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第七十四話 「間道の戦い」

 方針は決まった。

 だが、まだ日が高い。キンジソウが村人達に準備を進めさせた。

 何の準備か。今は秋も半ばを過ぎ木の葉も枯れてきている。キンジソウは茶色のマントを用意させ、それに糊を付け、木の葉塗れにしたのであった。

「マントが台無しだな」

「本当に役に立つのかよ」

 村人達は文句を言い始めたが、デルターは応じた。

「必ず役に立つ」

 敵の目を欺くためだとキンジソウは前もって言ってはいた。デルターはこの戦いのプロの言うことに従うことにした。

「どうです?」

 ランスが茶色のマントを被り側の木の隣に這いつくばって見せた。

 遠目や、よほどの注意が無ければそれは気付かれないだろう。擬態化したその様子を見て村人達は熱心に準備に取り組んだのであった。



 二



 未明。デルターとランス、そしてキンジソウを含めた二十七名の銃の使い手は間道へと上って行った。

 三十分ほど進み、カンテラが照らす中、適当な斜面を上って一同は横並びになった。

 沈黙し、朝が上ると、デルターは一人緊張を覚えていた。

 もしも、前と違い、賊が正面から出てきたらどうなるだろう。

 村は略奪され、戦火となり、村人は虐殺される。その中にはヴェロニカも入っていた。

「マントを被れ」

 キンジソウが指示を出す。

「良いか、相手は賊だ。やらなきゃやられるだけだ、有りっ丈の弾丸を浴びせてやれ」

 キンジソウの言葉は村人達に対する鼓舞だったようだが、デルターの心にも響いた。

「そうだ、やらなきゃやられる。あいつらはそういう邪悪で残虐な奴らなんだ」

 デルターはふと呟きを漏らしていた。決意が固まり、マントを被り、伏せて銃口を間道に向けた。

「そうですね、デルターさん」

 隣でランスが応じ、初めて自分が声を出していたことにデルターは気付いた。

「撃てるか、ランス? 人の命を奪えるか?」

「敵には理屈は通じませんし、改心も期待できません。完全にこの村をターゲットにしているなら、もう我々は逃げるか戦うしか道は残されてはいません。皆、戦うことを選んだ。そういうことです。ならば、私も」

 ランスが言った。

「そうだな、ランス」

 以前の記憶が甦る。弱弱しくデルターの腕の中で息を引き取ったランス。だが、突如として恐ろしい考えがデルターの脳裏を過ぎり、心臓に早鐘を打たせた。

 ランスは連れて来るべきでは無かった。この奇襲が成功したからと言ってランスが死なないとも限らない。

 だが、そんなことは言えるわけがない。ここにいる誰の命も等しいものだからだ。村人達だって命懸けで来ている。

「ランス、生き残れよ」

 デルターは伏せてマントを被り擬態している相棒に向かって言った。

「デルターさんも。死んだらヴェロニカが悲しみます」

「たぶんそうだろうな」

 デルターは応じた。

 どれぐらい待っただろうか。

「来たぞ」

 静寂の中キンジソウの声は大きいわけでも無いがよく聴こえた。

「もう一度言うぞ、撃たなきゃやられる。お前らの誰が死んでも悲しむやつはいる。遠慮なく銃をぶっ放せ」

 キンジソウが言い終わると、剪定されてない木々の枝葉を掻き分け、枯葉を踏む音が幾つも聞こえ始め、朝日が盗賊達を照らし出した。

「焦るなよ」

 キンジソウが囁いた。

 盗賊達が嬉々として道を進んで行く。その列が半ばまで達した時だった。

「撃てぇ!」

 キンジソウの声が木霊し、人々はマントをかなぐり捨てて銃を向けた。

 向けただけだったが、それは一瞬のことであった。

 キンジソウとデルターが撃つと、我も我もと次々に銃弾を雨あられと降り注がせた。

 盗賊達は戸惑いピストルに手を掛ける前に斃れていった。

 デルターの隣でランスも銃撃を見舞っている。

「殺せ殺せ! こいつらを通せば村に被害が及ぶぞ!」

 デルターはヴェロニカの死を、ランスの死を思い出し無我夢中で撃鉄を起こし、引き金を引き、弾を装填しを繰り返していた。

「デルター! デルター!」

 名を呼ばれ、肩を揺さぶられた。

 デルターが顔を向けるとキンジソウがいた。

「デルター、終わった。俺達の完全勝利だ」

「そうか」

 デルターは荒い呼吸を整えつつ、銃口を下ろした。

 間道には殲滅された賊達が斃れていた。

「おお、神よ、許したまえ」

 誰かが言った。

 デルターも同じ言葉を心の中で口にしていた。

 俺は最初こそ戸惑っていたが、そのうちピストルに慣れちまった。呑まれる様に。大切な人が死んで初めて分かった、命がどれほど儚く大事なのかと。それはこの盗賊になっちまった連中にも言えるし、今までさんざん殺してきた連中にも言えることだ。

 いつかピストルを捨てられる時代が来れば良いな。

 村人達に続いてデルターも斜面を下り、一帯の制圧を完了した。賊は全て死んでいた。



 三



 その日は昼から夜中まで大宴会だった。村人達が自分達で害を葬ったのだから、彼らは得意げに大騒ぎしていた。

 間道の発見者のデルターと、皆を説得し現場を指揮したキンジソウは特にもてはやされていた。だが、デルターよりも若く美男子のキンジソウの方には村の若い娘達が次々訪れ、闇を照らす幾つものかがり火のせいだろうか彼女達の顔を何やら赤くしている。

 こっちは男にもてた。

 間道を発見した功績はそれほどまで大きかった。最初に村人達の戦術に異を唱えたのもこの余所者デルターだった。

「デルター、先に私寝るから。ペケさんも行きましょう?」

「ニャー」

 ヴェロニカに促されペケさんが歩み出す。と、その足が止まりこちらを振り返った。

 ペケさんの声が聴こえた。

「デルター、お前は私の脅しにも屈せずよくやった」

「脅し?」

 酔っ払い達の間からデルターは黒猫に向かって言った。

「ニャー」

 ペケさんは一鳴きするとヴェロニカの後ろへ駆け去って行ったのであった。

 デルターは忘れない。

 本当は失っていたはずの仲間達のことを。あの時の絶望感を。

 もう二度と、あんなことにはさせない。

 村の男達から酒が回って来たが、デルターは遠慮した。

「何だ、何だ、立派な体格して酒も飲めねぇのか?」

 村の男達がはやし立てる。

「デルターさんは、お酒は飲まないことにしてるんです」

 見かねたのか、ランスが歩み寄りながら言った。

「だったらお前飲むか?」

「え?」

「ほら、こっちに来いよ、お前も救世主デルターの仲間なんだろう? 奴に代わって俺達の酒を飲め!」

「い、いや、私はあまりお酒は得意では無いので」

 村人達に囲まれたランスが助けを求める様にこちらを見る。

 デルターは笑った。

「たまには飲んで来い。俺の分も任せた」

 デルターは腰を起こした。

 そのまま寝所へ向かう。

 ランスの助けを求める声、村人達の賑わう声が聴こえる。

 平和だ。

 今まで何も感じなかったが、こういう夜を俺は失いたくはない。

「寝るのか?」

 村の若い女達に囲まれたキンジソウが酒を呷ると声を掛けて来た。

「ああ。このままじゃ自分自身に課した禁酒令が解けちまいそうだからな。……今日は、いや、毎回世話になるな。今日は特に世話になった」

「その分はいただいたさ。毎度あり」

 デルターは頷き、与えられた宿の一室へと向かったのであった。


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