第六十七話 「老婆の家」
ズザッ、ズザッ。
先頭を行く老婆がマチェットを振るって、草藪を切り開いてくれている。
デルター、ヴェロニカ、ランスの順でその後をついて行く。
程なくしてオンボロの一軒家が見えて来た。
「ヒョッホホホホ。着いたぞえ」
老婆がこちらを振り返る。
「あの御婆さん、こちらがお住まいなので?」
ランスが尋ねると老婆は頷いた。
そして扉を開く。
外見に反して中はさほど酷くは無かった。すぐに炊事場があり、奥へ続く廊下がある。
「今日は猪鍋じゃ。風呂は裏手にある。すぐそこの川から水を汲んできて風呂桶へ入れて、火を起こせ」
老婆はそう言うとマチェットを立て掛け、棚から野菜を取ってバケツの水で洗い出した。
やることも無さそうだったのでデルター達は揃って裏の風呂へと向かった。
てっきり、外にあるのかと思ったが、家屋の中に風呂場は作られていた。風呂桶には水が無かった。
「うーん、無理か」
ヴェロニカが言った。
「何がだ?」
「デルターと久しぶりにお風呂に入れたらなと思って。でも風呂桶が一人分ギリギリってところね」
屈託のない笑みを浮かべて言う彼女にデルターは上気しつつも反論した。
「年を考えろ、年を。あの頃はガキだった」
「はいはい」
ヴェロニカが言った。
「バケツがありましたよ」
外からランスが顔を出す。
「おう、薪はどうだ?」
「ありますね」
「分かった、とりあえず水を汲もう」
デルターとヴェロニカも外へ出て老婆の言う通りすぐ側を流れる川にバケツを突っ込んで水を汲み、往復して湯舟をいっぱいに満たした。
「ヴェロニカが先に入りますか? 私とデルターさんで火を起こしますので」
「悪いわね、ランスさん」
ヴェロニカは浴室の中へ消えて行った。
「ヒョッホホホホ」
不気味な声がし、振り返ると老婆が立っていた。
「そこのお前、猪を解体するのを手伝っておくれ」
老婆はランスを指し示した。
ピストルであわや命を奪うところだったことを思い出したためか、ランスは率先して頷いた。
「じゃあ、デルターさん行ってきます」
不意にデルターはランスがもう戻って来ないのではないだろうかと思った。
「いや、やっぱり俺が!」
「大丈夫ですよ。それよりも火を起こさないといつまでもヴェロニカを待たせることになりますよ」
「そうよそうよ。温かいお風呂はまだなの?」
浴室内からヴェロニカの声がした。
「分かって行ってこい」
デルターそう言い目くばせする。
油断するなよ。
ランスは頷いて応じ、腰のピストルを叩いて見せた。
デルターはその背を見送ると薪をくべ、火打石で火を起こした。
二
何事も起きなかった。少なくとも寝る前までは。
老婆の猪鍋は美味しく、風呂に入れて旅の疲れが一気に吹き飛んだ気分だった。
後は、部屋に敷いてある布団に収まって、明日を迎えれば最高だろう。
ヴェロニカを挟んで三人は川の字に寝た。
床に敷いてあるだけの布団なのに、ふかふかで冬も近い寒い時期にはとてもありがたかった。
そして三人は特に団らんもすることなく、そのまま寝入ってしまった。
「デルターさん、デルターさん」
ランスの声が耳を抜けデルターは目を覚ました。
燭台を手にしたランスとヴェロニカが、どこか強張った様子でこちらを見ていた。
「何があった?」
「そ、それが」
すると老婆の声が轟いた。
「今すぐ失せろ、旅人を惑わす亡者どもめ!」
その声を聴き、デルター達は素早く準備を整えると、土間へ急行した。




