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第五十二話 「帰還」

「一つ、私でもアンドウモリエ教授でも分からなかったことがあるんですよ」

 帰り道、遺跡の広い回廊を行きながらモヒト教授が言った。

「何ですか?」

 ランスが問う。

「この広大な箱庭には人の手が加えられているのは当然です。一体誰がそんなことをし、恐竜達の繁栄を守って来たのかが」

 それに答えられるものは誰もいなかった。

 不意に雷鳴が鳴り響き、豪雨が降り注いできた。

「行きましょう。部外者の私達は大人しくここを離れるのです」

 モヒト教授は思い直したように言い先に歩き始める。

 デルター達は慌てて後を追ったがモヒト教授が微笑んで一同に応じた。

「私なら大丈夫です。デルターさん達が眠っている間にアンドウモリエ教授から詳細な地図をいただきましたから。罠の配置もばっちりです」

 気分良さげに踵を返し歩んで行くモヒト教授にデルター達は顔を見合わせ、その後に続いた。

 一夜、遺跡の中で過ごした。モヒト教授以外の四人で番をする順を決めた。

 デルターはユキと未明まで番をしていたが、雷雨は止む気配が無かった。

 遺跡に迷い込んだコエルルスの襲撃も無く、一行は歩いて行く。

 そして入り口に辿り着いた。

 石像の仕掛けを解き、見えた向こう側にはぽっかりと外が見え、ティラノサウルスと思われる恐竜の姿は無かった。

「良いですか、皆さん、報酬を少しだけ高くしますので、ここでのことは一切漏らさないと約束して下さい」

「守秘義務か。どのぐらい値上げしてくれるんだ?」

 コモが嬉々として尋ねた。

「一人金貨五枚です」

「七枚」

 コモが交渉に乗り出したが、ユキが口を挟んだ。

「こんなところで吹っ掛けてるんじゃないよ」

「そうです、ティラノサウルスが来るかもしれません」

 ランスが続き、コモは舌打ちして諦めた。

 デルターは外に出た。

 水溜まりが溢れ、繋がり池を作っている。

 秋の豪雨はまだ続いていた。

 外塀までは少し距離があった。

 ティラノサウルスはいなかった。

 始祖鳥も飛んでいない。

 稲妻が空を走り、短い間隔で轟いた。

「今のうちに行くぞ!」

 デルターは仲間達に声を掛けた。

 全員が外に出る。その時だった。

 あの悪魔の様な咆哮が響き渡った。

「奴が気付いた。しかしどこに?」

 と思った時に、頭上から大きな影が目の前に飛び降りた。

 空が薄暗くよく分からなかったが、大きな身体だった。

「手の指が二本、間違いなくティラノサウルスです! 勘尺玉を!」

 ランスが言い踏み鳴らしたが、頭上の轟雷を聴いているためか、ティラノサウルスはビクリともしなかった。

 そして身を伏せながら一同に食らいついてきた。

 空気を噛む音がする。

「くそ、こうなりゃ!」

 コモがショットガンを向ける。

「駄目です! 傷つけてはいけません!」

 モヒト教授が訴える。

 だろうな。デルターはそう思い、言った。

「ランス、煙幕を全部よこせ、早く! お前達は教授と一緒に走れ」

 デルターの声を聴き、コモとユキがモヒト教授を促し走り出す。ティラノサウルスがそちらに目を向けるが、デルターは怒鳴った。

「お前の相手はこっちだ!」

 土砂降りの中、雷に負けじとデルターは声を張り上げた。

「ランス、お前も行け!」

「でも、デルターさんは!?」

 大声でランスが尋ねてくる。

「行け! 俺は走れるデブだろうが!?」

「御無事で!」

 ランスは駆け出した。

 デルターはティラノサウルスに向かい合った。

 大口を広げ、並んだ牙を見せながらティラノサウルスがデルターの顔の前で咆哮を上げる。

 心臓に悪いぜ、この声は。

 デルターは煙幕を手にしたが、肝心なことに気付いた。

 火が無い。

 火を起こしいる暇もない。

「何てこった、俺は大間抜けだ!」

 デルターは遺跡に戻りやり過ごすべきか、一瞬迷ったが、すぐに外塀の入り口目指して仲間達の後を追った。

 ティラノサウルスは少しの間止まったが、すぐに軽い地響きを起こし追いかけて来た。

 モヒト教授達はもう少しだ。すると前方にいたランスが足を止め、振り返った。

「あいつ、何で止まるんだ!?」

 デルターは舌打ちし、困惑しながらもティラノサウルスの噛みつきを避け、走り続けた。

「デルターさん急いで」

 ランスの声が僅かに聴こえた。

 頭上のことなどどうでもいい、今は本物の雷に追われているような気分だった。

 するとランスが走り始めた。

 デルターは追い付いた。

「何で逃げなかった!」

「迷いを振り切れませんでした! デルターさんばっかり犠牲にして何が相棒ですか!」

 二人は並んで駆けながらティラノサウルスに追われていた。

 外塀の入り口が開き、コモとユキ、モヒト教授がこちらを見守っている。

 ティラノサウルスの巨大な顎が二人の間に割り込んだ。

 大口を開けた時だった。

 ランスが勘尺玉を口の中に投げ入れた。

 雷鳴には程遠いが破裂音がした。

 ティラノサウルスが顔を上げのけぞった。

 デルターもランスもその様子など振り返ることなく走り続けた。

 咆哮と地鳴りが再び後ろから迫って来るのを聴いた。

 入口まであと少しだ。

 モヒト教授達が待っている。

「どいつもこいつも、俺のことが信用できないのか!?」

 デルターは思わずそう言ったが、心の中では嬉しく思っていた。みんなが待ってくれている。

「さぁ、急いで!」

 モヒト教授の声がし、三人は向こう側へ入り口を潜った。

 デルターもランスもそのまま入り口を通過した。

 背後でティラノサウルスが頑丈そうな外塀にぶつかる音が聴こえた。

 その顔がこちらを見下ろしている。

 石の扉が閉まった。

 デルター達はティラノサウルスを振り返りながら、しばしその様子を見つめていた。

 ティラノサウルスはやがて諦めたように顔を引っ込めた。

 やれやれ。

 デルターも仲間達も安堵していた。隣でランスが荒い呼吸を整えている。

「ランス、助かったぜ」

 戻って来てくれたことも嬉しかったが、勘尺玉の件のことでデルターは言った。

「モヒト教授には内緒にしてくださいね」

 ランスは小声で囁いた。

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