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第六十八話 「亡霊」

 尋常ならざる雰囲気に炊事場へ駆け付けると、そこは燭台という燭台に灯が点り眩い世界へと変化していた。

 老婆がマチェットを片手に木の扉の方を見つめている。

「婆さん、何があったんだ?」

 デルターが問うと老婆は言った。

「お前達は空腹の亡霊共に目を付けられている」

「空腹の亡霊だって?」

 すると木の扉が激しく叩かれた。

「お腹が空いたよー」

「新鮮な人の魂を食べたいよー」

 男のようなそれもかなり低くくおどろおどろしい声が外から聴こえた。

「なかなか次の町へ辿り着けなかったじゃろう?」

「あ、ああ」

「亡霊共の術中にはまってしまったというわけじゃ」

 扉だけでなく家の壁までも叩かれている。亡霊とはにわかに信じがたいことだが、デルターは老婆を信用していた。

 亡霊はいる。

「この周囲は迷いの森という。昔々活躍した海賊キッドのお宝の噂が流れて、多くの者達が無謀にもこの森に挑んだ。そして出られなくなり息絶えた。その成れの果てがこ奴らじゃ。肉を食らう代わりに魂を啜る」

「魂を啜られたらどうなるんですか?」

 ランスがピストルを手にしながら尋ねた。

「言わねば分からんか? 死じゃ」

 ドカアアッ!

 木の扉が吹き飛んだ。

 デルターは慌ててピストルを抜いた。

 外の暗闇から現れたのは、得体の知れない者達だった。まるで頭から足先までフードをかぶったような連中だが、本来なら顔のある辺りに縦長の洞窟のような両眼と、横に大きく避けた口があった。

「ついにこの家の護符も限界が来たか。ならば今夜で全てに終止符を打つのみ!」

 亡霊がゆらゆらと入って来る。

「チョエエエッ!」

 老婆が声を上げマチェットを振るう。

「ギョエエエエッ!」

 亡霊が袈裟斬りになり断末魔を残して飛散した。

「御婆ちゃん、強い!」

 ヴェロニカが目を輝かせて言うと老婆は振り返った。

「まだまだ亡霊共はいる!」

 そして次なる亡霊が三体同時に入り口を潜って来た。

「ランス!」

「はいっ!」

 これは現実なのだ。デルターはランスに声を掛け、二人はピストルを亡霊に向けて引き金を絞った。

 だが、弾丸は亡霊を貫通し穴を穿ったが、もやのように塞がった。

「そんなもん、亡霊相手に役には立たん! ナイフを出しな!」

 老婆はそう言うとマチェットをヴェロニカに渡した。

「チョエエエッ!」

 加護でもあると思ったのか、ヴェロニカは老婆の叫び声を真似して亡霊を切り裂いた。

「婆さん、策があるなら早くしてくれ」

 デルターはヴェロニカ一人に任せて置けず催促した。

 老婆はデルターとランスのナイフの刃にそれぞれ手を乗せると何やらブツブツ唱え始めた。

「チョエエエッ!」

 ヴェロニカが懸命にマチエットを振るい亡霊共を退治している。

「婆さん!」

 デルターが尚も急かすと老婆は頷いた。

「これで奴らに通用する武器になった」

 老婆が言うや、デルターはヴェロニカの隣に急行した。

「チョエエエッ!」

 ヴェロニカがデルター目掛けてマチェットを振るう。

「おいっ!?」

 デルターはナイフで受け止めた。

「あら、ごめんなさい。でも、いきなり出て来ないでよ」

 ヴェロニカが言った。

「悪かったよ」

 デルターが謝罪した時だった。

 背後のおそらくデルター達が寝ていた部屋から破壊的な音が聴こえた。

「ちいっ! このボロ家も今夜で最後か」

 老婆は包丁を取り出すと、燭台を手に奥の部屋へ駆けて行った。

 亡霊達は不気味な声を上げて次々部屋に入って来る。

「御婆さんだけで大丈夫でしょうかね?」

 ランスがナイフを亡霊に向けながら尋ねた。

 程なくして老婆の気合と怒りの乗った声が聴こえて来た。

「ランス、行ってくれ! ここは俺とヴェロニカでどうにかする」

「わ、分かりました! お互い御武運を!」

 ランスは廊下を駆けて行った。

 さて。

 デルターは勢揃いした亡霊達に目を向けた。

「魂を食わせてくれー」

「俺は女の魂の方がいいー」

「俺も年増とはいえ女の魂の方が良いー」

「ハゲの魂は嫌だー」

 亡霊達が口々に言いゆっくり歩んでくる。

「失礼な奴らね」

 ヴェロニカが言った。

「本当にそうだな」

 デルターにはもはや恐怖や困惑が無かった。武器が通用するなら何を怖がる必要があるだろうか。

「やるぞ、ヴェロニカ!」

「行くわよ、デルター!」

 二人は異口同音に叫んで亡者達に斬りかかって行った。

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