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第五話 「過去」

「私は長らく働いていませんでした」

 ランスは言った。虚空を見上げながら彼は続ける。

「学生を終え、最初の職場は製鉄所でした。私に与えられた仕事は出来上がった鉄の品を運んで並べるだけでした」

 ランスは溜息を吐いた。

「でも、ただ並べるだけの仕事ができなかった。真っ直ぐ並べれば良いだけなのに。周囲の期待の目が怒りや呆れに変わってゆくのを感じました。酷く責められ泣いて許しを請うた時もありましたね、二度ほど。あれは今思い返すと卑怯な手段だったなぁ」

 ランスは顔をこちらに向けた。表情は穏やかだった。

 デルターは次の言葉を待った。

「結局、辞めました。辞めてから私が志したのは小説家でした」

「小説家?」

 デルターが問うとランスは頷いた。

「小さい頃から物語を書くのが好きでして、かなり自信はありました。実家に戻り、書きに書きましたが、同じアマチュア小説家の方々の作品を見る機会がありまして、そこで打ちのめされました。彼らの作品は私の作品の上をいっていたのです。しかし、同じ素人。一生懸命やれば追いつけ追い越せる。そう軽く見てました。親からは就業の催促が幾度もありました。でも、私は逃げるように書き続けて・・・・・・そして賞に応募しましたが、駄目でした。賞を取った作品が書店で発売されると私はさっそく赴き、内容を見ました。いやぁ、憤りました。何故、こんなものが売れるのかと。そしてそんな世の中に絶望し、迷走しながらもそれでも書き続け、いや、その頃は社会復帰も兼ねてボランティアをやりましたね。捨て犬、捨て猫の保護をし世話をする。それで伝手が合って二年前農業手伝いとして雇用されましたが、これも結局長続きしませんでした」

 ランスは再び頭上を見た。

「そしてその二年私といえば、時折小説を書き、後は寝てばかり。自堕落な生活になりました。運動不足で脂肪はつき、代わりに筋肉は衰え、気付けばこの歳でした。同年代の奴らが家庭を築いたり、会社で昇進したりと、そんなことが風の噂で流れて来ました。親だっていつまでも健在では無いし、その葬儀の費用を出さねばならない。そして弟には恋人がいて結婚もするでしょう。その時に邪魔にはなりたくない。そんな思いがあって今一度社会復帰をしようと思ったのです。それでもまずはこの怠惰な生活で弱った足腰を鍛え直さねばならない、そう思っていた時に、デルターさん、あなたが声を掛けてくれたのです」

「そうだったのかい」

 デルターは軽く驚いたが、彼を追い返そうとはしなかった。こいつには何かしら自信をつけて欲しい。そう思った。

「何かを始めるのに遅すぎるということは無い」

 どこかで耳にした言葉をデルターが言うとランスはこちらを見た。

「ありがとうございます」

「ま、王都へは長い道のりだ。色々見て回って将来を考えれば良い。気楽にいこうぜ」

 デルターは相手の肩を叩いて笑った。



 二



 実際、ランスは彼自身痛感しているように体力が無かった。いや、体力というよりも足の筋力が衰えていた。

 休憩を挟もうとすると、ランスは頑なに拒んだ。

「そんなことをしたら私のせいで次の町に着くのに夜中になってしまいますよ」

 地味で年齢よりも未成熟した顔を向けてランスは言った。そして黒のカウボーイハットを押し上げて、力強く笑みを浮かべて来る。

「お前さんがそう言うなら歩くが、無理すんなよ」

 二人は歩き始めた。ランスもあまり喋る性格ではないらしく、黙々と街道を歩んで行った。

 陽は夕暮れに成り代わっていた。その頃になってついにランスが動けなくなった。荒い息を繰り返している。今気づいたのだが、ランスは頭陀袋を肩から斜めに掛けて空いた左右の手にそれぞれ小さな重りを持っていた。

「どうせ鍛えるなら腕の筋力も鍛えたくて」

 ランスは申し訳なさそうに言った。

 その言葉を聴いた途端にデルターは怒りを覚えた。

 次の町へ入りたかった。熱い風呂とフカフカのベッド、喉を潤す葡萄酒に麦の酒。このノロマな相棒のせいでデルターはそれらに辿り着けなかったことに対し、憤りを覚えたのだ。

 だが、こらえた。地面に座り込んでいる年下の男は少なくとも今日一日頑張ってきた。そして俺を信じて過去を明かしてくれた。それに、知らなかったとはいえ、そんな男を誘ったのは自分だ。俺の責任だ。

 マイルス神官長ならどう言うだろうか。

 ランスという軟弱な男を誘わなければ良かったのだろうか。そんなデルターの問いに対し、頭の中に浮かんできたマイルス神官長は神官らしくないことを言った。「デルター、過去を悔やんでも何にもならない。大切なのは次に何をできるかだ」

 次に何をできるかか。デルターは街道の左右に広がる夕暮れの森を見た。

「今日はここまでだ」

「すみません・・・・・・」

 ランスが決まり悪そうに言った。

「気にするな。とりあえず、火を起こすぞ。薪拾いできるか?」

 ランスは呼吸を整えながら頷いて立ち上がった。

「ええ、乾燥した木の枝を探してくれば良いんですね?」

 積極的な姿勢にデルターはこの男を誘ったことを一度でも悔いた自分が途端に恥ずかしく思った。

「そうだ。もう夜まで時間が無い。あんまり深いところには行くなよ」

「分かりました」

 ランスはそう言って森へ入って行った。

 そしてデルターも野営の準備に取り掛かったのであった。

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