第五十三話 「別れ」
途中、野宿を挟み、ガールの町へ戻ると、さっそく考古学研究会の建物へと入った。
遺跡から戻ったモヒト教授を助手達が出迎え、成果を聴きに来たが、モヒト教授は無言で首を横に振り、彼らを黙らせた。
「あの遺跡は何でもありませんでした。さぁ、本部へ戻りますよ。撤収準備を進めて下さい」
モヒト教授はそう言うと、助手達はいまいち納得がいかないような表情だったが、忙しく資料をまとめたりしていた。
「皆さんは、最高の護衛でした」
モヒト教授はそう言うと報酬の詰まった巾着袋をランス、コモ、ユキに渡してきた。
「うひょー、この瞬間を待ってたぜ!」
コモは嬉々として受け取り、巾着袋の中身を調べて頷いた。
「確かにいただいたぜ」
「デルターさん、あなたにも助けられました。どうか、報酬を受け取ってはいただけませんか?」
モヒト教授が真剣な表情でこちらを見る。手には巾着袋が握られていた。
「悪いな、それを受け取ったら、俺にとっては意味が無くなる」
デルターが応じるとコモが言った。
「無駄無駄、教授。デルターは徳を積む旅をしてるんだとさ。高尚なことだよな」
「そうですか、分かりました。でも、あなたには最大限に感謝している人間がいるということを忘れないでくださいね」
モヒト教授が言った。
「ああ、その言葉、ありがたく受け取ろう」
デルターは頷いた。
「皆さんと別れるのは名残惜しいですね」
モヒト教授が一同を見渡して言った。
「またどこかで会えるさ。コモもユキもな」
実はここでコモとユキとも別れることになった。コモはこの町に滞在し、ユキは南下するということだった。
デルターの言葉にコモはニヤリと笑い、ユキは軽くうなずき、一足先に外へと足を向けた。扉の前で彼女は振り返った。
「世話になったね」
「こっちこそな。お前がいてくれて俺もランスも色々助かった」
デルターが言うと、ユキは微笑みを見せ、そして扉を開けて外へ出て行った。
少しの間しかいなかったが、仲間意識が芽生えていたのをデルターは感じていた。
「じゃあ俺も行くわ。しばらくこの町にいるから、護衛が欲しけりゃ言ってくれや。あばよ」
コモも出て行く。
「さて、ランス、俺達も出ようか」
「そうですね」
「旅の御無事をお祈りしております」
モヒト教授が言った。
「そっちもな」
デルターは扉へ向かって歩いて行く。
「それでは、モヒト教授」
ランスがそう言い、二人は扉を潜ったのであった。
二
「モヒト教授も言ってましたが、名残惜しいですね」
ランスが隣に並んで言ってきた。
「そうだな。少し寂しくなるが、出会いがあれば別れはあるもんだ」
「そうですね」
二人は無言で夕暮れ間近の町を宿を探して歩いて行く。
「ランス、久々に一仕事終えた感想はどうだ?」
デルターが問うとランスは微笑んで応じた。
「悪くはなかったです。ですが、考古学者、古生物学者、は魅力的でした。しかし学者になるには大学に通わねばなりません。それに勉強もしなければならないし、お金だって莫大にかかります。私の貯金や手持ちではとてもとても。何かをやるために遅すぎることはないとも言いますが、これ以上、親に無理を言ってお金を出してもらったりするのは気が引けます。それに今はもう働くことが先決です。高校の頃の進路調査、つまり将来を深く考えずに決めたことは私自身の責任です。親に苦労もかけたくないですし夢や憧れを追い続ける時間はデルターさんとの旅で終わりにするつもりです」
「そうか。お前が今すぐやりたいこと、やってみたいことが、見つかればいいな」
今すぐできる仕事なら山ほどあるぞ。と、言いたいのをデルターは止めた。ランスは困惑するだろうし、彼を追い詰めたくなかったからだ。彼がこの旅で答えを見つけたいのならそれを黙って応援してやるのが俺の役目だ。
「ありがとうございます」
ランスが言った。
二人は宿に入り、それぞれ部屋を取った。
その後、酒場に食事を取りに出かけた。
「よう、デルター、ランス、また会ったな」
コモが四人掛けのテーブルを占領していた。
「早い再会ですね」
ランスがそれでも嬉しそうに言った。
「お嬢さんもカウンターにいるぜ」
見れば他の客から離れた位置でユキが座っていた。
「お嬢さん、こっち来てお別れ会しないかい?」
コモが声を掛けると、ユキは振り返って答えた。
「別れならさっき済ませたわよ」
「そう釣れないこと言わないで、こっちに来てくれよ。俺達四人は秘密を共有し、死線を潜り抜けて来た仲間だろう」
コモの説得に応じたのか溜息を吐くとユキは応じて来た。
「お前らも麦酒かワインか注文しろよ」
コモが言った。
それも悪くはない。デルターはそう思いそうになったところで押し止まった。そうだった俺は酒を止めたんだった。
「おい、冷えた茶を頼む。ジョッキでな」
「それじゃあ、私もそれで」
ランスが続いた。
「何だ何だ、酒じゃないのかつまらねぇな」
コモが言った。
程なくして冷えたお茶が運ばれてきた。
「それじゃあ、各自グラスを掲げて」
コモが音頭を取った。
全員がグラスを上げる。
「俺達の別れと旅立ちに乾杯!」
コモが言い、各々力強くジョッキを合わせた。
かん高いガラスの音色が木霊したのだった。




