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第六十三話 「星空の下で」

 今日は日が暮れたため、途中で野宿することになった。

 初めての野宿だったらしく、ヴェロニカは、子供のようにはしゃいでいた。そんな彼女を見てデルターは笑った。

 ランスは疲れた様子を見せたが、是非ともと言い、薪を拾いに出て行った。

「星空が綺麗ね」

 ヴェロニカはそう言うと手近の木に縋りつき、何と登り始めた。

「お、おい、あぶねぇって!」

「落ちたら、あの時みたいに受け止めてね」

 暗闇のせいでヴェロニカの顔はよく分からない。だからこそデルターは肝を冷やし、慌てて頭陀袋を漁り、一本の松明を取り出すと火打石で火を起こした。

 ヴェロニカは木の中腹の枝の付け根に腰掛け、星空を眺めていた。

「人が死んだら星になるって聞いたことがあるわ。私が死んだらあなたにはどれが私の星か分かるかしら?」

 そう言われ、デルターは空を見上げ、満天の瞬きを見つつ、真剣に考えこみ、ギブアップした。

「滅多なことは言うもんじゃねぇ。降りて来い」

「もう少しこうしていたいわ」

 ヴェロニカはそう言うと溜息を吐いた。

 そしてヴェロニカは星空を、デルターは松明の薄明かりが照らすヴェロニカの横顔を見ていた。

「ランスさん、遅いわね」

 ヴェロニカがこちらを振り返った。

「そうだな」

 その時だった。

 ヴェロニカの座っていた木の枝が音を立てて折れた。

「きゃっ!?」

 デルターは駆け、松明を投げ捨てて落下する彼女を受け止めた。

「だから言ったろう? もうあの頃みたいに身軽じゃないんだ。大人になっちまったんだ、俺達は」

「そうみたいね」

 ヴェロニカは舌を出して笑った。

 デルターは安堵した。

「ありがとう、デルター」

 ヴェロニカが言い、デルターは彼女を下ろした。

 雨上がりの泥濘が音を立てた。

「あの時みたいに受け止めてくれたわね」

「寿命が縮んだぜ」

 デルターはその笑顔に溜息を吐いた。信頼している。そんな相手の顔を見て、自分の胸は熱くなる。

 獣のような衝動が身体を包んだ。このままヴェロニカを抱きしめてしまえと。

 それは駄目だ!

「戻りました」

 ランスが森の中から現れた。

 デルターは途端に野性味の様な欲望が引いて行くのを感じた。

「運良く濡れてない薪はこれだけでした」

 ランスは両手に抱え込んでいる薪を見せた。

「そうか、ご苦労だった。松明を幾つか犠牲にするしかねぇな」

 そうして大きな出来る限り平たい石を三人で探し、その上に薪と松明を置いて火を起こした。

 侘しい保存食だったが、ヴェロニカはまるで珍味を味わったかのように喜んでいた。そして彼女が採取した野イチゴをデザートにし、デルターとランスは見張りを決めようとした。

「私もやるわよ」

 ヴェロニカが言った。ただ獣除けの火の番をするだけだというのに彼女の目は焚火のそれよりも燃えていた。

「大丈夫ですよ、私とデルターさんとでやりますから」

 ランスがなだめる様に言うと、ヴェロニカは子供のように頬を膨らませて抗議した。

「ねぇ、ランス、あなたは私のことを認めてくれないの?」

「え? 認めるとは?」

 ランスが逡巡させるように間を置き尋ね返すと、ヴェロニカは答えた。

「旅の仲間よ」

「それなら、認めてますよ」

 ランスは頷きながら言った。

「だったら私にも見張り番を任せて頂戴」

「え? いや、デルターさん?」

 ランスが困ったようにこちらを見る。

 デルターも溜息を吐いた。

「やってみろ。ただし、よっぽどのことが無い限り暇なだけだからな」

「任せて」

 ヴェロニカが胸を叩いて応じた。

 まぁ、何事も初めは新鮮な喜びや楽しみがあるもんだからな。これも一種の旅への憧れだろうか。

「じゃあ、最初の二時間を任せる。時間になったら俺を起こせ」

「分かったわ」

 返事を聴いてデルターはランスに頷き返した。相棒は頷き返し、濡れていない地面を探してその上に毛布を敷いて外套を纏って寝転がった。デルターも同じように場所を見つけた。火からは少し遠い場所で巨木の枝が密集し屋根のようになっている場所だった。

 デルターは首を傾け、ヴェロニカを見ていた。

 彼女は木に背を預けただ星空を見詰めている。

 ランスは早くも寝入ってしまったらしい。いびきとは言わないが、寝息がここまで聴こえてきている。

「あ、流れ星!」

 ヴェロニカがそう言い一心不乱に祈りを捧げていたが、そうなる前に星は消えて行ってしまった。

「何を祈ってたんだ?」

 デルターは尋ねていた。

「内緒よ。今晩みたいな日はまだまだ流れ星が見つかりそうだもの」

「そんなに願い事があるのか?」

「ううん、御願いは一つだけ。でも、流れ星ってあっという間でしょう? だから何回でも祈らなきゃ不安なの」

「そうか」

「うん、そう。さぁ、早くおやすみなさい。私があなたを起こすまでね」

「何かあったら少しでも不審なことがあったら遠慮なく呼べよ」

「了解よ。それじゃあ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 デルターは仰臥し目を閉じた。ヴェロニカの願い事は何なのだろうか。気になったが、訊くのはヤボというものだ。それにそのうち気付ける機会があるかもしれない。そうしてデルターは静かなまどろみに身を任せ、意識を徐々に沈ませていったのだった。

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