第五十六話 「再臨」
廃墟の村はすぐに見えて来た。
朝も早く日が出ていないためか、保安官の狙い通り廃村は静まり返っていた。ボロボロの朽ち果てた建物がある。おそらくはコケかキノコでも生えているだろう。
「良いか、二人ずつに分かれて、建物へ押し入るんだ。そして寝ている賊を討つ」
保安官が言うと、一同は頷いた。
「おい、保安官」
キンジソウが挙手する。
「何だ、見ない奴だな」
「そんなことはどうでも良いさ。歩哨もいないようだし、少し様子を見てからの方が良いんじゃないか?」
キンジソウが言うと保安官はかぶりを振った。
「そうやって好機を逃すかもしれない。作戦通りゆく。それ、賊を討ち取れ!」
保安官はそう言うと、先陣を切って駆け出す。他の者も二人組に分かれて後を追い、廃村に散らばって行った。
デルターが足を進めようとすると、その肩をキンジソウが掴んだ。
「行くのか?」
キンジソウが問う。
「俺達だけ突っ立ってるわけにもいかんだろう」
するとキンジソウはかぶりを振った。
「止した方が良い」
デルターはキンジソウの言葉に従うことにした。
「他の奴らを止められなかったのは残念だが」
キンジソウがそう言った時だった。
「いない!?」
「こっちにもいないぞ!」
義民兵らの驚愕の声が響き渡った。
その時デルターは見た。
廃墟の建物の屋根という屋根に突然人影が起き上がり、その瞬間、乾いた発砲音が鳴り響いた。
悲痛な声を上げ、民兵達はよろめき、うろたえる。
「ハハハハッ! お前達が来ることなどお見通しだ! 寝ている馬鹿がいるか!?」
嘲笑う声が轟く。
「保安官がやられたぞ!」
その言葉が聴こえるや民兵達は恐慌状態に陥りながら逃げ出して来た。
「キンジソウ?」
「このまま町まで雪崩れ込まれたら厄介だ。荷が重いかもしれないが、俺達二人でやるぞ、デルター」
手前にあった門の跡と思われる左右の石塀にそれぞれ分かれ、民兵達が離脱するのを見届けた。
無謀だが、二人でやるしかない。
「追え! このまま町に乗り込め!」
見える賊達は二十人ほどだった。
キンジソウとデルターは石塀から身を乗り出し、銃弾を見舞った。
賊が三人ほど倒れる。
賊達は慌てた様子で廃屋に身を潜めた。
そして牽制してくる。
幾つもの銃弾が石塀を掠めて行く。
反撃するのも命懸けだ。だが、このまま黙っているわけにもいかない。
キンジソウが合間を潜って応射する。
悲鳴が二つ上がった。
しかし、敵からの銃の嵐は止む気配はない。
陽が上っている。そんな状況がいたずらに続いた。
「ジリ貧だな。だがやるしか」
デルターが覚悟を決め反撃に出ようとした時だった。
背後から足音が響き渡った。
「デルターさん!」
馬上のランスが先頭で駆け、逃げ帰ったはずの義民兵達を引き連れて来た。
「良かった、間に合った!」
「ランス!?」
デルターは彼の復帰に驚いた。
「お待たせしました」
ランスは馬から下りる。足元には黒猫のペケさんがいた。
「さぁ、皆さんの町を守るのです!」
ランスが声を上げる。
「そうだ、仕切り直しだ、ギャング共!」
そして義民兵隊は気合十分に声を漲らせ、展開し一斉に銃弾を撃ち込んだ。
人数では拮抗していたが、ランスを先頭に村内に堂々と乗り込んで行く。
「掃討するのです! これ以上、犠牲者を出してはいけない!」
ランスの吹っ切れぶりはすごかった。ここまで度胸のある奴だとは思わなかった。皆の先頭に立ち、堂々叱咤激励している。
盗賊達は次々に倒れていった。
「賊達が逃げて行くぞ!」
数人の賊の影が見えたが、キンジソウが素早く狙い撃ちで全て仕留めた。
「せっかく雇われたのに出番無しってわけにもいかねぇからな」
彼はそう言った。
義民兵達は鬨の声を上げていた。
ランスが戻って来る。
「ランス、お前来てくれたんだな」
「ええ、ペケさんが訪ねて来てくれて、これはただ事では無いなと思いまして。それにデルターさん」
「何だ」
「あなたを失いたくはなかった」
「ランス」
デルターとランスは拳を合わせて微笑んだ。
現場の指揮にランスが戻って行く。その背は生き生きとしていた。
デルターはふと思い、言った。
「キンジソウ、お前は俺達のことを知っていてペケさんを使いに出したのか?」
「お前らに何があったのかは知らないが、俺の勘ではそこまでは見切れなかった。ペケさんが一人でやったことだろうな」
デルターは驚いて黒猫を見下ろした。
黄緑色の瞳はこちらを見上げていた。
「ペケさん、ありがとな」
「ニャー」
デルターが礼を述べると黒猫は短く鳴いたのだった。




