第四十二話 「探索」その一
怪鳥の鳴き声が外からギャーギャー聴こえてくる。何匹いるかは分からない。モヒト教授とランスは、始祖鳥とやらの存在に互いに狂喜していた。デルターも一番最初に生まれた鳥が今もこの世に存在するということに関しては驚きはしたが、正直二人よりも心揺さぶられることなく、自分でも冷淡だと思った。
外を彷徨う怪鳥の影を見つつ、先を振り返る。格子窓がところどころ開いていて遺跡内部は思ったよりも明るかった。
「しかし、この調子だと他の恐竜も生きているかもしれませんね」
ランスが興奮冷めやらぬ様子でモヒト教授に言った。
「それはそれで凄い発見ですよ。太古の昔に絶滅していたとされる生物達がそんざいするなんて・・・・・・。早く調査に取り掛かりましょう!」
モヒト教授が歩き出す。
「教授、アンタが先頭で大丈夫なのか?」
コモが言った。咥えた煙草からは一筋の煙が上がっている。
ユキが嫌悪の目でそんな彼を見ていた。
「おっと、そうでした。すみません、皆さん、護衛をお願いします」
やれやれといったていでデルター達はモヒト教授を囲んだ。
先頭がデルターだった。ランスは右手にいる。
苔生した明るい昼の遺跡の中を一行は歩き始めた。
だが、あまり進まないうちに途中、奇妙な象が左右の壁際に現れ、モヒト教授は足を止めた。
人を模しているようだが、化け物か、へんてこなものにしかデルターには見えなかった。モヒト教授は足を止め、スケッチブックを開き、木炭でその像を描いていた。
その間、一行は暇であった。コモが五本目の煙草を咥えた時にようやくモヒト教授は歩き出した。
「何時代の象でしょうか?」
ランスが興味深げに尋ねた。
「さぁ、分かりません。本格的に調査しないとですね」
モヒト教授ははりきった態度で応じた。
怪鳥の声は聴こえなくなってきていた。途中の格子窓から外を見ると、そこは未だに広大な広場だった。モヒト教授が仮説を立てた、ここが砦だとして兵の訓練場でも無さそうだとデルターは思った。そのことをモヒト教授に伝えると、彼もまた考えを改めていた。
「デルターさんの言う通りかもしれませんね。しかし、そうだとすれば何故こんなにも広い場所にしたのかが気になるところですね」
モヒト教授はそう応じた。その時だった。
道が寸断されていた。石造りの壁が明らかに進路を塞いでいる。
「破壊しちまうか?」
コモがショットガンを向けると、モヒト教授が慌てた様子で声を上げた。
「貴重な遺跡を傷つけるなんて、できませんし、やってもいけません!」
「だけど、この煙草野郎の言う通り、このままじゃあ、進めないけど?」
ユキが言った。
「おう、お嬢さん、誰が煙草野郎だって?」
「お嬢さんは止めてって言ってるだろう。アンタだよ、アンタ」
「まぁまぁ」
ランスが仲裁に入り彼はモヒト教授に言った。
「冒険小説ですと、何か鍵があったり仕掛けがあったりもしますよね」
「ザッツライト!」
モヒト教授は声を上げて、壁に迫った。
「鍵穴らしいものはない! ということは、何か壁を退ける仕掛けがあるに違いありません! 皆さんで探しましょう!」
モヒト教授は周囲の壁に向き合いながらあちらへ走りこちらへ走りそう訴えた。
面倒だな。
デルターはコモとユキの目にも同じ色が浮かんでいるのを見た。ランスの方はウキウキしながら規則正しい石畳の床を見ている。時折茂った苔をむしり取っていた。
あいつにとっては意外と天職なのかもしれないな。
デルターはそう思い、コモとユキがそれぞれ前方の寸断する壁を仕方なしに念入りに見ているのを確認すると自分は足を戻した。
ここはこいつらに任せよう。
「ちょっと戻るぞ」
「私も行きますよ」
ランスが言った。
二人は来た道を少しずつ注意深く見ながら引き返して行った。
「なぁ、ランス。お前、こういう仕事が好きなのか?」
デルターは率直に尋ねた。
「そうですねぇ、自分でもよく分かりませんが、わくわくはしてます。ただこういうのって論文を書くのが普通じゃないですか、その辺りが私には難しいかなとも思ってます」
「そうか。とりあえず、候補か?」
「え? まぁ、そうですね・・・・・・候補にしておきましょう。デルターさんに連れられて町を出て良かったです。少し離れたところにはまた違う仕事があるものだと気付かされました」
二人はいつの間にか入り口に来ていた。
ランスが顔を出し、引っ込める。
「始祖鳥はいないようです」
「そうかい。さて、謎解きの時間だ」
「ええ」
二人は周囲を見回した。あの石像が左右に一定間隔に並んでいるだけの廊下だった。
石像か。
デルターは一つの石像に手で触れ、そして持ち上げた。
すると下にあった石畳が隆起した。
「ランス、知らせて来い。謎は解けたと」
「え?」
「石像だよ。石像。こいつが仕掛けだったんだ」
「わ、わかりました!」
ランスが駆けて行った。
「俺も考古学者に向いてるのかもしれねぇな」
冗談半分でデルターは自嘲した。
全員が駆けつけてきた。ランスとモヒト教授は息を切らせていた。
「像ですって?」
モヒト教授が息を整えながら尋ねる。
「ああ。とりあえず、これを見てくれ」
デルターは石像を隆起した石畳の上に乗せる。すると石像はさがり元の位置に収まった。
「これは、なかなか凄い! コモさんは通路を塞いでいる石壁の方に行ってください。壁がもしも引っ込んだらそれを知らせて下さい」
「はいよ、分かった」
モヒト教授の指示にコモは従って先へと消えて行った。
「さぁ、残った我々は石像を次々どかしましょう」
そうしておよそ三十はあっただろうか、四人がかりで全ての石像を動かしたときに、向こう側からコモの声が聴こえた。
「おう! 開いたぞ!」
「やりましたね! さぁ、行きましょう!」
モヒト教授はウキウキした様子で駆けて行った。
「教授!」
護衛対象だというのに先行する相手に呆れ、デルターはランスとユキと共に後を追ったのだった。




