第四十話 「遺跡」
街道を逸れると、そこには土の道ができていた。荷馬車でも通ったのか、轍が刻まれていた。
かつて考古学研究会は遺跡の側に拠点を置いていたという。しかし、遺跡の調査の最中に罠にかかり、落命した者達が現れたため、ボーイの町へと引っ越し、そこで調査員を雇おうという話になったのだとモヒト教授は道すがら言った。
罠は落とし穴だったらしい。しかも剣山が待ち構えており、犠牲者は串刺しになり遺体の回収もできない状況だと続いて話した。
前方にかつて見た古い砦のような建物が見えてきた。
「あれが遺跡です。名前はまだありません。何時代にできた遺跡か判明していないので」
モヒト教授が言った。
程なくして辿り着いた遺跡は高い石壁に囲まれており、入り口もまた苔生した石でできていた。遠くで眺めているとコモが駆け出した。
「一番乗りはこのコモ様だ。こいつが入り口だな」
コモが遺跡の入り口と思われる石壁を押そうとした時だった。
「いけません! 調べたところによるとそれは!」
モヒト教授が声を上げる。
が、コモは既に石を押していた。途端にいつのまにかコモの足元が石になっていることに一同は気付いた。
そこが滑るように大きく左右に開いた。
「うおおおおっ!?」
コモが落下した。
「ああ! 遅かった!」
モヒト教授が慌てた様子で言った。
確か落とし穴には剣山が待ち受けていると教授は言っていた。
「コモ!?」
デルターは駆け、落とし穴を覗き込んだ。
剣だった。古より煌めきを失わなかった無数の刃が切っ先をこちらに向けている。
「コモさん!?」
ランスも隣に来て落とし穴を覗き込んだ。
「あっぶねぇ」
コモは剣と剣の間に身を縮こませて立っていた。
深い落とし穴だった。
「ああ、報告にあった、おそらくジムだ」
モヒト教授が言った。
剣山に一つの白衣を着た亡骸が突き刺さっていた。
「さぁ、これを」
気を取り直したようにモヒト教授がロープを垂らす。
「なぁ、教授! 剣の一本でも持って行こうか? 今なら安くしとくぜ」
コモが穴の底で尋ねる。
この守銭奴が。剣山の中で金の交渉を始めるとは・・・・・・。
デルターは呆れながらロープを下ろすのを手伝った。
「いけません、引き抜いては!」
モヒト教授が叫んだ時だった。
コモは剣を引き抜いていた。その時、穴の中の右手の壁がものすごい速さで滑って来た。デルターは無数の白刃を照らす陽光の輝きを見て度肝を抜かれた。
「コモ!」
デルターは叫んだ。
右手の壁から現れた剣山には一つの遺体が突き刺さっていた。
「ああ、おそらくジョージだ」
モヒト教授が言った。
「そんなことより、コモだろうが!」
デルターは叫んだ。
すると右手の壁が引いて行き、屈みこんだコモの姿が見えた。
「あっぶねぇ。どうよ、コモ様の身のこなしは!?」
コモが言った。
「良いから、とっとと上がってきな」
ユキが呆れる様に口を開き、コモはロープに捕まった。
「なぁ、この剣に価値はあるのか?」
「もちろんですよ」
モヒト教授が応じる。
と、コモはロープから手を放し、地面に突き刺さった剣をもう一本引き抜いた。
すると、電光石火の如く、再び右側の壁が剣先を光らせて滑って来た。
「コモさん!?」
ランスが絶望的な顔で叫ぶ。
「大丈夫だ! 慣れりゃ楽勝だぜ」
右側の壁が引いてゆく。屈んだままのコモは二本の剣を手にし、こちらに向かって尋ねた。
「教授、もっと要るか?」
「もう要りません、遺跡はなるべく自然なままにしておきたいので、それで結構です・・・・・・。ですが」
モヒト教授が言い淀む。
「何だ?」
コモが問う。
「二人の同僚の遺体を回収してはくれないでしょうか。しっかり埋葬したいのです」
「安くしとくぜ。ランス、仕事だ。降りて来い」
コモがそう言い、ランスはおどおどしながらロープを伝って穴の底に降りた。
コモと、ランスは剣山に突き立った遺体を持ち上げロープに括りつけた。
「うへぇ、すごいにおいだ。ランス、吐くなよ」
「わ、分かってます」
ロープに括りつけた遺体をデルター、ユキ、モヒト教授が引き上げる。
こうして不運な研究員二人の亡骸を回収し、ランスとコモがそれぞれロープで上がって来た。
コモは先にランスを上げていた。その辺りデルターはコモの優しさを感じたのだった。
「剣二つ。幾ら出す?」
地上に上がるとコモがモヒト教授に尋ねる。
「そんなことは後回しにしろ」
デルターが言った時だった。
恐るべき速さで穴の蓋がスライドしその場を再び石の地面に変えたのだった。
大昔の連中もなかなか凄いのを作りやがるな。
デルターは思わず感心していた。
コモとモヒト教授が剣の値段交渉を始めている。
「いい加減にしな。そんなことしてると遺跡で夜明かしする羽目になるよ」
ユキが呆れた様子で言うと、コモは不機嫌な表情で口を閉じた。
「さて、入り口らしい戸を押すとこの様だ。どうやって中へ入る?」
デルターは一同に尋ねた。
「それならご安心を」
モヒト教授はロープの先にフックをつけてそれを振り回し、壁の頂上に放ったが、腕力が無いためか、届かなかった。
「貸してみな」
デルターはそう言い同じ要領でロープを投げる。と、壁の頂上にフックが掛かり動かなくなった。
「こうやって中に入るのか?」
デルターが尋ねるとモヒト教授は言った。
「そうです。内側から開きます。ここまでは他の調査員の志願者が見つけたのですが、ここから先が分かりません」
「ええ!? それはつまり大部分が分かっていないということじゃないですか!?」
ランスが思わずといった様子で声を上げる。
「まぁ、そうなります。遺跡から逃げ帰って来た人達はこの先に進んだそうですが、詳細を聞く前に契約解除を申し出てきたので聞けずじまいです」
モヒト教授が言った。
四人は顔を見合わせた。
本当にこの依頼を受けて良かったのか。
「さぁ、行きましょう。今日こそこの遺跡を解明するのです。犠牲になった彼らのためにも」
画用紙に木炭で何かを書きながらモヒト教授が言った。
デルターは腐臭を放つ死体を振り返り、神官時代に口にしていた祈りの言葉を述べた。
全員が黙とうした。
「デルターさん、祈りの言葉をありがとうございます。あなたは神官の方ですか?」
モヒト教授が尋ね、ユキも目を向けてきた。
「元な。さて、誰が行く?」
デルターはそう応じ、ロープの先を見上げたのだった。




