第四十五話 「太古からの誘い」その二
突進してきた恐竜は雨あられと撃たれる弾丸にたまらず奇声を上げ立ち止まり、よろめきながら倒れた。
一同は素早く弾薬の装填に掛かり、次なる脅威に向けて闇を睨んだ。
そして新たな敵の気配が無いことを悟ると、不寝番も兼ねてさっそく血溜まりに横たわる恐竜の亡骸を検分し始めた。
青っぽい鱗に覆われた身体をしている。
全長は二メートルほどで、あとはデルターが先に見た通りの容貌をしている。
「殺す以外に道は無かったのでしょうか」
モヒト教授が落胆するように言った。
「コエルルスは肉食ですよ。殺さなければ奴らの餌食になっていましたよ」
ランスが諭すように言うが、モヒト教授はかぶりを振るだけだったが、静寂が戻る中、亡骸の前から立ち上がって言った。
「帰りましょう。ここは彼ら恐竜の世界です。我々人間が土足で踏み込む様なところではありません。もちろん、お給料の方はお渡しします」
「まぁ、アンタがそう言うなら従うだけだ。デルターはどう思う?」
コモに尋ねられ、デルターも頷いた。
「依頼人がそう言うなら仕方が無い」
「ありがとうございます。ではさっそく戻りましょう」
モヒト教授が闇の中を引き返して行く。
デルター達は慌てて教授に追いつき、陣形を整えた。
夜も更けてきたころ、一同は思わぬ出来事に遭遇した。
なんと、入口が壁によって塞がれていたのだ。
「こ、これはどういうことでしょうか」
モヒト教授が焦った声で言った。
「仕掛けが作動してるんでしょうね。でもどこにもそのような仕掛けは無かったはずです」
ランスが応じた。
一同は途方に暮れようとしていたが、デルターはふと心当たりを思い出した。
「石像の仕掛けだ。あれを元に戻しちゃどうだ?」
なるほどと、一行は頷き、来た道を引き返して松明を頼りに石像を隆起していた石畳の上に置いていった。
戻ってみると予想通り、壁が無くなっていた。
「この貴重な楽園は我々考古学研究会が守って行こうと思います」
モヒト教授がそう言い、先に立って歩き始めた時だった。
前方から生臭い空気が漂い、松明が照らしたそれを見て、デルターとコモは慌ててモヒト教授の襟首を引っ張って戻した。
「何をなさるんですか!?」
モヒト教授が抗議の声を上げた時、前方で牙の生え揃ったそれがパクリと空気を噛んだ。
入口いっぱいに長い顎がある。牙の生え揃ったそれは、コエルルスなどとは程遠い、巨大な生き物の口だった。
「何だ、一体!?」
コモがショットガンを向ける。
「肉食恐竜に違いないです! おそらくティラノサウルスでは無いでしょうか!?」
ランスが戦慄の声を上げて言った。
デルターはピストルを引き抜いた。
「待ってください! 殺してはいけません! 傷つけてはいけません!」
モヒト教授が背後で騒いだ。
「じゃあ、どうするんだ? 入り口は塞がれたも同然だぞ」
デルターが言うとモヒト教授は言った。
「戻ります。先へ進みながら外へ出る方法を考えましょう」
「二度手間かよ」
コモがショットガンを下ろしてぼやいた。
だが、次の瞬間轟いた声にデルターは怖気づくのを感じた。
とても甲高い長い長い悪魔の咆哮だった。
こいつにはピストルなんて役に立たないだろう。
「教授の言う通り、先へ進みながら逃げる術を考えなければならねぇな」
デルターが言うと、ランスはおろか、さすがのコモもユキも頷くしかなかった。
一同は松明を頼りに入り口を離れ、再び石像を外しにかかった。
てっきり帰路を探すのが目的だと思っていたが、コエルルスの遺体の辺りまで来ると、モヒト教授はここで残り僅かな夜を明かすことを提案してきた。理由はやはり遺跡の調査をするためだと心変わりしたことだった。脱出口を見つけるついでということだ。
どのみち、一同はクタクタだった。そしてコエルルスのような小型の肉食恐竜がいないとも思えないため、不寝番をすることになったのだった。
夜が明け、コエルルスの遺骸の様子が明らかになる。自らの血の中に沈むその身体はやはり青い鱗に覆われ、お腹側は白かった。
「凶暴な二本足のトカゲかワニってところだな」
コモが言った。
「そういえば、一つ問題があります」
ランスが言った。
「何だ?」
デルターが尋ねる。
「脱出するということは外に出るということです。外にはあのティラノサウルスと思われる肉食恐竜が待ち構えています」
「だけど、外に出なきゃ話にならないだろう?」
ユキが力無く言った。
「まぁ、それはそうですけど、モヒト教授だけは守らなければなりません。もしもの時は我々を割いて囮役の人が必要になります」
「分かった、ランス。だが、それはたぶんまだまだ先の話だ。今は進んでこの遺跡から出る場所を探すことがを優先すべきだ」
デルターが言うとランスは頷いた。
「皆さん、準備はできましたね? 出発しますよ」
モヒト教授はそう言うと先に歩き始める。
「教授! アンタは俺達に護衛させないつもりなのかよ、まったく!」
コモが声を上げ一同は歩み出したのだった。




