第四十八話 「合流」
水中を泳ぎ、あるいは息継ぎし、再び泳いで行く。
デルターは後悔していた。ランス達がいるところへ戻るべきだった。ロープを下ろしてもらえば確実に助かることができたはずだ。それが自分達は恐ろしい水生恐竜のいるかもしれない広い未踏破の水路を進んでいる。
と、ありがたいことに陸地があった。石畳の陸地が壁際に作られていた。
「そこで一休みしよう」
水面に顔を出したデルターは続いてきたコモとモヒト教授に向かってそう言った。
三人とも水の冷たさで身体を震わせていた。
明かり取りの格子窓はたくさんあるが相変わらず小さかった。太っているデルターも、痩せているコモでも身体が通らない。
「どのぐらいで外に出られるかな?」
コモが口をガタガタ震わせながら尋ねてくる。
「分からん」
デルターも震えながら応じた。
モヒト教授は無言で頭上を見上げていた。
「どうしたんだ、教授?」
デルターが尋ねると彼は応じた。
「この天井が開かないかなと思いまして」
「ランスとお嬢様も心配だな」
コモが言った。
「だが、ここでそんなことを期待してもしょうがないぜ。先へ進もう」
コモが飛び込む。デルターとモヒト教授も後に続こうとした時だった。
コモが大慌てで陸に戻って来た。
「どうした?」
デルターが問うとコモは表情を引きつらせながら言った。
「すぐそこに、首長の化け物がうようよ居やがった」
「本当か?」
「嘘を言うか?」
と、コモの証言を裏付けるように水中から勢いよく長い首が幾つも現れた。
「ちっ!?」
デルターは大慌てでモヒト教授を下がらせながら自分も後退し、大振りのナイフを構えた。コモもその隣に並んだ。
「教授、まさか、ここでも生き物を傷つけるなとか言わないだろうな?」
コモが言った。
「言いませんよ。この状況、草食恐竜なら良いですが、残念ながら肉食です。絶体絶命です。私もナイフがあれば」
「銃は?」
「あれは嫌です! 相手の痛みを感じさせない悪魔の武器です!」
モヒト教授が声を上げたためか首長の海竜達は一気に首を伸ばしてきた。
デルターと、コモはナイフを振るって応戦する。ナイフは当たるが切れなかった。ここまで硬い皮膚をしかも水中で自分は半分ほど抉り突き刺したのだ。しかし、今は首を宙に振るっての攻撃だ。時折、噛みついてくるが、それを弾き返すので精いっぱいだった。
この数は相手にできない。時間の問題だろう。
デルターが諦めた時だった。
不意に頭上から光がいっぱいに差し込み何かが、いや聞き覚えのある鳴き声だった。コエルルスが三匹、水面へ落ちて来た。
すると海竜達は狙いを変え、水中に沈んで行くコエルルス達に噛みつき、引っ張り合い、引き千切った。
「三人とも今です! ロープを掴んで!」
頭上からランスの声が聴こえた。
「モヒト教授、アンタから行け、早く!」
デルターは弾かれるように言った。
「分かりました!」
モヒト教授はロープに捕まり、自らも壁を蹴りながら引き上げられてゆく。
前方の惨劇は未だに続いていた。海面が血で真っ赤だった。
「この程度のケガで済んだのも奇跡かもね」
コモが身体の傷を見て言った。
「次! お早く!」
モヒト教授の声が反響した。
だが、海竜達は反応しない。
「コモ行け。俺はデブだからな、引き上げるのにお前の力も必要だ」
正直この場から一分一秒も早く離れたかったがデルターは臆病風を抑え込みそう言った。
「分かった。それと救援料は上で貰うからな! だから無事でいろ!」
コモが軽々とした身のこなしで上がって行く。
早く上ってくれ。早く辿り着いてくれ。
ふと、一匹の海竜がこちらを振り返った。
「ちいっ! もう少しだってのに!」
デルターは改めてナイフを構えた。
「急げデルター!」
「デルターさん、早く!」
コモとランスの呼び声にデルターは後ずさりしながらナイフを鞘に収めてロープを掴む。
頭上で仲間達が声を合わせるのが聴こえる。身体がグイグイ引っ張られ持ち上げられてゆく。
すると、海竜は宙ぶらりんのデルターに向かって首を伸ばしてきた。
その時、乾いた発砲音がし、海竜は小さくのけぞった。
誰が撃ったのかは分からない。このまま無事に地上へたどり着きたい。
着実に上がって行く身体だが、海竜の首ならば容易く捕らえることができる。デルターは緊張しながら海竜を見下ろしていた。すると全ての海竜達が食事を終え、デルターへ目を向けた。
まずい。
その瞬間、誰かに身体を掴まれ、デルターは地面を引きずられた。
一体の海竜の首が顔を覗かせた。
ショットガンの破壊音が鳴り、海竜の顔から血が吹き上がる。
「デルター、伏せてろ!」
コモの声がした。
デルターの隣で、ロープが回収されて行く。
「ランス! スイッチを押して!」
ユキの声がし、程なくして床がスライドして閉じ始めた。
だが、海竜の首が挟まれている。そのまま止まるかと思ったが、床は海竜の首を無理やり圧し潰し、ちょん切ったのであった。首無しの首から血が溢れ出ている。海竜の首は目を見開いたまま何も言わなかった。
デルターはようやく一息吐いた。
立ち上がって振り返る。
ランス、コモ、ユキ、モヒト教授が揃っていた。
「ランスにユキ、よく助けに来てくれたな」
心からそう述べるとランスが苦笑いしながら言った。
「偶然ですよ。回廊を走っていたらコエルルス三体と鉢合わせしましてね、そのまま戦闘に入るかというところで、急に床が開いて、デルターさん達が居たということです」
「重量の罠でしょうかね。ここを通るときは一人ずつ行きましょう」
モヒト教授が戻って来たレポートの冊子に書き込みながら言った。
遺跡という迷宮の中ではあるが、いずれにせよ、こうして地上に出られて良かった。
ふとデルターは思い出し、戻って来た財布から金貨を弾いた。
コモがキャッチする。
「そのお金は何なのさ?」
ユキが尋ねる。
「救出料さ」
コモがウインクして応じた。
「こんな時まで、この守銭奴」
軽蔑するようにユキが言った。
「いや、良いんだ。今回ばかりはコモがいなければ助からなかった」
デルターは素直に吐露した。
「私も泳げれば良かったんですが」
ランスが申し訳なさそうに口を開いた。
「気にするな、たまたま役目がこうなっただけだ。今、こうして無事なのも神の導きだろう」
デルターは若い相棒の肩を叩いて言ったのであった。




