第六十四話 「洞窟探検」
発見したのはランスだった。
街道を歩いている途中、用を足しに獣道へ踏み込んで行ったのだが、彼は戻って来ると言った。
「この先に洞窟がありますよ」
「まぁ、洞窟が?」
ヴェロニカが顔を輝かせた。
その好奇に満ちた視線がデルターへ向けられる。だが、デルターは注意深く言った。
「止めておけ。中に凶暴な獣か、それか、盗賊の塒か何かかもしれねぇ」
「藪蛇だって言いたいの?」
ヴェロニカが眼差しを強くして応じた。
「その通りだ。止めとけ」
するとヴェロニカは言った。
「私、行ってみたいな。こういうのってワクワクしない? ランスさんはどう?」
「え? 私ですか? デルターさんの言う通り、野盗の隠れ家かもしれませんし、我々も過去に実は、そんな雰囲気の野盗の隠れ家に踏み込んだことがありまして・・・・・・」
そこまでランスが言うとヴェロニカは腰に手を当てて言った。
「大の男が揃いも揃って、洞窟一つにときめきを覚えられないの? だったらここで待ってて頂戴。両手にお宝を抱えて来るから」
ヴェロニカが獣道へ歩み出す。
デルターは溜息を吐いた。
姿形は成熟した大人でも、心にまだ子供の頃の無邪気さが残っているようだ。
「ランス、行くぞ」
「すみません、デルターさん、洞窟のことなんて言わなければ良かったですね」
ランスが申し訳なさそうに言った。
二人は早足でヴェロニカに追いついた。
洞窟は茶色に枯れた草藪と巨木の陰になっていた。緑が生い茂る頃はこの洞窟を見付けることは難しかっただろう。
「やっぱり来たのね。デルター」
ヴェロニカが勝ち誇った笑みを浮かべてウインクした。
デルターは思わずドギマギしたが、それを打ち消すように溜息を吐いて言った。
「中に仕掛けがあったりしたら、一人でどうするつもりなんだ?」
「大丈夫、デルターが助けてくれるもの」
「まったく」
デルターは呆れながらランスを見た。
「お前はここに残ってくれ。俺達が一日経っても戻って来なかったら、助けを頼む」
「ええ、分かりました」
ランスは頷いた。
こいつもきっと中が気になったからこれの存在を知らせたのだろう。
そう思うと心が痛むが、どうもヴェロニカとランスだけで行かせるのは迂闊なような気もしたのだ。
「早く松明に火を灯しましょう」
ヴェロニカが急き立てた。
「分かった、分かった」
デルターはそう言い、言われたとおりにする。
松明を受け取ったヴェロニカはやはり童心に返った様に目を輝かせていた。
「それじゃ、行ってくる。長くなりそうだったら途中で引き返す。ヴェロニカも良いな?」
「ええ、分かったわ」
本当に分かったのだろうか。
デルターは歩み出す。
ヴェロニカが後ろに続いた。
土壁と闇を松明の灯りが切り裂いて行く。
二人の土を踏み締め引きずる足音だけが木霊した。
「ヴェロニカ、いるな?」
「ええ、いるわよ」
「今更だが俺に何かあったらランスに知らせに走ってくれ」
「ええ」
無言で足を進めて行くと、ヴェロニカが言った。
「ごめんなさい、デルター。あなたは私達の命を心配して止めてくれたのよね」
「まぁな」
「私、今更だけど、少し反省してる」
「引き返すか?」
デルターが足を止め振り返ると、ヴェロニカはかぶりを振った。
「いいえ、行くわ」
「分かった。だが、見ての通りの暗闇だ。先に何があるかわからねぇ。俺から少し離れた位置で付いて来てくれ。落とし穴にはまるのは一人で充分だ」
デルターは恐竜の遺跡の入り口の落とし穴の罠を思い出してゾッとしていた。長く伸びた刃の列に貫かれた死体達。
怖気付いたのか俺は?
ヴェロニカが背後で歌を口ずさんでいる。それを聴きながらデルターは己を奮い立たせた。
俺はしっかりしなきゃならねぇ。怖がっている暇などない。
デルターは深呼吸し、闇へと挑んだのであった。




