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第六十五話 「キッドの宝」

 洞窟を歩いて十五分ぐらいだろうか。今のところ罠らしい罠に遭遇していない。ヴェロニカも後ろをついてきている。

 だが、洞窟の幅は広くなりいつの間にか真ん中を歩いていることに気付いた。

 途中で分岐点があれば見過ごしてしまっただろう。

「ヴェロニカ、まだ楽しいか?」

 デルターは立ち止まって灯りを振り返って尋ねた。

「ええ、この先に何があるかワクワクするわ。たとえ行き止まりだったとしてもね」

 これは行くしかないな。

「良いか、はぐれるなよ」

「ええ、分かっているわ」

 デルターは歩き始める。

 ランスの奴は暇しているだろう。

 そんなことを考えながら歩んで行くと、不意に前方に灯りが見えた。僅かな松明程度の灯りではない、煌々と輝き闇に光りの帯を投げ出している。

 これは盗賊かもしれない。むざむざ争うのは御免だ。

 ヴェロニカに引き返そうと言い出そうとしたときに、灯りの先から声が聴こえた。

「お客人、よくぞここを見付けたな。入って来るがいい。歓迎するぞ」

 男の声だった。

 悪意は感じなかったが、得体の知れない状況だ。

 デルターはピストルを抜いた。

「ヴェロニカ、お前はここで待っていろ」

「私も行くわ」

 ヴェロニカはデルターの腰の鞘から大ぶりのナイフを引き抜いた。

「お前達のやり取りが目に見えるようだ。その通り、警戒しながらで良い。入って来るがいい。俺は何も抵抗はしないと約束する」

 灯りの向こうから男の声が言った。

 ヴェロニカが隣に並ぶ。

 デルターは相手を信じたわけではないが、ヴェロニカは行く気満々だ。

 いざとなれば俺が盾になればいい。

 デルターは歩き始めた。

 煌々と照らす灯りの正体は金貨の山だった。

 それが壁中に設けられた燭台の明かりを受けて輝いていたのであった。

 金貨の山にはアメジスト、ルビーなどで作られた装飾品が埋もれていた。

「それで、あなたは誰?」

 ヴェロニカの問いに、デルターは慌てて黄金の山から目を離し、そちらを見た。

 揺り椅子に腰かけた白髪頭の老人がいた。

「俺か? 俺の名はキッドだ」

 老人はまるで誇らしくそう言った。

「キッド?」

 デルターとヴェロニカは顔を見合わせたが、相手の顔が言っている。キッドなんて聞いたことが無いと。

「ハハハハッ、こう見えても有名な海賊だったんだぜ」

 キッドは笑いながら言葉を続けた。

「しかし、よくここを見付けたな。ここに通じる獣道を通って来たのか?」

「その通りだ」

 デルターが言う。

「そんなことより、これ全部、あなたの物なの?」

 ヴェロニカが尋ねた。

「そうだよ、ナイフを持った気丈なお嬢さん。ここまで宝を集めて輸送するのは大変だった。俺のことはキッド爺さんと呼んでくれ」

 キッド爺さんはそう言った。

「海賊だったんだろう? あんたがボスだったのかは分からないが、他の連中はどうしたんだ?」

 デルターが問うと待ってましたとばかりにキッド爺さんが口を開いた。

「聴きたいかね? キッド爺さんの人生譚を」

「いや、そんなことには興味は無い」

 デルターはそう言ったが、ヴェロニカがナイフを鞘に戻して進み出た。

「私は興味あるわ。話して頂戴、キッド爺さん、あなたのことを」

「良いお客さんだな。どれ語ろうか」

 キッド爺さんは揺り椅子に座りながら、まずは海運業の従業員であったこと。遥か北の方で反乱を起こし、仲間達と海賊となり、王国の艦隊と壮絶な戦いを繰り広げたこと。そして宝を隠すことになって、故郷の近くであるこの街道の洞窟に宝を持ち帰り、最後は仲間達と宝の奪い合いになりそれに勝利したことを話した。

「これだけあれば、もっと贅沢な暮らしができるはずよ。何故しないの?」

 小一時間語ったキッド爺さんに向かってまずヴェロニカが問う。

「それはな、お嬢さん。俺は金やお宝を眺めるのが好きなんだよ」

 キッド爺さんはそう言うとパイプを咥え、煙をふわりと吐き出した。

「これを見る度、壮絶な歴史の中で勝者となった夢をいつでも思い出せることができる。それが好きなんだ」

「変わった趣味ね。でも、分からなくも無いかも」

 ヴェロニカが言った。

「ありがとうよ、お嬢さん。そしてそっちの陸の銃士もな」

 陸の銃士。デルターをそう称したのだ。大げさだが、悪い気分ではなかった。

「あんたの夢に踏み込んで悪かった。俺達はここのことを見なかったことにして帰ることにする。仲間も待たせているしな」

「そうね、大人しく見逃してくれるならだけど」

 デルターに続いてヴェロニカが言うと、キッド爺さんは言った。

「お嬢さん、そこのアメジストの首飾りをお前さんにあげよう。もって行け」

「良いの? あなたの夢が欠けちゃうんじゃないかしら?」

「初めての訪問客だ。それに俺の長話を嫌な顔一つせず聴いてくれた礼だ」

 ヴェロニカは固辞するかと思ったが、あっさり金貨の山の前に来ると埋もれているアメジストの首飾りを取った。

「銃士。お前は好きなだけ金貨を持ってくと良い」

「いや、俺はいい。こいつの言う通り、あんたの思い出が無くなっちまう」

 デルターは断った。が、キッド爺さんは言った。

「今日、それを埋め合わせる新しい思い出ができた。これからは無くなった宝の代わりにお前さんの達が訪ねてきてくれたことを思い出そう。さぁ、持って行け」

 これは断りきれないだろうな。

 デルターは諦めて金貨の山に近づくとそれを二枚手に取った。

「この金貨の思い出は?」

 問うとキッド爺さんは応じた。

「一つは商船団を襲った時の。もう一つは仲間達とギャンブルをして儲けた金だ」

「もうその時のことが思い出せなくなるぞ?」

「案ずるな。新しい思い出に成り代わったまでのことだ。しかし、欲が無いな、銃士よ。今日は素晴らしい日だ。もっと持って行けば良いものを」

「アンタの積み上げた思い出を、これ以上、減らしたくは無いからな。キッド爺さん、俺達はこれで失礼するわ」

 デルターが言うとキッド爺さんは少々寂しげな顔をした後、頷いた。

「じゃあね、キッド爺さん。いつまでも元気でいてね」

 ヴェロニカが言った。

「お前達も、人生頑張って来い。そして良い思い出をな」

 キッド爺さんはそう言って送り出してくれた。

 二人はキッド爺さんの部屋を出ると振り返る。灯りはまだ漏れていた。手に握られた金貨の感触と共に、今の出来事が現実であることを教えてくれた。

「行くぞ、ヴェロニカ」

「ええ」

 アメジストの首飾りをつけたヴェロニカが応じた。

 外に出ると、そばの茂みからランスが出て来た。

「どうでした?」

「お前に土産だ」

 デルターは二枚のうちの一枚の金貨をランスに渡した。

「ランスさん、良いでしょこれ?」

 ヴェロニカが首飾りを見せる。

「これは? 中で何があったんです?」

 デルターは簡潔にキッド爺さんのことを話した。

「そうですか。海賊達のお宝だったんですね。しかし、二人とも欲深く無いですね。私なら喜んで金貨を頭陀袋一つに入るだけ入れちゃいますが」

「欲張りね、ランスさん。あなたが行かなくて良かったわ。いえ、あなたも行くべきだったのかもしれない。キッド爺さんの物語を聴けばとてもとても欲張りになんかなれないもの」

 ヴェロニカが言い、デルターは頷いた。

「ここでの事は秘密にしておいて、さぁ、出発だ。また土の上で寝たくは無いだろう?」

「私は野宿歓迎だけど」

「逞しいですね、ヴェロニカは」

「あなたがひ弱なだけよ、ランスさん」

 ヴェロニカが言うとランスは苦笑い浮かべた。

 そしてデルターを先頭に一行は洞窟を後にしたのであった。

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