第五十八話 「再会」
夜の寒さが身に染みるようになった。この辺りでは雪はどれぐらい降るのだろうか。故郷の町では膝下近くまでなら積もった方だが、王都目指して北上するほど、空気が冷たくなってくる。季節が冬に移行している最中ということもあるだろう。
そしてこの寒さの理由はそれだけでは無かった。
デルターは風邪を引いたらしい。節々が痛み、頭がガンガンする。そしてランスの分も外套を羽織っても寒かった。
身体は丈夫な方だと思ったが、年齢を重ねるごとに弱って来たのかもしれない。
「何を言ってるんですか。デルターさんは男盛りの時ですよ。私なんか若者なのか本当のおじさんなのか分からない場所にいるというのに、羨ましいじゃないですか」
野宿中、身体の異変を感じ取ったデルターは、朝、起きることができなかった。ふらつきが治らず、食欲もないし、空腹も感じない。ただ、横になっていたかった。
しかし、出発せねばならなかった。当たり前だ。ここは街道、野原だ。
ランスもさすがに立ってはふらつき、倒れる自分の様子を見て、事態を察したらしい。
「酷い熱ですね」
彼はデルターの額に手を当てて言った。
そこを運よく、朝一番に通りかかった行商の馬車の荷台に乗せてもらうことができた。
次なる町デールで降りると、ランスに肩を借りながら宿へ入りベッドに横になった。
ランスは薬か医者の手配をしてくると言い、水差しを窓の前に置いて出て行った。
眩しい。まどろみを外の明かりが邪魔をする。動くのも億劫だがカーテンを閉めた。
ああ、神よ、お助けを。
再びベッドに横になり、三枚の毛布と掛布団に身を埋めながらデルターは祈ったが、かぶりを振った。神は既に慈悲をくれている。早朝、通りかかった荷馬車がそれだ。
おお、神よ、今の祈りはお忘れください。
喉がかさついているのを感じた。具合が悪くなってきている。まどろみが襲ってくる。ああ、そうだ、意識を手放してしまえ。少し寝ればこのぐらいどうとでもなる。
二
「デルター、デルター」
振り向けばそこにはヴェロニカがいた。
もう十六だ。孤児院と教会から巣立つ時が来ている。これからどうやって生きてゆくのか、悩んでいるときにデルターはマイルス神官に誘われ、教会で神官として働くことになった。
ヴェロニカは七歳年下だった。金色の流れるような綺麗な髪をし、サファイアのような綺麗な瞳をしている。その幼い瞳がデルターに訴えている。
「何だ、ヴェロニカ?」
孤児達の兄貴分としてデルターは、彼女達の面倒を見ていた。
今思えば、粗暴な俺を神官にしたのは、この辺りがマイルス神官の目に留まったからかもしれない。
「あたしね、ウォルター先生のヨウシになるんだって」
「おお、そうなのか」
ウォルター・コーランド先生は町医者だ。とても精力的で優しく医者としては理想の人物だったが、デルターが四十の時に亡くなった。
そうだった。ということはこれは夢か?
「あたしね、いっぱいお勉強してお医者さんになるの。そうしたらデルターのことも診てあげるね」
そういえば、そんなことがあったな。
と、ぶしつけな声が割り込んで来た。
「デルターさん、デルターさん」
おおい、ランス。少しぐらいに過去に浸らせてくれても良いんじゃねぇか?
デルターは目を覚ました。
カウボーイハットをかぶったランスが見えた。
と、頭が痛んできた。喉も焼ける様に荒れているようだ。相変わらず節々も痛く、半身を起こすだけでフラフラする。
「お医者様を連れてきました」
ランスが言うと後ろに机の上に大きなカバンを置いて中身をガサガサと漁っている人影が見えた。
髪は金色で長い。
ヴェロニカ。そうか、俺はヴェロニカの夢を見ていたんだ。あいつも今頃は立派な医者になってるんだろうか。
医者がこちらを向く。細身の身体に白衣姿に聴診器を首に下げている。
「デルターさん、こちらコーランド先生です」
ランスが紹介する。
「コーランドよ。奇遇ね、私の友人にもデルターという名前の人がいるのよ」
サファイア色の目をした美しい顔がはっきりと見えた。
「少し怒りっぽいけど面倒見の良い人だったわ」
コーランド? ウォルター・コーランド。
だが、その容姿は?
「ヴェロニカ?」
デルターが問うと、相手は目を瞬かせた。
「私の名前よ。よく分かったわね」
デルターは驚いた。全身に雷が走ったような感動を覚えた。懐かしさが胸を熱くさせる。
「マイルス神官長は知ってるか?」
デルターが問うと相手は更に目を丸くした。そして言った。
「デルター? デルターなの? そんなにいる名前じゃないからまさかとは思っていたけれど」
「俺も偶然お前の夢を見ていなかったら思い出せなかったかもしれない。見違えたぜ、ヴェロニカ」
笑おうと思ったが、デルターは咳き込んだ。
「さぁ、デルター、感動の再会は後よ。まずは病気の正体を確かめましょう」
ヴェロニカが言った。




