第八十三話 「越冬」(その七)
「ハゲの旦那さん!」
いつも通り村人達と協力して雪に立ち向かっていると幼児達が集まり、そう声を掛けて来た。
「おう、何だ?」
デルターは顔触れに驚いたが落ち着いてそう尋ねた。
「お帽子とって」
「は?」
デルターは呆気に取られたが我に返ると帽子に手をやり取った。
すると子供達は目を輝かせて歓喜していた。
「何だ、どうしたんだ、一体?」
「冒険者デルターだ!」
「冒険者デルター!」
「は?」
デルターの疑問を余所に子供達はワイワイ騒いでいた。
「こら、お前達、旦那は仕事をなさってるんだ、邪魔しちゃいかんよ」
デルターと同い年ぐらいの村の男がそう言うと子供達はキャッキャッ言いながら去って行った。
「冒険者デルター?」
デルターは首を傾げて遠ざかって行く子供達の背を見たのであった。
二
デルターは一見すれば乱暴者でした。が、彼は心根は優しい人なのです。その証拠に彼の優しさに救われた人は多くいました。そして勇気のある人でもありました。
無数の魚の鱗を並べた様な金属鎧を身に纏い、茶色の外套を翻して、彼は今日も冒険者ギルドを訪れてました。
「いらっしゃい、ハゲの旦那」
自分よりも年若いギルドの主が言いました。
「よぉ」
デルターはそう挨拶を返すと、さっそくギルドに依頼されている仕事を探すために掲示板に向かいました。
「お、ハゲの旦那、今日はどんな依頼を受けるんだ?」
冒険者達が興味津々にデルターを振り返ります。彼らの言う「ハゲの旦那」は悪口ではありません。愛称です。ここにいるほとんどの冒険者がデルターがただのハゲて太った力自慢だけでは無いということを知っています。何故なら彼らもまたデルターに助けられたからです。
冒険者達は崇拝するように、デルターのハゲ頭を見て祈り始めました。
デルターはとある依頼に目を奪われました。期限が間近だというのに、その依頼は貼られたままでした。つまり、誰も受けようとしないのです。それだけ難しく険しい内容でした。
「ハゲの旦那、アンタまさか?」
冒険者の一人が口をあんぐり開けて尋ねてきました。
依頼主は近くの村でした。凶悪なミノタウロスを斃す依頼でした。
ミノタウロスは大きな体に長く太い斧を手にした怪物です。その顔は角もあり牛にそっくりでした。
デルターが依頼の紙を剥がしギルドの主のところまで行くと、主はニコリとしました。
「アンタなら出来る。頼んだぞ、冒険者デルター」
三
外に出ると夕暮れ時でした。しかし、デルターは旅の支度を整え、町を出ました。
彼はちゃんと情報収集をしました。その結果、今から出れば村に到着するのは翌朝早い時間だということが分かりました。
頭陀袋を背負っています。そして腰の左側には件のミノタウロスの物を思わせるような大きな斧を差し込んでいました。
日が暮れデルターは夜道を歩きます。やがて真夜中になり、水袋にある水を一口だけ飲むと街道を再び歩きました。デルターは太っちょですが力もあります。また体力もありました。いろいろなことに挑戦し、鍛えられた結果です。人がやりたがらない仕事も彼は率先してやってきました。
さて、朝焼けが周囲を包む頃、向こう側に村の門と思われる影が見えてきました。
近付いてそれが門だと分かりました。番兵が一人居て鉄格子の向こう側で疑うようにデルターを見ました。
「こんな朝早くに何のようでい?」
「依頼を受けた」
そうしてデルターは帽子を取りました。
すると朝の陽ざしがハゲ頭に直撃し、煌々と神秘的な明るさを放ちました。
「こりゃ、アンタが噂の冒険者デルターか?」
番兵は驚きました。
「そうだ。中へ入れてくれ」
番兵は扉を開けデルターを招き入れると、その足で村長宅の戸を叩きました。
すると初老の村長が出てきました。
番兵がデルターを紹介すると、村長はその手を握りしめました。
「依頼を引き受けて下さってありがとうございます。件のミノタウロスには大変難儀しております。畑は荒らされ、家畜は殺され、どうか退治して村に平和を呼び戻して下さい」
その時村長の目にデルターのハゲ頭が輝くのが見えました。
「ありがたやありがたや。デルター殿が来てくれた」
村長は手を合わせてデルターのハゲ頭に祈りを捧げました。
デルターはミノタウロスがねぐらにしているという森へ行きました。
夏の森です。ですが、蝉一匹も鳴いていませんでした。そこに漂うのは邪悪な気配でした。
デルターは注意深く地面を見て、ミノタウロスの目立つ大きな足跡を見つけ、その後を辿って行きました。
するとデルターの前にミノタウロスがずっしりとした斧を構え、待ち受けていました。
ミノタウロスは何事か喋ると一気にデルターに襲い掛かってきました。
嵐を纏ったように、長い柄の大斧が振り回されますが、デルターは太っていても機敏な動作でそれらを避け続けました。
そして意を決して踏み込みました。
腰から斧が抜き放たれます。
「必殺薪割カチ割り!」
デルターが斧を横から一閃するとそれはミノタウロスのお腹に大きな傷を与えました。しかし、ミノタウロスは頑丈な身体を持っています。このぐらいでは怯みません。むしろ怒り狂い斧を滅茶苦茶に振り回してきました。
痛恨の一撃の応酬にデルターも苦戦しました。斧で受け止めたり、避けたり、さすがはミノタウロス一筋縄ではいかないなと思いました。
そして背中が木にぶつかりました。
デルターは攻撃を避けるあまり、後退し、ついに追い詰められたのです。
ミノタウロスが必殺の一撃を振りかぶった瞬間、デルターは帽子を脱ぎ棄てました。
すると開けた森の中に注ぐ太陽の光りが彼のハゲ頭に反射し、ミノタウロスの目を瞑らせました。
デルターはこの機会を逃しませんでした。
叫びながら斧を横一閃に薙ぎ払いました。それはミノタウロスの身体を分断するほどの気合の一撃でした。
ミノタウロスは自分の血の溜まりの中でこと切れ、二度と起き上がりませんでした。
デルターはこうしてまた一つ、人々の平和を取り戻したのです。
冒険者デルター、終わり。
四
「というわけだったか」
デルターはランスから原稿を取り上げて納得した。
「すみません、主人公がありきたりのカッコイイ勇者ではつまらないだろうと思って」
「だからハゲでデブの俺をモデルにしたのか?」
「すみません」
ランスは限られた時間で短編を書いて村の子供達の前で朗読していたというわけだった。
「まぁ、良いさ。ハゲてるところばっかり書いてるが、村の子供がそれで喜ぶんなら別に気にはしねぇ。仲良くもなれそうだしな」
デルターが言うとランスは安堵したように胸を撫で下ろした。
「今度は俺がもっと暴れまわるのを頼むぜ、ランス」
「え? わ、分かりました」
デルターはそう言うとランスの小屋を後にした。
夜の帳の下りた村の道を歩いて帰路に着いた。
雪は相変わらず止む気配はない。
デルターはふと立ち止まり、右手を手刀にした。
そして正面を見詰めると、思い切ったように声を上げた。
「必殺、薪割カチ割り!」
手を横に薙ぐと、デルターは面白くなって一人笑い声を上げてヴェロニカの待つ家へと再び向かったのであった。




