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第六十一話 「新たなる旅路」

「すみません、ミス、コーランド」

 ランスは言葉通り申し訳なさそうに言った。

「気にしないでランスさん。最近は乗合馬車ばかりで移動していたから徒歩の旅なんて新鮮で嬉しいわよ。それとランスさん、ミス、コーランドは止めて、ヴェロニカと呼んでくれると嬉しいのだけれど」

 ヴェロニカが言った。

「ああ、それではそうしましょう、ヴェロニカ。なので、私のことも呼び捨てで結構です。失礼ですが、あなたの方が年齢も上ですし」

「分かったわ、ランス」

 ヴェロニカは微笑む。

 あれから五日後、予定通りヴェロニカと合流したデルターとランスは、彼女を迎え入れてデールを旅立った。

 ランスが長い引きこもり生活から就職のため足腰を鍛えるために徒歩の旅していることを告げると、ヴェロニカはニッコリと了承してくれたのだ。デルターは念のため野宿の厳しさを説いたが、ヴェロニカはむしろはつらつとした様子で承諾したのだった。

「馬車の旅って、たまには面白い人と御一緒するときもあるけど、大概味気ないもの」

 ヴェロニカはそう言い、一行の先頭を歩いて行く。

 はち切れんばかりの診察バッグを片手に軽やかに歩んでいる。

「楽しんでるみたいですね」

 頭陀袋を肩から下げ空いた両手にそれぞれ一キロの重りを持ったランスが言った。

「そうだな」

 デルターも応じつつ、この旅が楽しいものであることを祈っていた。有事の際はヴェロニカは俺が守る。そう幾度も決意を固めていた。

「デルター、見て。アケビよ。木にアケビがなってるわ。昔なら木登りして取ったけど、今じゃ無理よね」

 ヴェロニカはまるで、デルターの思い出深い、少女に戻ったかのようにそう声を上げる。

「あら、野イチゴも。良かったわね、デザートができたわ」

「明るい旅になりますね。いえ、そうしましょう」

 ランスが言い、デルターは頷いた。

 ヴェロニカが野イチゴを採取している間、デルターはアケビの実を何とかして取れないものかと思案していた。

 この太った身体では、木登りは無理だろう。

 だが、デルターはヴェロニカを喜ばせたかった。自分と彼女二人だけの思い出を呼び起こすように、あのアケビを何とかして手に入れたい。

 デルターは茂みに入りながら木を見上げる。

 アケビの実が高いところに幾つかぶら下がっている。既に熟れた実は落ち、虫の餌となっていた。

「デルターさん、どうしたんですか?」

 茂みの向こうからランスが問う。彼が茂みに入って来なかったのは、ヴェロニカを一人にしないためだろう。相棒のその機転と気遣いにデルターは感謝し、素直に吐露した。

「アケビをどうにか取れないだろうかと思ってな」

「アケビですか。私が木に登りたいところですが、実は高いところが苦手でして」

 ランスの苦笑いの混じった声が応じる。

「揺らしてみるか」

 デルターは両手でそこそこな巨木にガッシリと抱き着いて全力で揺さぶろうとしたが、木はビクともしなかった。

「銃で撃てるでしょうかね」

 ランスが言った。

「それだ」

 デルターは命中率には幾分か自信を持っていた。イヅキ教官も認めてくれていた、その命中精度を信じてピストルを抜き、撃鉄を起こしてアケビの実っている枝に狙いを定めた。

 そして撃つ。

 自分でも信じられなかったが、枝を打ち抜きそのまま落下していたそれを慌てて受け止めた。

「デルター? 銃声がしたけど?」

 ヴェロニカの不安気な声が聴こえ、デルターは茂みを掻き分けて街道へ出た。

「ああ、俺だ。ちょっとこいつをな」

 デルターはアケビが三つなった枝を差し出した。

 ヴェロニカが驚愕に目を見開いた。

「私のために?」

「ああ、いや、俺も久々に食ってみたくなってな」

 デルターはもいでヴェロニカとランスに渡した。

「こんなの子供の時以来ですよ。懐かしいなぁ」

 ランスが言った。

 デルターはヴェロニカがこちらを見て微笑んでいるのを見ると安堵していた。

「ちょっとお行儀悪いけど許してね」

 ヴェロニカはアケビの皮を開いて実にかじりつくと、口から種を器用に吐き出した。

 彼女が笑い。デルターも同じようにする。

 懐かしい味だった。その甘さは即座にデルターの全身を駆け巡った。

 種を吐き出すがヴェロニカほど上手く吐けなかった。

 ヴェロニカが笑う。

 デルターもつられて髪の無い頭頂部を掻きながら笑った。

 幸先の良い旅の出だしだ。と、デルターは思った。

 俺はこの笑顔を守りたい。

 彼が決意した時だった。

「おや、空が曇って来ましたね」

 ランスの声が現実に引き戻す。

 デルターが空模様を確認するや、雷鳴が鳴り響き、大粒の雨がその禿げ頭を打ったのだった。

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