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第七十九話 「越冬」(その三)

 デルターは村人達に交じり屋根の雪下ろしや、家屋の周りや道を埋める雪を次々除雪して回った。

 そこにランスやヴェロニカも加わった。

「チョエエエッ!」

 ヴェロニカの気合のこもった奇声が木霊する。ランスの方は荒い呼吸をしながら膝に手を当て屈んでいた。

「何だ何だ、まだ若いのに頑張れ」

 村人達がランスを叱咤し時に激励する。

「ああ、はい」

 ランスは気を引き締めた様子で二、三度スコップを振るうのだが、それですぐにへたり込む。

「ランス、もう良い、お前は薪割をやって来てくれ」

 デルターは気遣いそう言った。

「いや、でも」

「この寒さだ。囲炉裏にも風呂にも薪はいくらでも使う。頼んだぜ、相棒」

「分かりました」

 ランスは頷いてヨロヨロと歩いて行った。

 薪割もロクにできないだろうが、少しは休むことができるだろう。

 デルターは相棒の背を見送りながら胸の内でそう囁いた。

 しかし、この冬で俺もランスもヴェロニカもずいぶん鍛えられるだろうな。

「どうしたのデルター?」

 ヴェロニカが尋ねてくる。

「いや、明日は全身筋肉痛だろうなってな」

「あらあら、デルター、年を取ると一日開いてからくるそうよ」

「うるせい、俺だって気持ちはまだまだ三十代だ」

 デルターはそう言うとスコップを振るったのだった。

 そして翌朝、筋肉痛でヴェロニカが苦しんでいた。

「イタタ、でも私もまだまだ若い証拠よね」

 土間で豚汁をかき混ぜながらヴェロニカが言った。

 デルターはそれを食べてから、今日も降り積もった屋根の雪下ろしをするつもりだった。

「そういや、キンジソウの奴は大丈夫なのか?」

 ふと気になって独り言を漏らした。

「屋根の雪を下ろしたら行ってみる? 私もペケさんに会いたいし」

 器に入った豚汁をヴェロニカが持って来る。

「そうだな」

 二人は温かい朝食をテキパキと済ませると屋根の雪に取り掛かった。

「デルターさん!」

 下でランスが手を振っていた。

「おう、ランス! お前のところは終わったのか?」

「ええ、村の人達に助けてもらいました」

 ランスは言った。苦笑いが伝わってくるようだった。

「身体はどうだ、痛いか?」

「ええ、そりゃ、もう」

「良かったな、若い証拠だ」

「手伝いますよ」

「頼む」

 こうしてランスが加わり屋根の一階も二階も雪がある程度は無くなった。それでも今日も遠慮なく雪は攻勢を続けていた。この村の連中はよくこんなところに住みたがるよな。

 デルターは内心でそう吐露したが、街道沿いの言わば停留所として無くてはならない存在だった。何故なら、先ほどランスから聴いたのだが、この雪だというのに来訪者が訪れたらしい。それも歩いて次の町へ向かう途中とのことだ。親切な上に雪の怖さを熟知している村人達が引き止めたのだそうだ。

「何でも数学が得意な方らしいですよ」

「数学か、そりゃ羨ましい」

 デルターは眼鏡をかけたナヨナヨした男の姿を思い浮かべた。

 インテリは結局卓上のことしかできねぇ、一度現場を実地体験しなきゃ分からねぇってことか。

 故郷のかつての嫌な同僚だった神官達が脳裏を過ぎった。

「デルター」

 ヴェロニカがもの問いたげにこちらを見上げた。

「ああ、そうだった。ランス、これからキンジソウのところに行こうと思ってるんだが、来るか?」

「ええ、実は私も気になってました」

 ランスが応じた。

「よし、行こう」

 三人は階下へ降り、外に出た。

 村の中を歩いて行く。既に白銀の世界は踏みにじられていたが、それでも更に埋め尽くそうと雪は降り注いでいる。

 雪と格闘する村人達が好意的に声を掛けてくる。

「ハゲの旦那、今日も後から頼むぜ。道と水路と分かるようにしなきゃならねぇ。危ないからな」

「おう、分かった」

 デルターは応えた。

「頼りにされてるわね、ハゲの旦那」

 ヴェロニカが言った。

 丘を上がり、ランスの住む小屋を通り抜け、そのまま奥へと行く。

 既に無数の足跡が薄っすらと刻まれ、キンジソウの住むと思われる家の方へと続いていた。

 好意的な村人達だろうな。心配するほどもなさそうだ。

 デルターはそう納得したが、来て見てびっくりした。

 家屋こそ普通だが、そこは若い女の声で溢れていた。

 村の若い女達が勢ぞろいし、屋根に上ってスコップを振るったり、外の除雪をしていたのだ。

「あらら、こういうからくりだったわけね。ランスさん、全部取られちゃったわね」

「ハハハ。キンジソウさんじゃ相手が悪いですよ」

 ランスは笑い飛ばすように言った。

「よぉ、お前らか」

 ふと、側の木の上から声がした。

 キンジソウが跳び下りて来た。

「あなた、女の子だけに働かせてるの!?」

 ヴェロニカが抗議するように詰問した。

「仕方ねぇだろ、こうなっちまったんだから」

 キンジソウはそう言うと煙草を咥え、火打石で火を付ける。

「ニャー」

 ペケさんがキンジソウの懐から飛び出して来た。雪の上に降りた黒猫をヴェロニカが愛し気に抱え上げる。

「ペケさんがいるのに煙草吸わないでよ」

「うるさい女だな」

 キンジソウが呟いた。

「で、何か依頼か?」

 煙草を離すとキンジソウが家の方を見ながら尋ねて来た。

「いや、お前のところの雪掻きの手伝いでもしてやろうかなって。だが、間に合ってるみたいだな。他をあたるとするか」

「そうしな。さて、奴らのために、小豆汁でも作ってやるか」

 キンジソウはそう言うと歩いて行く。

「ニャー」

 ペケさんもヴェロニカの腕から飛び出して後を追った。

「なるほど、女の子の心をただで掴んでるわけじゃ無いってことね。ランスさん、あなたも料理しなさい」

「え? いや、でも、こんな状況じゃ料理らしい料理もできませんよ。毎日おじやが食べられるだけでも良しとしなければ。病床でもない若い女の子がおじやで喜ぶと思いますか?」

 ランスの現実的な答えにヴェロニカは溜息を吐いていた。

「まぁ、冬の間ここは大丈夫だろうな。行こうぜ」

 村の若い女達の頑張る声を背にし三人は今日も各地の雪掻きに向かったのであった。

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