第六十九話 「亡霊退治」
「チョエエエッ!」
ヴェロニカのマチェットが亡霊を二体叩き斬り、消滅させる。
デルターも老婆の加護を受けたナイフを振るい亡霊達を滅してゆく。
奥の方からも老婆の掛け声と、ランスの少々腰の引けた声が聴こえていた。
「チョエエエッ!」
浮かび上がり急降して来た亡霊をヴェロニカがまたもや斬った。
「ヴェロニカ、その掛け声どうにかならないか? 別に声を出さなくても斬りさえすれば良いんだぜ?」
前からもちょっと離れた後方からも声質は違えど同じ掛け声が聴こえることに、デルターはこの叫び声を出さなければ亡霊が消滅しないと彼女が思い込んでいると感じ、言った。
「あら、この叫び声、けっこう気に入ってるのよ。身が締まるわ。それに身体が高揚するの。絵本や小説の勇者になった気分ね」
「まぁ、お前が気に入ってるなら、俺は別にどうでも良いが」
襲いかかって来た亡霊二体を切り裂きながらデルターは応じる。
その時、家屋が大きく揺れた。
おそらく屋根だろう、何者かが跳躍しているような音が幾重にも聴こえている
ミシミシミシと音が鳴った。
「デルターさん!」
ランスが廊下を駆けて戻って来た。
「ランス、婆さんは!?」
「それが一人で大丈夫だって。ただこの家が壊れるとまずいらしいです。誰かが屋根で揺さぶっている亡霊を斃しに行かなきゃ、我々は闇に生きる亡霊達餌食になってしまうそうです!」
必死の形相でランスが言った。
「屋根つったって」
入口からは続々と亡霊が侵入してきている。
「私が行くわ」
ヴェロニカが言った。
「おい、だが」
「あなたじゃ、屋根を踏み抜いてしまうかもしれないでしょ? それにおそらくランスさんは高いところ苦手みたいだし」
ヴェロニカがマチェットを振るいながら言った。
「よく分かりましたね、私が高いところ駄目だって」
「顔に書いてあるもの。仕方が無いわ。だから、二人は道を作って、ランスさんが入り口に残って、亡霊を斬っている間に、デルターが私を屋根に上げるのを手伝う。この方針で行くわよ」
策も無い。それに神官崩れのデルターにも、この家が弱っているが何故か聖域のようにも思えた。
「わかった、良いな、ランス?」
「ええ、やりましょう!」
デルターとランスは駆け出し、部屋中の亡霊を切り裂きながら入口を塞ぐ亡霊を突き殺す。
そして二人は外に出る。
月明かりの中、亡霊達がうようよ待ち構えていた。
「ヴェロニカ、亡霊に身体を乗っ取られないようにしてくださいね、解呪する術はお婆さんしかできませんから」
「乗っ取られるとどうなるんだ?」
「意識を失い、亡霊達の思うままに操られます。私がそうでした。さぁ、行きますよ!」
ランスが声を上げて応じる。
ランスが大薙ぎ払いで亡霊の中に突進して行く。
デルターはヴェロニカの足を肩に乗せながら立ち上がる。
「届くか?」
「行けるわ!」
ヴェロニカの足が離れて行く。そして彼女は屋根に到達したようだ。
「チョエエエッ!」
ヴェロニカの老婆譲りの勇ましい掛け声が木霊した。
デルターは背後を振り返る。
ランスが孤軍奮闘していたが包囲されかけていた。
「ランス戻って来い! 俺達は入り口を背にして戦うぞ!」
「はい!」
ランスが駆け足で合流した。
頭上と、家の中からはヴェロニカと老婆の声が絶えず聴こえ続けている。
デルターとランスもナイフを振るい亡霊達を退治した。
無我夢中で武器を振るっていた。やがて無尽蔵に湧き出て来たと思われていた亡霊達が限られ、そしていなくなった。
「終わったようだね」
老婆が大きな顔を出した。
デルターは屋根から飛び降りて来たヴェロニカを受け止めた。
見れば、夜が白々と明け始めている。
「ヒョッホホホホ。お前達には感謝しとるよ。迷いの森の亡霊達を全て行くべきところに送ってくれた」
老婆が言った。が、その身体が朝日を受けて透き通り始めた。
「御婆ちゃん?」
ヴェロニカが尋ねると老婆は頷いた。
「ワシは呪い師。長い間、ここに独りで暮らしておった。いつ頃からか亡霊が現れ始め、それがキッドのとかいう海賊の宝を狙うために、この迷いの森に侵入してきた者の成れの果てと知った。悪霊共は飢えておった。生きている人間の魂を食らおうと。だが、食ったところで元には戻れない。その味を覚え、ますます貪欲さが増すばかりであった。幾人もの人々が奴らの術中にはまり、ワシはその度にこの聖域に導いた。だが、それも今回で終わりのようじゃ」
老婆の目が動く。激しい音を立てて、家屋が倒壊した。
「キッドの宝の噂も昔のものだ。惑わされる者もいないだろう。亡霊もいなくなり、ワシはようやく神からの役目を果たした。お前達に礼を言う。そしてさらばじゃ」
老婆は笑った。
「ヒョッホホホホ」
そして笑い声と共にその姿は朝靄の中に消えて行ったのであった。




