第七十八話 「越冬」(その二)
それから二日後の昼、ヒラヒラと空から白い花弁に似たような物が降って来た。
デルターの禿げ頭に冷たい感触が広がる。
雪は見たことがある。故郷でも雪は降ったが、さほど積もりはしない。それだけでも人々は大混乱だったが。
「降って来ましたね」
デルター宅の裏でデルターに薪割の指導を受けていたランスが言った。
「ああ。きっとお前も俺も大忙しになるぞ。こういう場所では決まって助け合うもんだ」
「雪掻きのことですね?」
「いや、そんな生温いもんじゃねぇ、雪降ろしだ。屋根から落ちるなよ、相棒。それと腰にも注意しろ」
「気を付けます」
そして再びランスは斧を振りかぶり、切り株に立てられた薪に向かって振り下ろしたのだった。
二
燭台と囲炉裏に点った炎が寒い室内を薄暗く照らし出す。
猟に出た村人がデルターとヴェロニカへと雉の肉を持ってきた。ありがたいことにあらかじめ加工されていたそれを鉄の串に刺し炙って焼いている。
ランスはこの場にいなかった。世話好きな村の男達と共に夜回りに出たのだ。今日は寄らないだろう。
「止むわけないか」
窓ガラスの外を見ながらヴェロニカが言った。
「そうだな」
デルターは串肉を炙りながら応じる。肉の他にネギも刺さっており、それが甘い美味しいにおいを漂わせている。
「でも、デルターと二人きりになれるんだもの。大変なのは当然だけど、雪には感謝してるわ」
少女のような笑顔でヴェロニカが振り返った。
「肉焼けたぞ」
「今行くわ」
三
一夜のうちに雪は三十センチ程まで積もっていた。
雪のせいで入り口の扉が開けられなかったのもあるが、家が重みで倒壊する前にデルターは二階から一階の屋根に移った。
「屋根、踏み抜かないでね」
ヴェロニカが言った。
「大丈夫だとは思う」
「家の心配じゃなくてあなたの心配をしているの。落ちて骨でも折ったら大変だわ」
ヴェロニカの目はハラハラしているようだった。
「ありがとよ。たぶん大丈夫だ。それより美味いおじやを頼むぜ」
「ええ、任せて」
ヴェロニカは階段を下って行った。
「さて」
デルターは、先が四角のスコップを手に雪降ろしに挑み始めた。
しばらくすると雪道を数人が歩いて来た。
「ハゲの救世主さん、入り口の雪は俺達が何とかしてやろう」
「おう、悪いな」
村の男達はせっせと慣れた様子でスコップを振るっていた。
身体を動かすと温かくなるものだ。
「これからアンタのところの若い奴のところへ行って来るよ」
「そうしてやってくれ。ありがとな」
デルターは一階の屋根の雪を全て降ろしたが、雪はしんしんと無言で降り積もって行く。
デルターはヴェロニカと朝食のおじやを食べ、今度は二階へ上ろうとした。
「デルターさん」
名を呼ばれ、見下ろすとランスがスコップを片手に立っていた。
「二階へなら私が上がりますよ。デルターさんの身体では大変でしょう」
「デブで悪かったな」
「ああ、いえ、そんなつもりで言ったわけでは」
「冗談だ。朝食は食べたのか?」
「ええ」
「だったら上がって来い」
そうしてランスが上がって来る。
「しかし、本当に積もりましたね。我々の地方ではあり得ないですよ、この量は」
「ランスさんは高いところ大丈夫なの?」
ヴェロニカが開けられた窓から言った。
「実は得意じゃ無いです。でもそんなことを言ってられません。聞いたところによると、お年寄りの世帯が難儀してるそうです。早くデルターさんのところを終えて二人で助けに行きましょう」
「おう、そういうことなら」
「でも、デルター、あなた、お腹がつかえて上れないじゃない」
「うっ」
デルターが気まずく応じるとヴェロニカが一階の屋根へと上がって来た。その手にはスコップが握られている。
「だからあなたは他の村の人達のところへ行ってあげて、ここは私とランスさんでテキパキ終わらせるから」
ヴェロニカが得意げに笑って見せる。
何て可愛い顔してやがる。
デルターはランスの前だったがヴェロニカを抱きしめた。
「くれぐれも落ちるなよ」
「分かってるわ。すぐに合流するからそれまで頑張ってね」
「おう」
そしてこちらを何とも言い難い顔で見ているランスを振り返った。
「そういうわけでヴェロニカのこと、頼んだぞ」
するとランスは引き締まった顔で頷いた。
「お任せ下さい」
よし。
その一声を聴き、デルターは家へと戻り、外へと出た。
夢中になっていて気付けなかったが、村の者達の雪と格闘する声があちこちから響いてきた。
「よっしゃ、今行くぜ」
デルターは奮い立ち白銀の世界へ駆け出したのであった。




