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第七十話 「疑念」

 消え行った老婆。そして倒壊した家屋。全ては現実だった。

 ああ、老婆はその役目を終えた。

 デルターは朝日がおぼろげに差し込む中、周囲を見たが、どこもかしこも草藪で封じられ帰り道が分からなかった。

「どうやって帰ろうかしら?」

 ヴェロニカがデルターの疑問に答えた。

 三人は老婆が刈ったはずの草藪の獣道を探すために分かれた。

 と、声が上がった。

「あれ? あそこにあるのは」

 ランスが小走りで駆けて行く。

「二人ともちょっとこっちへ来てください」

 秋も深く枯れた茂みの中にそれはあった。

 祠があり、その中にはあの老婆の石像が置かれていたのだ。

 伸ばした右手には何かが収まるように丸い穴がかたどられていた。

「もしかして」

 ヴェロニカがマチェットの柄をその中に入れる。

「ヒョッホホホホ」

 聞き覚えのある老婆の笑い声が森中に響き渡った。

 途端に倒れるランスと、ヴェロニカ。デルターも急に強烈な目まいがし、その意識が手放される途中、マチェットの刃が急激に錆びてゆくのを見た。

 これは現実だと思っていた実感が揺らいだ。

 が、ついにデルターは眠気に根負けし、その場に倒れてしまったのだった。



 二



「デルターさん」

「デルター?」

 二つの声が聴こえ、デルターは身を起こした。

 ランスとヴェロニカが心配そうにこちらを見下ろしていた。

「何だ? 俺は寝ていたのか?」

 デルターは起き上がる。そこは街道の端だった。

「何故か知りませんが、全員火の番もせず眠ってしまったようです」

 ランスが言った。

 ん?

 デルターは何かが脳裏を過ぎるのを感じたが、それは掴まえられなかった。

「私達、どうして寝ちゃったんだろうね」

 ヴェロニカが言った。

「でも、盗賊にも猛獣にも襲われず良かったです」

 ランスが言った。

 デルターもそう思うしかなかった。脳裏を過ぎって消えて行った何かが強烈な違和感を醸し出していたのは間違いないが、思い出せないものは仕方が無い。

 今は朝のようだった。

「まぁ、良い。飯を済ませたら出発するぞ」

 デルターは二人にそう言いながらも不自然さを感じずにいられなかった。

 俺は何か忘れているような気がする。周囲の草藪は獣道一つ無かった。やはり思い出せない。これ以上は無駄か。ただ、ここで何かあったのは確かだ。

 ヴェロニカのアメジストの首飾りはキッド爺さんからの贈り物だ。分からないが、それも手掛かりの一つのような気がしてならなかった。


  

 三



 次なる町ムーンまではすぐ近くだった。

 パン屋からはパンの焼ける良いにおいがした。

「お前らどうする? このまま進むか、それとも今日は宿を取るか」

 デルターは大して疲れていなかった。ヴェロニカは元気なようだし、問題のランスもまだまだ余裕の様子だった。

 進むことで一致した。ちょうど商店が開き始めたので、三人は旅の食料と松明の買い出しに動き、酒場で昼食を挟んで弾薬を買った。

 予定では旅立つことになったが、予想よりも買い物に時間が掛かったため、一晩宿に泊まることになった。

「それじゃあ、二人ともおやすみなさい」

 ヴェロニカはシングルで、デルターとランスはツインで部屋を取った。

 彼女が去ると、ベッドに身を投げ出すランスを見て、デルターは尋ねた。

「なぁ、不自然だとは思わないか?」

「何がです?」

 ランスが半身を起こしてこちらを見た。

「今朝のことだ。何だか、俺達、街道に投げ捨てられたようにも思えてな。いや、投げ捨てるというよりもっと優しい言葉で言い表すべきなんだろうが」

「デルターさんもですか。私もヴェロニカも実はその辺りに不思議にも思っていたんです。デルターさんを起こす前にそう話し合ったのですが、何かがあったような無かったような。ただ、ヴェロニカが手掛かりを覚えていたようで」

「それは何だ?」

「え? やらなきゃ駄目ですか?」

 ランスがギョッとして尋ねた。

「今更、ヴェロニカを起こすわけにはいかねぇだろう。何かが思い出せるかもしれない。やってくれ、ランス」

 デルターが頼むと、ランスは咳払いし、ベッドの上に立ち上がると、ナイフを引き抜き、振りかぶった。

「チョエエエッ!」

 ランスが叫びながらナイフを振るう。

「だ、そうです。何か思い出せましたか?」

 恥ずかし気にランスが問う。だが、デルターは何も思い出せなかった。

「いいや、駄目だな」

 デルターは諦めた。

「ただ、あの近くで何かがあったのは確かだ。今の実演を見る限り、野盗でも猛獣でもない何かに襲われたのかもしれない。いや、分からん」

「そうですか」

「悪いな。じゃあ、寝るか」

「ええ。ではおやすみなさいデルターさん」

 ランスはベッドに潜り込んだ。

 デルターは複数の燭台の灯りを消してベッドに入ったのであった。

 そんなことよりも王都まで近づいている。俺はこのまま洗礼を浴びて帰って神官として復職できるだけで本当に良いのか?

 隣で寝息を立てるランスは就職の見聞を広め、体力をつくるためにこの旅に参加している。俺も何か得るものを得て帰るべきなんだろうな。それが見つかれば良いが。

 デルターはあくびをし、そして眠りについたのであった。

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