第五十七話 「神猫ペケさん」
最初の不意打ちで死者が出たかと思ったが、皆、軽症だったのが幸いだった。ただ、保安官だけが運悪く脚に複数の銃弾を受け倒れたところを、早とちりした民兵に死んだと勘違いされたらしい。
「義民兵の皆にも礼を言うのは当然だが、ランス、お前のおかげで助かった」
保安官事務所でランスとデルター、キンジソソウは感謝状を貰った。
ランスは戦意を喪失して逃げ出した義民兵らを再度集結させ、率先してその場の指揮を執ったこと。デルターとキンジソウは現場に居残り、賊の町への進出を止めたこと、それらを賞されてのことだった。
午後も過ぎた客のいない酒場に三人と一匹は、訪れ、卓を囲んで昼食を取っていた。
キンジソウが不意に懐から金貨五枚をデルターに差し出した。
「何だ?」
状況が呑み込めずデルターが問うとキンジソウは言った。
「今回はたいして役に立って無かったからな。これだけ返す」
法外な値段を吹っ掛けるキンジソウだったが、自分なりの決めごとがあるらしい。
「いや、良い。そいつは受け取らねぇ。お前は俺と一緒に最後まで残ってくれたろう。あそこで持ち堪えさせなきゃ、ランス達の登場は無かった」
デルターが言うとキンジソウは「フッ」と笑い、金を引っ込めた。
「そうですよ、それに私が間に合ったのもペケさんのおかげなんですから」
ランスが言った。そのペケさんは猫好きの酒場の厳ついオヤジに抱き上げれたり、撫でられたり、その他、構われたりで、迷惑そうな顔をしているように見えた。
お前達、だらだらとくっちゃべってないで早く飯を終わらせろ。ペケさんの目はそう訴えているようにも見えた。
「ペケさんが訪ねて来たって話か」
デルターが言うとランスは深く頷き真面目な顔でこちらを見て応じた。
「私は自分のしてしまったことを悔やんでる間に、寝てしまったようで、その時、夢の中だとは思うのですが、声が聴こえたんですよ」
「声?」
デルターが問うとランスは今度は軽くうなずき話を続けた。
「夢の中の声はこう告げました。良いのか? このままで。デルターは、お前のハゲの相棒は今、窮地に置かれている状況だぞ。と。その時なんですよ、不意にあの廃村の様子が頭の中に映り、散り散りになって逃亡する人達と、それを尻目に入り口で居残って応戦しているデルターさんの姿が見えたんです」
「俺の様子が?」
デルターは少し驚いて尋ね返すと、ランスは頷いた。
「ええ。信じられませんが、私が見た風景は全く瓜二つの場所でした。そしてデルターさんが、大勢の敵の銃弾の中、危なげなく、いや、半分命を投げ捨てたように反撃に乗り出しているのを」
「それで?」
デルターは先を促した。
「声は言いました。このままだとお前はもう一度後悔することになる。今の比ではない、多大なる後悔だ。それはすなわちお前の相棒デルターの死だ。と。そこで私には、デルターさんの言葉が思い起こされました。デルターさんがこんな私を必要としていること、こんな情けない姿だった私を相棒だと言ってくれたことを。再び声は言いました。今、この状況をどうにか出来る鍵を握っているのはお前だと。宿の厩の真ん中にいるのは駿馬だ。それに乗り、出会った民兵達を説き伏せ、お前が大将となって率い、風前の灯となった相棒の運命を救うのだ。と。それがお前の背負った罪を贖うことになるだろう。と」
ランスは茶を一口飲み、真面目な顔を崩さず、話した。
「そして、毛布を跳ね上げて起きたら、そこに座ってこちらを見詰めているペケさんが居たんです。つまりキンジソウさんが関わっていることもそれで察することができました。キンジソウさんを雇って、あの危険な状況だというなら・・・・・・と、私は少年を殺して悔いてしまっていたことを忘れ、無我夢中で宿の駿馬を駆りました。驚いたことにペケさんの脚は駿馬よりも早くて、私を先導するように駆けてくれました。そして逃げて来る民兵達と出会って、このまま逃げても賊は町に入り込み、人々を傷つけるだけだとか、思いつく限りあらゆる言葉を捲し立てて、説得し、デルターさん達に合流したというわけです。あの声、そしてあの光景を見せてくれたのは、もしかしたらペケさんじゃないかと私は思うんです」
デルターは黒猫を振り返った。
酒場のオヤジから解放されたペケさんはこちらを振り返り一鳴きした。
頭の良い猫だとは前々から思っていたが、今度は不思議な猫だとも思った。ランスが嘘を言うわけも無く、廃村で窮地に追い込まれた自分達の姿を見せたというなら、これは神がかりの猫だ。
「そうか、お前にもペケさんは諭したか」
キンジソウが麦酒を呷ると言った。
「俺もペケさんとの付き合いはそれなりになるが、時々、そんな夢を見せる時がある。金になりそうなこと、つまりは困った連中と、それを放って置いた末路とかな。・・・・・・実は今回も見た。だから来た。夢の中で声がした。ハゲたお前の友人がこのままだとあえなく殺される。その相棒は今はいない。お前のハゲの友人はたった一人きりで困難に立ち向かっていると」
キンジソウはペケさんを一瞥し、デルターに言った。
「世の中、不思議なこともあるもんだが、これらは全てペケさんの仕業だと俺は思っている」
「そんな馬鹿な。とは、言わないぜ。キンジソウもランスも遣わしたからからこそ、俺は死なずに済んだんだからな。だから命の恩人だぜ、ペケさん」
デルターが手を伸ばすと、ペケさんはピョンと膝の上に収まった。
「ペケさんは何歳ぐらいなんですか?」
ランスが問う。
「化け猫だって言いたいのか?」
キンジソウが皮肉を言うとランスは慌てて頭を横に振った。
「いえ、決してそんなことは。ただ、化け猫というよりも、何と言えば良いのか」
「神がかり」
デルターが言葉を引き継いだ。
「そうです、ペケさんは神がかった猫なのかもしれません。例えそうじゃなくても、キンジソウさん、くれぐれも大切にしてあげて下さいね」
ランスが言うとキンジソウは麦酒を一気に呷り、ニヤリと笑って言った。
「俺の財布の仕組みを教えてやる。この中身は半分は俺、もう半分はペケさんの分になってるんだ。お前らが知っての通り、俺は法外な値段で依頼を引き受けるからな、ペケさんの財布も潤ってる。だから心配はいらない。カットもシャンプーも行く先々で連れて行って、猫にしては豪華な飯を食べている。だから安心しな」
キンジソウが言った。
皿に盛られた冷めたパスタをつつきながらデルターは言った。
「しかしよぉ、ハゲた相棒だとか、ハゲた友人はちょっと酷くないか? ペケさん、今度何かあった時はもっと違う言葉で俺を言い表してくれよな。こう、もっと男らしいような、よ?」
すると肯定するかのようにペケさんは「ニャー」と、デルターの膝の上で鳴いたのだった。




