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第四十四話 「太古からの誘い」その一

 遺跡で火を焚いては駄目だと強く主張するモヒト教授により、一同は冬も迫る冷たい石畳の上で外套に包まって寝ることになった。

 食事は持ち込んだ携帯食料で済ませてある。だが、デルターは乾燥肉をかじりつつ、温かく分厚い一キロのステーキが恋しくなった。

 寝る場所として、デルターとコモが未踏破側へ、真ん中がモヒト教授、ランスとユキが踏破済み側だった。

 下が硬くて寝にくかったが、それでも、いろいろと疲労が溜まっていたらしい。デルターは起こされるまで寝入っていた。

「デルター。おい、デルター」

 誰かが頬をつつき、俺の名を呼ぶ。

 せっかく寝ていたのにと、不機嫌になりながら声の主を探す。と、炎が燃え上がっていた。

 おおっ!? と、デルターは不意を衝かれたが、相手がコモで自分に松明を渡して来ると、何か良くない異変があったのだと悟らざるおえなかった。

「どうした? コモか?」

 コモは未踏破側の闇に火と顔を向けていた。

「聴こえないか?」

 コモが言った。

「何が?」

 と言い、デルターは静まり返った遺跡の暗黒に耳を傾けた。

 何も聴こえなかった。

 いや、聴こえた。

 例えるならこの音は、飼い犬の爪が石畳を引っ掻く音に似ている。

 コモは目くばせで「な?」と、応じてきた。

 デルターは頷いた。

 何かがいる。爪のある動物だろう。

「どうする、全員起こすか、俺達だけで調べに行くか?」

 コモが囁く。

「調べに行くということは待ち構えている人じゃない生き物を殺す可能性が高い。モヒト教授が黙っていないだろう」

 デルターは囁き返す。

「このまま俺達だけで不寝番をするのか?」

 デルターは考えた。

 モヒト教授は依頼主だし、ユキは女性だ。そしてランスは寝かしてあげたい。

「そうだな、俺達で不寝番だ。向こうが仕掛けてこない限りはな」

「あーあ、気付かなきゃ良かったのによ。ちょっとションベンに起きたらこれだ」

 コモが言った。

「ションベンは?」

「してきた」

 これはモヒト教授には黙っておいた方が良さそうだ。

「まぁ、そう言うな」

 デルターは巾着袋を漁り、銀貨を確認すると一枚コモに渡した。

「何のつもりだ? 俺を金だけの男だと思ってんのか?」

「当たり前だろ。そいつは俺と一緒に不寝番をしてくれる駄賃だ」

「見た目に似合わずお人好しだな」

 コモは銀貨を返した。

「デルター、こいつは返すぜ。俺達の友情で不寝番をしようや」

「友情? コモ、お前大丈夫か?」

「どういう意味だ?」

 その時だった。

 爪をこする音が断続的にこちらへ近づいてきていた。

「走って来る」

 コモがショットガンを構え、デルターはピストルを抜いて前方に向けた。

 隣でコモがスライドを引く音を聴いた。デルターもそれに倣い撃鉄を下げる。

 カツカツと音がだんだん早く大きくなってくる。

 コモが松明を前方に投げ捨てた。

 それに照らされたのは見たことのない生物だった。

 自分達より少し大きかった。首が少し長いためひょろっちいイメージを受けるが、顔つきはトカゲやワニに似ていて獰猛そうだった。

 デルターは緊張を覚えた。

 そいつが口を開き、地を蹴り襲いかかって来た。

 と、後方から銃声が六発轟き、トカゲの化け物は悲鳴を上げて倒れた。

 だが、もがきながら起き上がる。

「何事ですか!?」

 モヒト教授の声が聴こえた。

 撃ったのはユキだが、それが無ければ自分は押し倒され、細長い口に生え揃った牙に噛みつかれて、食い千切られていただろう。

「撃て撃て撃て!」

 コモが声を上げ、ショットガンを連射する。デルターも雄叫びを上げて銃を六発撃ち尽くした。

 襲撃者は断末魔の声も無く倒れた。

 床に捨てられた松明がその正体をやや鮮明に照らし出す。

 長くがっしりとした足、そして太い爪の生えた手に、長い爬虫類の尻尾がある。長い顎は屈強そうで、生え揃った牙は鋭かった。

「こ、これは恐竜では!?」

 いつの間にか起きていたランスが驚きの声を上げる。

「しかし、何故?」

 モヒト教授は恐竜を殺したことに対して非難はせずにその存在に悩む様子だった。

 デルターの耳にカツカツと、また音が聴こえて来た。

 ユキと、ランスが銃を抜き前衛に加わる。

「私は古生物学者ではないが、これはもしやコエルルスか? しかし」

 モヒト教授が恐竜の亡骸を舐めるように眺めながら呟いている。

 デルター達は恐竜の屍とモヒト教授を尻にしている。

 ランスが松明を焚き、その腕力を信頼してかデルターがそれを投げることになった。

 松明が数メートル先で遺跡の四方八方を及ばずながら照らし出している。

 その時、コモがモヒト教授にピストルを渡した。

「アンタも持ってろ。そいつを倒すのに結構な弾薬がいる。数で押されたら負けだ」

「い、嫌だ、それは悪魔の道具だ!」

 モヒト教授は頑なに拒否して受け取らなかった。

 するとコモは舌打ちし、ユキに渡した。

「アンタ、狙いが良いからな、頼んだぜ」

「仕方ないね」

 ユキは溜息交じりに受け取り、コモの隣で二丁のピストルを闇に向けている。

「おお、神よ、許したまえ!」

 モヒト教授が声を上げて祈りを捧げた時だった。

 影が疾駆して来た。

 まだ撃たない。

 姿が見えた。先ほどと同じ奴だ。口を広げ、身を伏せるようにして駆けて来る。

「撃って!」

 ユキが声を上げるや、遺跡内に銃声が轟き続けた。

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