。子供達の笑顔が向けられるのが嬉しいし、何か気楽に手伝えるのもまた嬉しい。子供達にはどんどん頼って来て欲しかった。

 ふと、デルターは胸の内で納得した。何だ、今の状況が理想じゃないか。

「ランス、もっと書け」

「え? 良いんですか? あ、でもハゲの描写は少し控えめにしますね」

「しなくて良い、素直に書け」

「分かりましたけど、急にどうしたんです?」

「まぁ、俺も他者貢献がしたくなったんだ」

「他者貢献?」

 ランスが首を傾げる。

 ヴェロニカは口元を押さえて笑っていた。

「そういうことよ、書いてあげてね、ランスさん」

「は、はぁ、分かりました」

 ランスはデルターとヴェロニカを見ながら一人首を傾げていたのだった。

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